■-3 「1」

 昼、町で買ってきた花を洗った花瓶に挿してやると、がらくたは大いに喜んだ。精一杯頭を下げて、つまりお辞儀をして、礼を言ったのかもしれない。
 彼はがらくたの行動を咎めなかった。理由は、何とも思わなかったからではない気がする。
 このがらくたをどうするか、彼はこの侭、その心の命が壊れるまで置いてやろうと思った。何故なのか、解れば苦労はしなかった。



「奴らが攻めてきたああっ」
 日が沈んで暫く経った頃、見張りの叫びが響いた。自室の窓の外を見ると、幾つもの松明が暗闇に揺れている。数が多過ぎる。
 冒険者なり何なり雇ったのだろう、照らされたものは慣れた武装をしている。怒涛の勢いで迫ったそれらは、一時は丸太で門を叩いたが、防衛力の欠片も無い裏門に気付かれ、松明の大多数が裏に回る。
 唸りに混じって断末魔が聞こえた。誰か殺されたのだろう。表門の閂も外され、階下で靴音が幾重にも響く。他の者は全員一階で酒を飲んでいた筈だ。
 やがて打ち合いの音が聞こえたが、すぐに断末魔も上がった。
 窓の下を見ると、松明は未だ地上に居座っている。こちらの存在を察知して見ているのだろう。これでは出ていけない。
 頭の断末魔を聞いた時、彼は動いた。
 恐怖に震えているがらくたを椅子から下ろすと、縄で縛り上げ、布で口枷をする。不安そうな呻き声が上がったが、彼は構う事無く、それを壁際に置いた。
 彼はがらくた目の前に立ち、剣を構える。今にも振り下ろされそうな構えで、丁度部屋の入り口に背を向ける格好だった。彼なりの賭けだった。
 やがてがらくたも彼が何をしようとしているか悟る。仲間と思われて巻き添えを食わないように、人質と見せかけたのだ。抗議するように呻くが、元々動かない体ではどうにもならない。首を横に振ってみせても、見下ろす彼の目は変わらない。
 やがて階段を上る音が響き、廊下を走る音が聞こえる。扉が開く。
「やめろ!」
 その言葉を待ち望んでいたのだろう。言われてから漸く彼は反応した。薙ぎ払う剣を相手が受け止める。打ち合いを見詰めるがらくたの目から、涙が溢れてくる。
 何度目かの打ち合いの後、蹴りが入り彼が転倒する。がらくたの横に飛んできた。その無防備な体を相手は逃しはしなかった。
 その胸に深々と剣が突き刺さる。がらくたが大きく呻いた。剣が抜かれると盛大に血が溢れる。刺した者はがらくたの口枷を取り、縄をほどきにかかった。
 がらくたは何やら叫んでいた。誰にも言語が通じず良かった、壊れた胸でも安心はした。相手も光景の衝撃で発狂したものだと判断したようだ。がらくたを担いで部屋を出ようとする。
「うああああああああああっあさぎりいいいいいいいいいいっあさぎりっあさぎりっあああああああああああっ」
 急速に薄くなる意識で思う。
 自分は、このがらくたと同じように愛されたいと思っていたのだろう。がらくたと違うのは、がらくたは真に愛された事があるという点だ。でなければあの時、何故微笑んでいられただろう。
 花瓶の花がこちらを向いていた。



「さい……か……」



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