無間の幽鬼
■-9
どれ程歩いただろう。道は段々と険しさを増し、気が付けば山道になっていた。時折通る旅人や馬車を、気紛れに襲いながら進む。死体の処理は崖下へ投げ捨てるだけで良くなった点は楽だった。
岩壁と崖に挟まれた狭い道を行く。馬車がやっと通れる道だ。馬車は苦労するのだろうと、落としておきながら想像する。想像だけだ。
「フレイアルト……」
セメンツァが呼び止める。少々緊張感のある声音に、敵でも来るのか、と彼は身構えた。少し遅れてから、上空から声が降ってくる。
「貴様らかっ」
男のような声の主を見上げると、一匹の蜥蜴が見えた。その前足は翼で、忙しく羽ばたいている。
「あれ、何ですか?」
大体の予想をしつつ呟くと、空飛ぶ蜥蜴は急に眼前へ降下してきた。
「私の事を知らぬ者か、愚かな」
その随分と偉そうな態度がいけ好かない。フレイアルトは呆れて言った。
「知名度の低さを考えないんですねえ、貴方何なんですか、飛ぶ蜥蜴さん」
蜥蜴の目が一層鋭さを増す。
「誇り高き竜も知らぬか! 私はこの山を統制する者、無用な血でこの場を穢した行為を見過ごす訳には――」
長台詞を聞き飽きたフレイアルトが、指を触手に変えて鞭打つ。竜と判明した蜥蜴は寸でのところで避けたが、其処を今度はセメンツァの触手に絡め取られる。
「あら、手伝ってくれたんですね。あとは俺がやりますよ」
改めてフレイアルトが蜥蜴を捕らえ、セメンツァは触手を引く。蜥蜴はもがいて喚き立てる。
「貴様らっ、ただでは済まさんぞっ」
「いえ、ただで済むんじゃないですか?」
「何!?」
フレイアルトが笑って言った。
「一番偉いのは貴方でしょう。お山の大将一人に一体どのくらい動くと思ってるんです? するなら大将争いくらいですよ」
そうして、翼をもぎ取ろうとする。蜥蜴が叫ぶ中、結構硬い、などと和やかに呟きながら。
「貴様らっ貴様らあああっ」
何も言い返せないところ、当たりらしい。
やがて翼を千切られた蜥蜴を、その侭崖に思いきり投げ飛ばす。叫びの尾は衝突音と共に止まった。
「良かったですねえ、大好きな山がとどめですよ、蜥蜴さん」
フレイアルトはセメンツァを振り返る。
「データ取れました? 使えそうですか?」
「よくわからないものが、ある……、まりょく……?」
フレイアルトが感嘆の声を出す。
「へえ? 魔法とか、そういうやつですか?」
「たぶん……」
フレイアルトは目を輝かせた。
「凄いですね、ファンタジーって実在したんですね!」
かと言って、幽霊仲間など欲しくもないが。
Previous Next
Back