無間の幽鬼


■-19

 殺した封印の先を進む。紫色は封印の壁だけで、道はまたもやもやと闇色が続いている。真正面に見える光色を目指して歩き続けた。
 そうして辿り着いた光色の向こう側は、山岳地帯が一面に広がっており、同時に目が痛くなる程の緑で覆われている。フレイアルトは別段何とも思わなかったが、セメンツァはどうだろうか。
「貴方の生まれた世界は、大昔にはこんなだったかもしれないんですよ」
 セメンツァは黙って辺りを見回し、風にそよぐ小さな花を見てから、フレイアルトに向き直る。
「フレイアルトは……、どっちが、いい……?」
「うーん。どっちかって言えば、此処みたいなほうですかね。息苦しくありませんし」
 取り敢えず素直に答えると、セメンツァは再び花を見て呟く。
「いつか、あそこも、こんなふうに、する……」
 世界の礎にされてもただでは起きない、というところだろうか。フレイアルトは笑って言った。
「貴方の好きな世界にすればいいと思いますよ」



 穏やかな野原にも夜は来る。
 また強い目眩に襲われ、何とか気を保とうと爪を足に刺そうとした時だ。
 背後から声が聞こえた。人のものではない。見ると、セメンツァが狼と鷲辺りを混ぜたような生き物を触手で絡め取っている。触手はあの翼からのものが何束にも枝分かれしており、獰猛な牙と爪を縛り上げている。
「うえから、きた……、まだ、たくさん……」
 見上げると、月明かりでも七羽程が旋回している様子が見えた。
「退治、してきます」
 目眩への苛立ちと、目眩自体を発散する為に、フレイアルトはばけものの姿を取る。瞬時に飛び上がると、素早く突進して一羽に噛み付いた。普通の血の味がする。群れが怯んだ隙に爪を振り下ろす。刺さった一羽を捨て、騒ぎ立てる群れを尾羽で薙ぎ払うが、三羽しか落とせなかった。硬質化し刃のようになった尾羽を、飛びかかる残りに向けて羽毛を発射する。狙い通りずたずたに斬り裂かれ、群れは全滅した。
 地上はどうなっているかと見下ろすと、セメンツァがこちらを見ている。どうやら無事のようだ。降り立つとセメンツァが心配そうに言った。
「けがは、ない……?」
「大丈夫ですよ、貴方こそ大丈夫でしたか?」
 普通に喋ったのだが、セメンツァが不思議そうにこちらを見ている。どうしたと問おうとする前に言葉が飛んできた。
「ねむく、ないの……?」
 その言葉に驚く。耐え難かった目眩が今は消えている。
「本当ですね、どうして……」
 いつもとの差異を探して口篭もり、ある考えに辿り着く。
 試しに変化を解こうとして、強い目眩に襲われた。急いで変化を維持する。
「セメンツァ。俺は夜この姿だと安定するみたいです」
 そう告げると、セメンツァは突然顔を歪めて目に涙を浮かべる。
「それなら、くるしく、ならないの……?」
 驚く事になったが、彼女の優しさをしっかりと感じて、裂けた口で笑ってみせた。
「ええ」
 セメンツァが抱き付いて泣く。この姿だけで彼女の苦しみが取り除ける、これ程良い事は無い。



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