無間の幽鬼


■-5

 徐々にしか近付かなかった町が、漸く目の前に現れる。
 古めかしい西洋風の街は人間が圧倒的に少なかった。それは他種族を人外として一括りにした場合であり、比率としては一種一種と同等なのだろうか。
 田舎者のように辺りを見回す。見覚えがあるような無いようなもので溢れていると思ったが、物はそうでもないらしい。魚の見分けは付かないが、野菜はほぼ同じに見えた。もしかすると本当に同じものなのかもしれない。牛や豚としか見えない絵を掲げた肉屋もある。
 下手物を食う羽目にならないで済んだと思うや否や、フレイアルトは背後のセメンツァへ向き直った。
「セメンツァ、色んなもの食べましょうよ! 今度こそ美味しいもの食べましょう!」
 セメンツァは二回程まばたきをする。目を白黒とさせる動作に当たるのだろう。頷きは一回返ってきたが、うねる髪といい何処と無く嬉しそうな雰囲気がした。
 屋台のあちこちから、香ばしく、甘く、美味そうなにおいがする。腹に来るものを食べたかったので、肉の焼けるにおいの方向を目指した。
「いらっしゃいっ、いらっしゃいっ」
 威勢の良い客引きの声に釣られてやる。肉と野菜を豪快に串で刺したものが商品らしい。あまりに美味そうに見えたので、ろくに値も見ない侭注文していた。
「二つ下さーい」
「あいよ、二本で五十ロカっ」
 五十、の後の単語は金の単位なのだろう。金を一纏めにした財布から小さな硬貨を五つ取り出して渡す。店の主人は上機嫌で串を差し出した。軽く礼を言って店を離れ、少し歩いた壁際で凭れかかる。
「言葉は解るんですけど、まだ解らない事が沢山ですね」
 するとセメンツァが告げる。
「まちのいきものも、しらべたから、まちのことも、わかる……」
「え? いつ調べたんですか?」
「あるいていた、そのときと、いま……」
 髪がうねる。よく見ると、今でも解析しているらしい、髪の幾つかは通りの方へ伸びている。簡易解析と本人は言っていたが、それだけの事をずば抜けて高い隠密能力でやってのけるのはただ事ではない。
「セメンツァ、その力、他の人にはあまり言わないほうがいいかもしれません。利用されたら大変です」
 苦い単語を口にするだけで、口の端が裂けそうになったが堪える。セメンツァも重大性を悟って頷く。それを見遣ってから、フレイアルトは正面に向き直った。
「さて、冷めないうちに食べましょうか!」
 言うなり串にかぶり付き、肉をよく噛んでみる。牛肉の味がした。美味い。
 セメンツァはその様子を見てから、大胆に口を開けて肉を食べた。そんなセメンツァの姿に、フレイアルトは思わず笑う。
「食べ方、豪快ですね」
「まね、してみた……、おかしい……?」
 彼女なりに己の個性を探しているのだろうか。小さな頑張りにフレイアルトは可愛らしさを感じて、少しだけ注文した。
「あんまり、がさつなのは貴方に似合いませんね」



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