無間の幽鬼


■-12

 山道は崖が終わり、森へ続く。
 あれから、何かに襲われる事は無かった。落ち着いた事もあり、セメンツァは二人分の服の修復をする。細かな触手は、血や汚れを取り除き、ほつれた糸や羽根を直していく。その技術はどんな仕立て屋も敵わないだろう。ある程度ではあるが、物質を再生しているのだ。
 予備の服や布など持っていないので、現在の二人は何も身に着けていない。セメンツァは頓着しないようで、身を隠そうともしない。それに惹かれるのはフレイアルトとて避ける事が出来なかった。神秘的であり官能的な姿に、惹かれない者は余程の馬鹿だなとさえ思う始末だった。しかし、どす黒い思考を持って近付く輩など到底許せたものではない。彼女を自己満足の為に利用するなど、あってはならないのだ。
 保護者気取りだ。自身で思う。だが、こんな事を思うのは彼だけだ、と彼女が言ったのも事実だった。
 見詰めていて、催眠術にでもかかったような気分になる。きれいだ、きれいだ、とても、きれいで、求めてしまいたい。あんなやさしさに触れられたら幸せだろう。
 セメンツァが立ち上がる。服の修復が終わったのだろうか。白い足がこちらへ歩み寄る。腕を伸ばされ、縋り付かれた。
「どうしたんです?」
 温かく、居心地の良い腕の中に甘えてしまう。これは特権でも何でもない、セメンツァが優しいだけだ。
 セメンツァは身を離し、フレイアルトの瞳を見詰めながら言う。
「こわかった……」
 紫色の瞳から涙が零れる。何故悲しいものも、きれいに見えるのだろうか。
「どうしてですか」
「フレイアルトが、きえてしまったとき……」
 空飛ぶ蜥蜴の復讐に遭った時だ。あれから二日は経っている。
「わたしは、どうしても、みつけられなくて……、そこにいてくれたのに、みつけられなかった……」
「仕方ありませんよ、俺の実体が無かったんです、幽霊を見付けられる人なんて、そういませんよ」
 笑いかけてみせるが、セメンツァは泣きやまない。
「わたしは……、フレイアルトが、わたしをおいて、どこかへいくなんて、ないのに……、ふあんで、かなしくて、さみしくて……」
「セメンツァ……」
 いなくなった、少しでもそう思った事、フレイアルトを信じきれなかった事をセメンツァは罪深く思ったらしい。認識出来ないものを信じろというのは無理な話だが、その無理さえセメンツァは信じたかったのだろう。
「貴方がどんなに頑張っても、見えないものは見えないですし、感じられないものは感じられないんです。仕方無いんです。だから、そんな無理な事で貴方が悪くなるなんて、それこそ無理な話なんですよ」
「それでも……」
 セメンツァはフレイアルトを抱き締めて告げた。
「わたしは、きっと、さみしくなる……、さみしいあいだ、おもいだせるように、フレイアルトをおぼえたい……」



 吸い付き、絡み合い、啜り上げて味わう。心ゆくのはどちらなのだろう。
 つがう体は、彼女だけが熱く、溶かされてしまうような感覚を覚える。
 激しく、甘い感覚が互いを満たす。しかしそれでも、儚く弱いものだ。
 刻み込む事など、きっと永遠に無理なのだろう。求める事に終わりが無いのと一緒で。



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