無間の幽鬼
■-10
空飛ぶ蜥蜴のお陰で足止めを食らい、まだ険しい山道で夜になってしまった。
倒れるように道の端に座り込み、また繰り返すのか、と揺れ出す頭で絶望を覚えた時だった。体を支えようとしたセメンツァが崖の方向を振り返る。
「なにか、くる……、じゅうよん……」
「空飛ぶ蜥蜴、ですか」
「すこし、ちがう……」
其処まで会話を交わした時、崖下から一斉に大きな影と小さな光が現われる。ばさばさと煩い音を立てて飛んでいる。
「見付けたぞ!」
「何ですか……、向こう行ってください」
こちらはそれどころではない。しかし空飛ぶ蜥蜴達は鳴きやまない。何処から嗅ぎ付けたのだろうか、ぎらぎらと黄色に光る目を向けて叫んだ。
「よくも我らの長を」
「この仇、取らせて貰うぞ!」
他にも喚いていたが、聞きたくなかった。意識が霞む。代わりに何かが奥底から湧いてきた。声のようだ。
何と言っているのか解らなかったが、次第に目の前に何かが現われる。人間、険しい顔、軍服、銃口、幾つもの銃を向けて叫ぶ。
どうして、どうしてこんな事に、どうして狙われて殺されなければならないのか。
この侭では撃たれる。
その恐怖がフレイアルトの中を爆発的に巡る。体が動いたのは痛みが走った直後だった。ばけものの姿で目の前の人間達を斬り裂き、握り潰す。それでも無くならない痛みの元を破壊しようと、がむしゃらに爪を振るい、牙で噛み千切る。血のにおいが恐怖心をますます掻き立て、動くもの全てを薙ぎ払った。
自身が、ばけものに相応しい声で叫んでいる事を認めた頃だっただろうか。漸く目が覚める。
体は爪や牙の痕に塗れ、周囲の岩壁には血肉が飛び、道には幾つかの蜥蜴が血の海に沈んでいる。そしてセメンツァの姿が無い。
焦って振り向くと、暗がりにへたり込んでいるセメンツァが見えた。呼ぼうとして違和感に気付く。一つは彼女の反応が全く無い事、もう一つは、何か口に入っている事だ。
口の中を確認しようとして気付く。目の前のセメンツァに頭が無い。舌に絡み付いているのは長く細いものだ。
果たして先にどちらを気付けば良かったのだろう。
驚愕のあまり、彼は口内のものを呑んでしまった。
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