あなたの夢おてつだい だけ します


■-21 怒りの意味

 何かが落ちる音がして、僕は振り向いた。本棚と一緒に本のデータで連想ゲームをしてたから、気付くのがちょっと遅れた。
「いたた……」
 其処には見た事無い人が座り込んでた。二足歩行の機械の中に入った蛇みたいな人で、機械はぼろぼろ、キャノピーから見える体もあちこち怪我してる。
 話しかけようとして、変な事に気付いた。人が来た時の呼び鈴が鳴ってない。けど、レキが来た時にもそうじゃなかったっけ、あの時はフィオリが呼んだ客だったからだっけか。
 とにかくこれは例外って事だ。僕はもやもやする胸を撫でてから話しかけた。
「あんた、大丈夫?」
 取り敢えず怪我してるのは気になる。
「酷い目に遭ったよ……」
 蛇の人はよろよろしながらなんとか立ち上がった。機械も壊れてないみたい。
 フィオリはこの人が来るって知ってるのかな。
「えっと、ちょっと待ってて」
 僕はフィオリを呼ぼうとして上を向いた。光の図面を見てるフィオリが見えた、その時。
 何か金属がこすれるような音がして、僕は準備しておいた片手で合図した。僕が思いきり跳び上がった後すぐ、鉤爪が其処を掻く。
 合図で伸びてきた光の帯へ逆さまに着地しながら蛇を見ると、続けて突進してくるさまが見えた。僕が帯を滑ってよけると、蛇は機械から勢い良く噴射して軌道を変えた。
 捕まえようとする帯をぶち割りながら、蛇は逃げる僕を追いかけてくる。
「くはははっ、いい世界だね、フィオリトゥーラ!」
 蛇は僕をフィオリと勘違いしてる。此処でフィオリを呼んだら相手にばれるし、フィオリにとっては不意討ちになって危ないかもしれない。
「あんたっ、何処からどうやって来たんだっ」
 反撃する前にこれだけは訊いておかないといけなかった。この世界は基本的にフィオリの許可が無いと繋がる歪みが開かない。何かセキュリティの穴があったんなら直さないと大問題だ。
「簡単な事だよ、此処を望んだ者から横取りしたのさ。歪みと世界に挟まれそうになったのは誤算だったけれどねえ!」
 そういう事か。流石、自分に酔ってるタイプはぺらぺら喋ってくれるなあ。
 僕は移動しながら本棚達に息を長く鋭く、何度も吐いた。続けて本達に叫んだ。
「やっちゃえ!」
 本棚達が一斉にレモンの匂いが届いた本を上に向かって撃ち出した。何冊も本が蛇を狙って土砂降りの雨みたいに降る。蛇は幾つかよけたけど、一冊がキャノピーの端っこに当たった。とんでもなく重い本にキャノピーが割れて、体も制御出来なくなったみたいだ。きりもみ回転しながら落ちる。
 其処に帯が伸びて、蛇の体をぐるぐる縛り上げた。僕も下りて蛇の目の前に来る。
「あんた、横取りしたって言ってたけど、依頼者はどうしたの」
 蛇は憎たらしく笑った。フィオリと違って今すぐ殴りたくなる。
「殺したよ、弱い奴に用は無いってね」
 蛇の目が光ったような気がした。何かちりちり音がして、僕は身構えた。
「フィオリトゥーラじゃないお前も用済みさ!」
 蛇を縛ってた帯が割れた、瞬間。胴があるところからレーザーを撃ち出してきた。咄嗟によけたけど、左腕に掠った。
「いっぎ……!」
 物凄く痛い。掠っただけなのに肘の先からが千切れて落ちた。血は出なかったけど、多分焼け付いただけなんだろうな。
 蛇は笑いながら残りの帯を振りほどくと、その場に浮いてレーザーの砲身を僕に向けた。
 剥き出しの巨大な肉が降ってきたのはその時だった。
「ぐえ」
 蛇の悲鳴も、被さった肉が全部持っていった。床が生成されて肉が着地する。この肉って、まさか。
「よくもやってくれたものだな」
 上から声がした。見上げるとフィオリが降りてきてた。
「フィオリ、気付いたんだ……」
「あれだけ大騒ぎすればな。さて」
 フィオリが肉を見下ろした。時々レーザーが肉を引き裂いてたけど、とうとう壊れたみたいで収まった。
「これはっ、あのっ廃棄物っあああっ」
 この肉を知ってるって事は、シャンデ・グリ・アラの奴だ。
「私がフィオリトゥーラ・フォッレーだ、わざわざ教えにきてやったぞ」
「ひっ、ひいっ、ひいいいいっ!」
 みしみしぱきぱき音が聞こえる。
「もう届かんようだがな」
「それでいいよ、疲れちゃった……」
 僕はフィオリに言いながら帯に座り込んだ。
「やめ、やめろ、ああっああああっ、ぎげっ」
 潰れる音がして、声も消えた。
 どんどん広がろうとしてる肉にフィオリが言った。
「戻れ」
 途端に肉が光って、光の粒になって消えていった。全部吸収されたみたいで何も残ってない。
「今の……」
 フィオリに訊くのもちょっとくらくらする。
「訊きたい事もあるだろうが、お前の治療が先だ」
 フィオリは触手の先から光を出すと、溶接するみたいに僕の左腕にかざした。光の粒が注がれて段々腕になってく。
「なんか焦ってない……?」
「それがどうした」
「ううん、何でもない……」
 意識が無くなりそうだったけど、なんとか耐えた。左腕はすっかり元に戻って痛みも無くなったけど、何だか体が重い。僕は息をついて、思わず言った。
「ごめん」
「何故謝る」
 フィオリの顔はちょっと不機嫌だ。
「しくじっちゃったから」
「それで生き残れば問題あるまい。警戒を怠らんかったからこそ、この程度で済んだと思え」
「そっか……、そうだよね」
 もしあの時フィオリを呼んでたら、例外に気付かなかったら、僕はどうなってたか解らない。それこそフィオリだって危なかったかもしれない。フィオリはちゃんと解ってくれてるんだ、よくやったって。それなら僕もちゃんと喜んでおこう。



