無間の幽鬼
■-21
昼は人型、夜はばけもの、欲望の為に何日も繰り返した。悪夢と現実に苛まれる日々は終わりを告げた。
草以外に何も無い土地が相変わらず続いていたが、土地に興味は無かったので気にはならない。時々小さな野草にセメンツァが足を止める。いつかそれであの世界を彩りたいのだろう。彼女が作る世界とはまだ想像出来なかったが、優しい世界には違いない。
通りすがりとも会わない侭だが、それでも構わなかった。誰か来たら軽く追い剥ぎをしてもいいのだが、何やらそんな手間をかけるのが惜しい。この穏やかな空気を、フレイアルトも気に入っていた。わざわざ壊す必要も無いと思った。
日が暮れるまで歩き、また夜が来る。最近の夜は本当に安らぎだった。目眩を覚えてきた頃にセメンツァへ告げる。
「じゃあ、変わりますね」
そう言ってばけものを思い込む。次の瞬間、目の前にあったのは月だった。
最初に驚いた。目の前にはセメンツァがいた、自分は何もしていない。そういえば足が浮いている、此処は上空か。しかし飛んだ記憶が無い。
「フレイアルト!」
下から声が聞こえた。眼下を見ると、こちらを見ながらセメンツァが懸命に走っていた。
訳が解らない侭、しかし彼女の為に降りる事にした。体はどうやらばけもののものらしい、これは思った通りに出来ている。
地に降り立つと、セメンツァは息を切らして抱き付いてきた。その体は熱く、相当走っていたのだろう。服を持ってくる余裕も無かったらしい。
「セメンツァ、一体何が……」
何が起こったのか、何を起こしてしまったのか、その判断さえ付かない。懸命に絞り出した言葉に、セメンツァは荒い呼吸で答える。
「フレイアルトが……、かわったときすぐに、とんでいってしまって、よんでも、とまってくれなかった……」
無尽蔵の体力を持つ彼女が息を切らすとなると、かなりの速度、或いは時間、飛んでいた事になるのだろうか。フレイアルトにはその記憶が全く無い。自我が無い期間があったと表現した方が正しいか。そうなると原因が一つだけ思い当たる。
ばけものとしての意識だ。意識と言うべきなのかは解らない。フレイアルトのイメージするばけものに近付いた結果ならば既に人型に表われている。今回もそうだとすれば、体でなく精神に影響している。
結論を出した時、フレイアルトは頭を抱え、崩れ落ちる。集中が途切れて死体に戻される。実体まで無くなったらしく、セメンツァが叫んでいたがよく聞こえない。
ばけものとは。よくある悪役のような、何の意識も無く破壊を繰り返す、そんな無意味なものだ。
そのようなものになってしまえば、セメンツァはどうなるのだろうか。恐らく何度殺されても追いかけるだろう。最も恐ろしいのは、あの世界に帰って彼女達を滅ぼす結果になる事だ。
側には居たい。しかし、彼女を殺す日々はもう沢山だ。
考えて、考えて、黒い山々を見る。すると町でもないのに遠くが明るいさまが見えた。あれしかない。フレイアルトは流れそうになる涙を堪えて、迷いを無理矢理に払った。
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