無間の幽鬼


■-23

 地鳴りと熱気が近付いてくる。セメンツァは泣いている。あの日からずっと泣いている。自我を失っている時も泣き続けているのだろう。
 悲しい。フレイアルトは思う。今までで一番悲しい。喪失感が大きすぎて半分以上思考停止していた。その所為だと思いたい。この悲しみさえ失う前に、早く何とかしなければ。それだけを思わなければ足が止まりそうだった。
 火口付近になると熱気は更に強くなった。この火山に全てを託すのだ、燃やし尽くしてくれる事、或いはばけものを燃やし続けてくれる事を。



 火口に着いた時には日が沈みかけていた。煙と熱気で日が捻じ曲がっている。彼女と見る太陽がこれで最後だと思うと、妙に感慨深くなってしまう。
「後追いなんて許しませんよ」
 火口、マグマを見詰めてフレイアルトは言った。彼女がそんな事をするだろうか、どちらとも言えなかったので釘を刺しておく。
 見詰めていると、目眩に襲われてフレイアルトは時間の無い事を知る。もう駄目だ、飛び込むしかない、足を何とか前に動かそうとした時、セメンツァに腕を引かれた。別れを言っていなかった。今更のように思った。別れなど想像した事も無かった。
「セメンツァ」
 振り向いた精一杯の笑顔は、笑顔になっているだろうか。顔の変形は今も進んでいる。
「俺は幸せですよ。こういう時に、貴方がいてくれるんですから。最後にやっと幸せになれました」
「こんなしあわせ、いらない……」
 その一言の涙声は彼の心を抉る。それでも本音を口にしてはいけない。代わりに悲しみが抑えられなかった。
「……貴方は、たったひとりの、俺の大切な人、です」
 歪んだ泣き顔で、全ての思いを込めて告げた。
「あなたから、うまれたら、よかったのに……」
 視界が霞み、目眩が酷い。
 この気持ちがあるうちに。
 フレイアルトはセメンツァを突き飛ばす。そして後ろに倒れた。
 落ちていく。その中で思った。



 もえてきえろ。



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