あなたの夢おてつだい だけ します


■-19 この日この時

 三十分後に光の柱から出てきてすぐ、フィオリは光の図面に向かって何かしてる。
「フィオリ、ふぃーおーりー」
 何回呼んでも返事が無い。
「なんなのさ、もう……」
 呆れようとして、僕は嫌な予感に気付いた。もしかして何か異常があったんじゃないか。
「フィオリ!」
 僕はフィオリの両肩ら辺を掴んで無理矢理振り向かせる。やけに手応えが軽かった。
「え……」
 フィオリの体は浮いてるだけで、目は閉じてるし意識も無さそうだった。
 どうして、というよりも。どうしたらいいんだろう。これから。
 手を離すと、フィオリの体が力無く横に倒れた。
 焦るけど、焦りとは反対に僕は静かだった。
「静かだって、こういう事だよね」
 それが寂しいと思うなら、僕は騒がしさを取り戻したい。だから出来る事をしなきゃ。
 僕は空間の本棚に手招きする。気付いた幾つかが来てくれた。
「ねえ、フィオリの検査の後、フィオリは何か言ってた?」
 本棚達が話し合うような仕草を見せて、知らないって言うように棚を横に捻った。
「そっか、有り難う」
 僕が背中を向けた時だった。本が一冊飛んでくる。本は開くと文字を宙に投影してくれた。
『思い出した事があります』
「えっ、教えて!」
 ぱらっとページが捲れる。違う文字が出てくる。
『こういう事は、前にも何回かありました。その時、そうなる前に、姿見を見ていました』
 前っていうのは僕が知らない、僕が来る前だろうな。
「有り難う! 姿見に訊いてみるよ!」
 本棚に口があったなら、僕の背中に声でもかけてたんだろうか。



 片っ端から姿見を呼び寄せて、小さめの姿見に尋ねた時だった。
「フィオリ、検査後に何か言ってなかった?」
 姿見の可動部分が縦に動いた。
「なっ、何て!?」
 姿見は途端に一部が曇り始めた。曇りは線になって、文字になる。
『毛並みが、気になるって』
「毛並みが? それだけ?」
 いや、待てよ。
 フィオリは身体情報を扱う科学者だ。身体情報には凄く煩い。自分の体も換える時、それなりに、僕が思う以上に気を遣ったかもしれない。
 今回の検査でフィオリは身だしなみに気を遣ったんだ。また。
「もしかしてフィオリは、体を見に行ってる……?」
 今のフィオリは本体だけになってるかもしれない。フィオリはずっと前、遺跡にいた頃に体をばらばらにされて本体だけになった事があるって聞いた。
 けど、僕はフィオリの本体がどんな形か知らない。
「有り難う。フィオリを探してくるよ」
 僕は手を打った。伸びてきた光の帯に飛び乗って、その上を滑っていく。目指すのは本棚の泳いでる空間だ。



 猫型の体を収蔵した本棚の群れを縫うように帯が伸びていく。僕の指差す方向へ。
 特に黒猫みたいな体が詰まった本棚に辿り着いた時、僕の目の前に小さな赤い花片が舞うのが見えた。こんなの、この空間に無い筈だ。
「フィオリ!」
 僕が叫ぶと、赤い花片はその場で浮いた。
「体を換えるの?」
 花片は少し間を置いて、急に何処かへ飛んでいく。
「あっ、待って!」
 必死に追いかけて帯を滑るけどなかなか追い付けない。見失って、気付いたら受付の上に、黒猫もどきの体があるところまで戻ってた。
「フィオリ」
 倒れてる体に話しかけてみると、ゆっくり起き上がった。
「……結局、見慣れている姿に落ち着いてしまったな」
 いつもの顔だ。
「毛並みのほうは薬剤で保湿なりをするとしよう」
 いつものフィオリだ。
「じゃあ」
 いつもの憎たらしいフィオリだ。
「しっかり洗ってあげるから、覚悟してよね!」



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