あなたの夢おてつだい だけ します


■-10 彷徨う者共の歌

「おっ」
 端末を見てたフィオリの声は嬉しそうだった。珍しくて却って不気味だ。
「どうしたの?」
 お茶を飲みながら僕が訊くと、やっぱり嬉しそうにフィオリは答えた。
「客が来る」
「客? 依頼者じゃなくて?」
 もてなすような人が来るなんて今まで無かったけど、誰なんだろう。
「正真正銘の客だ。前に少々言った、身体置換技術の共同開発者だな」
「へえ、ちょっと会ってみたいな」
 フィオリが一緒にやろうって言ったくらいなんだから凄い人なんだろう。フィオリの扱う技術を習おうとした事もあったけど、難しくて結局僕には理解出来なかった。
「そうか。では覚悟しておけ」
「へ?」
 僕が疑問に声を出した直後だった。音がする。何かが、僕目がけて降ってくる。
「うわ!」
 咄嗟に跳んで避けた其処に、降ってきたのが鞭みたいなものを叩き付けた。床の一部が割れてお茶が零れる。床は簡単に生成出来るからまた作ればいいけど、お茶が。
 人型をしてるそれは鞭みたいだった脚を引っ込めると、青緑色の一つ目の中心を眩しい黄色に光らせて僕に突進してきた。腕も脚も、これって流体金属かな、しなるけど多分触ったらすっぱり斬られる。
「待って、待って……んもうっ」
 僕は鋭く深く息を吐いた。相手はお構い無しに突っ込んできて、途端に重くなった手足を地面に突く。
「おおっ、これはまた」
 無防備な四つん這いでものんびりしてる。それにしてもあの手足、よく壊れないなあ。
「お前の負けだ、レキ」
 様子を見るだけだったフィオリのジャッジで僕は行使法を解いた。相手は起き上がると楽しそうに笑う。
「はっはっは、助手が私の手にかかるようなぽんこつではなくて安心したぞ」
 一つ目だけど凄く表情が解りやすく変わるなあ。
「もしかして、あんたがフィオリと共同開発した人?」
「其処は聞いていたようだな。まずは非礼を詫びよう、手荒な真似を済まなかった」
 優雅にお辞儀すると、ポニーテールみたいに生えてる桃色の鳥の羽根が揺れた。
「初めまして、助手君。私はレキエータ・スィーン、レキでいいぞ。種は不死鳥サエーナだ」
「不死鳥!?」
 頭を上げるレキに二重にびっくりした。どう見ても不死鳥には見えないし、不死の存在はかなりレアだ。
「ふふ、理想的なリアクションを有り難う。さて、何と呼べば良いだろうかな」
「あっ、ごめんなさい。僕はベンヴェヌート・ギルラーンダ、フィオリはベンヴィって呼ぶよ」
 レキは満足そうにうんうん頷いた。何となくフィオリと似てるけど、レキは憎たらしくない。
「有り難う、ベンヴィ。フィオリも真面目で素直な助手が出来て幸せ者だな」
「羨ましいか?」
 フィオリが勝ち誇ったように言うけど、レキは軽くかぶりを振った。
「其処を比較してはベンヴィにもうちの子にも悪いだろうさ」
「うちの子って?」
 僕が訊くとレキは頬を掻いて笑う。
「おっと、話すべき事柄が溜まってしまったな。長くなるが良いかな?」
「うん、気になる」
 僕は合図して、三人が座る用の椅子とティーセットを呼び寄せた。



