無間の幽鬼
■-8
セメンツァが泣いている。どうして、どうして、とにかく声を、声を出さなければ。痛みで集中が途切れていく。千切れた体はましな体になるが、姿は死体の侭だった。
「セ……メン、ツァ」
傍らに座り込んで、死体に戻されたフレイアルトを見下ろしている。涙は落ちると、温かい事を伝えてきた。
痛みの記憶に邪魔されながら、言葉を絞り出した。
「どうして、泣く、んで、すか」
セメンツァが折れた手を取る。
「わたしは……、フレイアルトを、まもりたい……」
「でも、俺、は、もう、死んでま、す、から、こんな、事、別に」
セメンツァは小さく首を振る。
「かこ、げんざい、みらい……、フレイアルトの、いたみも、さみしさも、もうにどと、こないように……」
「でも」
自分はさっきから否定ばかりだ。フレイアルトは思う。どうして彼女は、まだこんな自分を選び続けてくれるのだろう。それが解らない。
「俺の、他にも、沢山、人は、いた、でしょう」
解析をして、フレイアルトよりも遥かにましな者がいた事は解っただろう。だというのに。
セメンツァは死体をそっと抱く。あたたかく、安心してしまう。
「わたしを、そんなふうに、おもってくれるのは、かなしんでくれるのは……、わたしを、さみしさと、ひきかえにしてくれるのは、フレイアルトだけ……」
便利な道具を人間達が手放す時は、我が身が可愛い時だ。自分がセメンツァの幸せを願う事、それは自分に淋しさを科す事だった。セメンツァが遠くなる程に、自分はひとりになる。
「どうして……」
目の前が滲んでいく。
「俺に、なっちゃったん、ですか、ね……」
せめて、もう少しましな者でいたら、今よりセメンツァへましな生き方を教えられたのかもしれない。この考えを持つのも、自分だけなのだ。
耳に響く、空からの唸り。此処にサイレンなど無い筈だ。
瓦礫の街を走る。逃げられる訳が無かったが、走るしかなかった。
風を切る音が幾つも聞こえる。絶望感が一気に増した。
そして、突風、灼熱。
理不尽な仕打ちに咆える自分がいた。体液をどろどろと流すばけものが空を舞う。爆撃の主を叩き落とす。痛みと怒りで頭が空白になっていく。
目が覚めると、体中が生温かかった。足元には残骸の彼女がいる。
どうしようもなく悲しく、フレイアルトは声を張り上げて泣いた。どうしてこんなに、彼女の温もりはやさしさしか無いのだろう。
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