無間の幽鬼


■-22

 セメンツァには何も告げていない。この土地の解析はされているだろうが、まさか大元へ向かうとは思うまい。
 しかし日が経つにつれて、体にも異常が出てきた。裂けた口が戻らなくなった。棘が少し残っており、他の場所にも生えてきている。
 セメンツァの反対を押し切って、夜はずっと変化を続けている。そしてやはり自我が無くなる。気付いた時に、空にいた、何かを壊していた、様々な行動を取っていたが、彼女を殺す事だけは無かった。まだ。
 昼間でさえ目眩に襲われる事が多くなり、その度に変化しては奇妙な行動を取り、体は悪化していく。
 それでも、彼女が死ぬよりは。その思いだけだった。先を考えると恐怖しか感じなかったが、決心だけはしてくれた。
 歩く道は植物が少なくなってきた。何故かは彼女も解るだろう。
 火山は近い。



 流石に勘付かれたらしい。セメンツァが突然、棘で歪になった腕を掴んだ。
「なにを、するの……」
 解析を使わないところに彼女の情を感じられて、フレイアルトは憂鬱になる。
 振り向いたフレイアルトの姿は、頬には棘だけでなく目玉が出来始め、全身は服を貫いて棘が生えている。角は無かったが、口は裂けて凶暴な牙が並んだ侭だ。
「ごめんなさい」
 咄嗟に出た言葉がこれだった。
「もう駄目みたいなんですよ。この体も、精神も、俺じゃなくなりますから」
「なにになるの……」
 セメンツァの声が震えている。彼女がどうする事も出来ないのは理解していたのだろうが、理解だけがあったのだろう。
 フレイアルトは苦笑して告げた。
「ばけもの、ですかね。自我を持たない、ただただものを壊し続ける酷いものですよ。そんなものあっても迷惑なだけでしょう」
 全ては言えなかった。口にするのはあまりに怖かったからだ。セメンツァもその恐ろしさを感じ取る。
「いや!」
 それは悲鳴だった。初めて聞く声音だった。彼の腕を掴む手に力が入る。
「どうしてフレイアルトが、かなしくて、こわくて、さみしくて、つらいの、どうして……」
 流れる涙をきれいと思う心も、じきに失われてしまうのだろう。
「セメンツァ」
 フレイアルトは首を横に振る。
「俺は悪い事を沢山しました。だからそれは俺だけじゃないんですよ。報いかもしれません。それに俺らしい結末です、ばけものだっていう意識に呑まれるなんて」
「そんなことない!」
 セメンツァのその言葉が、愚かとも、優しいとも感じられた。どれだけこう言ってくれる人を求めただろう。今、彼女は居る。もう後悔は無い筈だ。
「セメンツァ。俺はですね、貴方達を殺したくないんですよ。ただそれだけなんです」
 セメンツァは呻いて泣きじゃくる。彼の願いは邪魔しない、それが彼女の願いだった。よってこれも邪魔出来ない。



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