無間の幽鬼


■-2

 馬車の速度がどれ程かよく解らなかったが、一日かかると言われた道を歩く。町の姿は見えてこない。時々、すれ違う者を戯れに殺して金品を奪う。金はかなり集まったように見えるが、此処の価格の基準が解らない以上、安心はしないでおこうと思う。
 ひたすらに歩く。太陽が傾いてきた。こんなに歩いた事は無い。フレイアルトは疲労こそ感じなかったが、飽きは感じていた。傍らのセメンツァは平然と後を付いてきている。時々確認の声をかけるが、大丈夫だという答えしか返ってこなかった。
 何度目かの殺人で、荷物を漁りながら、携帯食でも持っていないかを思い付く。僅かばかりの汚れていない携帯食を奪うと、死体を茂みへ放り投げてから味見をしてみる。水分が無いのは仕方無いが、あまり良い味とは言えない。
「セメンツァ、お腹空きました?」
 一応尋ねてみるが、首を横に振られる。しかし気になったので言葉を変えてみる。
「お腹いっぱいですか?」
 それも否定された。あの化け物と同じように、何も口にしなくてもいいのだろうか。
 フレイアルトは悩み、携帯食を差し出す。
「食べてみます? 美味しくないですけど、貴方はまだ何も食べていませんし」
 食べるという行為に、フレイアルトは執着こそ無かったが、やはり経験程度はさせてやりたかった。美味いものを食べた時の満足感を少しでもセメンツァに教えてやりたい。
 セメンツァは頷いて、携帯食を手に取る。まじまじと見詰めているのは好奇心だろうか。
「多分食べても大丈夫だと思うんですけれど。何で出来ているんでしょうね?」
「きのみ……、こむぎ……」
 セメンツァが材料らしきものを挙げる。
「解るんですか?」
「かいせき、してみた……」
 答えられたが、セメンツァの触手は伸びていない。手から解析したのだろうか。不思議に思っていると、セメンツァが口を開く。
「わたしの、かみは、ものを、かんいに、かいせきする……」
「髪?」
 注意深く見てみると、髪の一本が携帯食に刺さっている。本人は簡易と言ったが、これだけの動作で成分解析出来るのは驚きだった。
 凄い、と告げようとして、ふとフレイアルトは思い出す。
「それも、隠してた事だったりするんですか?」
 同じ形でいたい、そんな事をあくまでも忠実に守ろうとした彼女である。案の定こくりと頷き、不安そうな表情が返ってくる。これには苦笑してしまうしかなかった。
「セメンツァ、隠さなくてもいいんですよ。貴方がしたい事を、していいんですから」
 するとセメンツァは目を見開く。驚いているのだろうか。それは一瞬の変化だったが、可愛らしく見えた。
「フレイアルト……」
「何ですか?」
 セメンツァは携帯食を持った侭、茂みを向く。死体を捨てた場所だ。
「あれを、しらべたい……」
 化け物と初めて対面した時に、フレイアルトへ行なった情報解析でもするのだろうか。
「いいですよ。ただ、無理はしたらいけませんよ」
 にこりと笑いかけると、セメンツァはそちらへ歩こうとして、ぴたりと足を止める。そして手に持っていた携帯食を少し齧った。何度か噛んで、呟いた。
「おいしく、ない……」
 やはりそうなのか。フレイアルトはつい笑いを零した。



