無間の幽鬼
■-17
祠を観察すると、石で出来た小屋の中に光る塊が置かれているのが解った。セメンツァが言うには、この塊こそ時空の歪みの元らしい。
フレイアルトはそっと塊を取り出す。明るい場所で見るそれは、硝子の玉にしか見えない。
「これ、どうすればいいんですか?」
「こわして、なかのゆがみを、とりだす……」
随分と単純だが、具体的にはどうして壊せば良いのだろう。取り敢えず見た目の脆さから、思い付いた事を訊いてみる。
「投げ付けてもいいんですかね」
それにセメンツァは頷くだけで、歪みの説明に入る。
「ふうじられた、ゆがみ……、むこうがわをしっているいきものは、いなかった……、むこうがわは、よくみえない……」
古そうな石で作られた祠である、其処に封じられていたなら相当な年月封をされた歪みなのだろう。そしてセメンツァの触手にも限界があるという事か。
フレイアルトは片手で軽くお手玉をしながら玉を見る。
「でも、これが歪みってよく解りましたね」
「そこに、あるだけで、まわりのくうかんが、すこしゆがむ……、ふうじられたものは、すこしうすい……」
探知出来ない程のものではなかったのだろう。其処で、少々気になった事をフレイアルトは訊いてみる。
「この世界って、歪みはこういう風に封印されてるものなんですか?」
「ひらいている、ものもある……、おおむかし、ふういんするものを、えらんだ……、きじゅんは、わからない……」
「大方、封印したものって向こう側が大変だったんでしょうね。そのほうが追われなくて都合がいいですよ」
彼女もそれを思って、敢えて封印されたものを提案したのだろう。追跡される危険よりはましだ。
「あっ、一方通行だったらどうします?」
「それは、ない……、いりぐちがあれば、でぐちがある……、ひとつゆがめば、いくつもゆがむ……」
完全遮断か開放かのどちらか。歪みというものを唯一無二などとあまり特別視しない方がいいらしい。
確認出来たところで、二人は所持品を捨てる。金しか無いが、現地調達のほうが何かと都合も付くだろう。
「じゃあ、行きますか!」
フレイアルトは玉をぽんと軽く上に投げる。今度はお手玉せず、玉は地に落ちた。金属音ではなく、水分が跳ねるような音を高く上げて玉は割れる。もやもやとした、あの旅立ちの日に通ったものと同じものが姿見のように広がって眼前に現われた。
二人は並び、あの日のように手を取り合い、歪みへと入る。闇色がうねる空間の中は何やら騒がしい。奇声が飛び交っている。その元もはっきりと見えた。此処に棲み付いているらしい、あまり褒めどころの無い形をした生物が上下左右に群れを成している。明らかにこちらを狙っており、差し詰め迷い込んだ餌とでも思われたのだろう。
「早速邪魔してくれますねえええ」
怒りの声が合図だった。一旦消えた体は、次にはばけものとなって現れる。
「手出し無用ですからね、セメンツァ」
言って、羽毛の生えた二本の尾を群れの一団に向け、毛の一本一本を発射した。霧を飛ばしたように見えただろう、鋭く変化させた微細な羽毛が生物の体に刺さり、その侭貫く。羽毛は役目を果たすと消え、その後にはずたずたの肉塊が残った。中身の色は黄色だ。
「取り敢えず攻撃には使えますね」
痛覚の無いものを切って目的を果たすまでは出来るらしい。
「さあて、次は何を試しましょうかね!」
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