 世界の一つ、エテイア。今はやっと終わった戦いの起こる前にレキは生まれた。その時はサエーナらしい鳥の体だったんだって。
 けど、ある日突然レキは襲われた。世界の一つ、冥界の奴に。冥界は悪さをする奴ばっかりな事で有名だ。冥界の奴はレキに延々生命力を吸う寄生生物を植え付けて、レキを動力源にして暴れさせようとした。
 摘出はエテイア中どんな医者も出来なかった。医者のほうが返り討ちに遭った。レキは最後の望みを託して、世界渡航した。行き先はシャンデ・グリ・アラ、技術がごった煮になったあの世界だ。
 シャンデ・グリ・アラで受けた摘出は痛くもなくて、あっという間に済んで完璧だった。寄生生物は隅々まで調査されて、役に立たないって解ったら塵一粒まで無害化されて処分されたんだって。
 これがきっかけでレキは技術に興味を持って、手始めに自分の体を鳥じゃないものにしようと研究を始めた。フィオリと会ったのはその時だった。
 体に悩んでた二人は長い間研究して、身体置換の技術を確立した。その後はフィオリがそれをメインに世界まで作って、レキは自分のやりたかった事を突き詰めてる。
「私は手広くやっているが、最近は魂が形成される瞬間の研究に嵌まっていたな」
「嵌まってたって、もうやってないの?」
「何せ一人出来てしまってな」
 レキがにまにました。言ってる事は凄いけど、この後は絶対面倒臭いやつだ。
「悪戯好きではあるがそれがまた有益なものでな、しかし勝手にやられたから過程が解らんのが悔しいっ、ああっその瞬間を見たかった! きっと可愛いぞ! 私室の監視を怠った私の馬鹿者!」
 お茶を零しそうなレキにフィオリが肩を竦めて溜め息をつく。
「親馬鹿に関してはもう腹一杯だ」
 この調子だとフィオリ、大変な目に遭ったんだろうなあ。
「おっと済まん。まあしかし、肉体的な繋がりを持つ子ではない分、気楽だな」
「子供が出来たらどうなるの?」
「身体は焼け、魂は子へ譲渡される」
 僕はもう少しでお茶を変に飲み込むところだった。
「えっ、それって……レキは死んじゃうって事?」
「傍目からすればそうなるかもしれないな」
 不死の死がそんなところにあるなんて。
「まあ予定は未定といったところだ」
 それはレキが死ぬ直前、いつになるかも解らないし、来るのかも解らない未来の話なんだろう。
 フィオリがお菓子を自分の口に放り込む。
「レキ、お前でリセットは何回目だったか?」
 フィオリが言うのは不死者の精神リセットの事だ。狂った精神が一定の段階でリセットされるっていうけど。
「確かまだ七回目だ、私は若いほうだしな」
「リセットされるとどうなるの?」
 レキは光の中を泳ぐ本棚を見ながら教えてくれた。
「知識はまあまあ残り、人格も然程変わらん。ただし大幅に記憶を失う。二人の事もまず記憶から抹消されるだろうな」
「けど、体は同じなんだよね」
「そうだ、同じ体の別人になる。だからこそリセット後は世界渡航し、心機一転しないと色々とややこしくなるのさ」
 レキだと思って接しても、もうその人はレキじゃない。其処に生まれるトラブルは悲しくても、その人にとっては面倒臭いだけなんだろう。だから、会わないようにするんだ。
「レキはレキらしく、今を生きてるって事なんだね」
 不死者はあくまで身体の不死性だけだ。悲しくてつらい事に晒され続けて平気じゃいられない。だから、僕はレキに会えた事を大事に思う。
「そうか? 自分らしく生きる事は案外と難しいぞ」
 レキも色んな壁を乗り越えて今がある。僕はそういうの、やっぱり凄いと思うから。
「だって、楽しそうだもん」
 その上で楽しんじゃうのも、僕は凄いとしか言えない。
 レキの大きな一つ目が僕を見る。そしてにまっと細まった。
「成る程、フィオリが選ぶ訳だな」
「えー」
「そうだろう?」
「ええー」
 微妙な顔の僕を余所ににまにまするコンビは、やっぱり楽しそうだった。



 レキの帰り際、僕は気になってた事を訊いてみた。
「そういえば、レキはどうして此処に来たの?」
「知らないのか? そうか、それはそれは」
 レキはまずびっくりしたけど、次に悪巧みしそうに笑った。それから、作業してるフィオリを横目に見て、僕に手招きすると耳打ちしてくれた。
「珍しくフィオリが連絡を寄越してな。羨ましがらせてやる、だとさ。君を自慢したかったんだろう」
 僕はつい吹き出した。レキはにまにましてる。
「あいつにも可愛いところはあるもんだ。あいつに付き合うのは大変だろうが、まあ適度に構ってやってくれ」
「うん。何事も程々にって言うしね」
「うんうん、実に正しいぞ。それではな、ベンヴィ」
「元気でね、レキ」
 手を振りながらレキは目の前の時空の歪みに飛び込んだ。行き先はシャンデ・グリ・アラだ。
 また会えるかな、会えるといいな、そんな未来を期待したっていいよね。



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