 夜が来ると、辺りは月明かりに照らされる。眩しい程の月明かりを初めて知った。思えば久し振りの夜らしい夜であり、元いた世界では昼夜もよく解らなかった。
 遠くには黄色の明かりが見える。あれが町だろうか。しかし夜通し歩くのは考えに無かったので、少し道を外れた草むらで休む事にした。殺してきた通行人から布でも奪えば良かったと思いながら寝転がる。草は思ったより柔らかだが、布と比べてしまえば寝心地は悪かった。
 傍らのセメンツァが目を閉じているのを見て、さて眠ろうか、とフレイアルトも目を閉じる。だがすぐに開けた。己の不満に気付く。安心したからだろうか。不満を解消したい心が膨れ上がる。しかしセメンツァにそれを求めて、果たして良いのだろうか。健気な彼女を利用してしまうに過ぎないのではないか。
 じっとセメンツァの寝顔を見ていたが、耐えきれず背を向ける。何をしでかすか解らない自身が馬鹿らしかった。
 この侭寝入れば何とかなるだろう、そう思って無理に目を閉じた。
「フレイアルト……」
 声と共に、伸ばされた腕に体を絡め取られる。温かく柔らかな体だ。そんな腕を振り払えない自身は正直すぎる。それがあまりに苛立つ。
「あのですね」
 勝手な苛立ちを前面に出しながら言い放つ。
「解ってるんですか」
「しっている……」
「じゃあ」
 言うなり、体を転がしてセメンツァの体を組み伏せる。彼女の憂いは今、どのようなものなのだろう。
「こうなる事も、これからも、全部解ってるんですか」
「みた、から……」
 何処で、と思い、すぐさま思い出した。あの時、化け物に情報を読み取られた時だ。自身の記憶を読み取っていた事を思い出す。あの怠惰な日常も見られていたのだろう。
 フレイアルトは情けなくなり、セメンツァの肩口に顔をうずめる。
「俺、ひどい事するかもしれないんですよ」
 自己嫌悪が欲に負けてきている事を感じつつ、フレイアルトは呟く。
「だいじょうぶ……、やっと、できたから……」
「出来た?」
 何の話か解らず、思わず尋ねてしまう。
「いろんなものを、しらべて……、わたしの、からだは、やっと、できた……」
 死体を調べていいか、という事を了承してから、セメンツァは様々な生き物を解析していた。男も女もだ。
 フレイアルトは顔を上げる。苛立ちや不満感を忘れて、疑問を口にした。
「あの、今日調べていたものって、何だったんですか?」
「おとこと、おんなの、からだの、しくみ……」
 答えを聞かされ、フレイアルトは溜め息をつく。
「知識と経験って、違うものですよ」
 それは最後の警告だったのか、捨て台詞だったのか。
 小さな唇を塞ぎ、冷たい舌でそれを割る。熱を持った口内を思う存分味わってから口を離す。垂れる唾液が欲を後押しする。
 ドレスを吊っている紐のボタンを外し、リボンごと下へ引っ張る。晒された形の整った胸を掴んでみると、優しい手触りが返ってきた。彼女が生まれたばかりの頃はずっと見てきたものだが、今は艶めかしさを感じる。上を向いた先端を両方弄ったところで、初めて声らしい声をセメンツァが上げる。表情も落ち着きが無くなっているが、果たして思うような感覚なのだろうか。
「嫌なら、嫌って、言っていいんですよ」
 指は止めずに告げると、セメンツァは小さく零す。
「いい……」
 否定の意味ではないのだろう。負けを認めてフレイアルトは笑う。
 手を離した胸に吸い付きつつ、その手を下方へ伸ばしてドレスをまくり上げる。片手で下着を脱がせると、強請るように足が開く。濡れた体に指を少しだけ差し入れてやると震えた声が上がり、近くの芯も一緒に慰めてやると彼女らしからぬ熱の篭もった声が上がった。
 こんな姿もきれいだな、ぼんやりと思いつつ、指を抜いて既に張り詰めた自身の体を外に出してやる。事を中断させられたセメンツァが、その侭で見ている。焦らすという意地悪はしないでおこう、そう思い体を宛がった。徐々に入れ込むと、改めてその熱さが解る。そして体の心地良さも。
 足を抱えて、一旦腰を引こうとした時だった。細い何かにつつかれたかと思った瞬間、耐え難い感覚が走る。思わず声が漏れた。
「セメ、ン、ツァ、これ、は」
 熱に浮かされながら訊いてみると、申し訳無さそうな表情を返される。あまりの彼女の努力に、フレイアルトは苦笑した。
「……無くても、大丈夫、ですよ」
 そうして動き始めると、強い快感が走る。今のものだけの力ではない。優しく受け入れ、離れたくないと吸い付くように締め付けてくる。
 初めて聞くセメンツァの甘い声も相まって、行為へ、それ以上にセメンツァへ夢中になっている自身をフレイアルトは自覚する。今に始まった事でも無いが。
 気持ちがいい、加えて穏やかな心地良さがある。これを幸せと呼ぶのだろうか、それならそれでいいとさえ思う。
 思考が働かなくなった頃、断続的に刺激される。ああ、そうか、と事態を把握した時には自身も達していた。堪らなく心地良い感覚が止まるまで離れられなかった。終わった事には気付いたが、何やら居心地が良くて少々離れるのを躊躇ってしまう。
 漸く体を離して、その侭にフレイアルトは傍らへ倒れ込む。これではどちらが責め立てられたのか。
 ぐったりと倒れ伏すフレイアルトを、セメンツァは抱き寄せる。乱れを正す余裕も無い。あるのは、この侭眠ってしまいたい安心だけだった。



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