 依頼者の受け入れをやめて、フィオリは横取り対策をしてる。今まで世界渡航の歪みには依頼者自身で入ってもらってたけど、今度からはピンポイントで歪みの中へ空間転送する形に変更するみたい。ちょっと難しい技術だけど、出来ない事は無いんだって。
 僕は少し寝て休んで、それからフィオリの様子を見に行った。フィオリはいつもより多い光の図面を見ながら操作してる。
「フィオリ、まだ作業中?」
 するとフィオリは大欠伸した。牙は一本も見えない。
「……休憩する、根を詰めてもいかんしな」
 なるべく早く仕上げたいだろうけど、体壊したってまた大変だ。
「そっか、じゃあお茶でも飲もっか」
 僕が言うとすぐにティーセットが来てくれた。フィオリの事が心配で待ってたのかな。
 椅子に座って二人であったかいお茶を飲む。何だか大変だったって、いつにも増して思った。
「そういえば、あの肉だったり僕の腕だったりにした事って、やっぱり技術なの?」
 フィオリは必要な事以外はあんまり話さない。どうやって体のパーツを作ってるかも僕は知らない侭だ。それでいいやって思ってたのもあるけど。
 フィオリはお茶を飲んで深く息を吐いた。
「あれは私の魔力行使法によるものだ」
「えっ、そっちだったんだ」
「名付けるならば『作製』といったところだろうな。魔力から物質を作り上げる」
 僕のやつと同じように性質変化系はかなりレアだ。
「発動条件は物質の情報を知っている事だ。詳細に知っていれば出来上がる物質の精度も上がり、分解も出来る」
 だからフィオリは光の図面と睨めっこしてるんだ。そうやって本棚の本にあるデータを全部覚えてるんだろう。そして。
「もしかして、あいつがフィオリを狙った理由って、それの所為?」
「そうだろうな。奴らにとって私の行使法は非常に勝手が良い。材料を採集せんでいいからな」
 フィオリは心底嫌そうに吐き捨てた。
「そんな事やらされたらきっと物凄く退屈だろうね」
 僕はお茶をおかわりして、味変にレモンスライスを入れた。幾ら自分がそんな匂いを出せても、やっぱり本物は美味しいからこっちのほうが好きだ。
「僕って恵まれてるんだなあ」
「ふむ?」
 僕が言うと、フィオリは首を傾げた。
「いや、住み心地いいし、退屈しないし、こうして此処に来られて良かったなあって、それだけ」
 僕がもしあそこで生きてたとしても、別の生活があったとしても、今の生活が楽しいのには変わりない。だから今の侭でいいやって思える。
 フィオリはにやっと笑って、ふんぞり返った。
「そうだろう」
 それでいいんだよ、フィオリってさ。



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