無間の幽鬼
■-24
落ちていくさまを見なかったのは幸福だったのか。セメンツァには判断が付かなかった。伸ばした触手は突き飛ばされた距離とマグマにやられて彼には届かなかった。
何処にもいない。
幼子のように泣き叫んだ。存在を認め合い、存在を求め合い、全てだった人がいない。死んでいても側に居てくれた人が。
必死に彼を探した。呼び続けた。無意味と解っても、同じ場所を探し続けた。
最後の言葉が頭の中を駆け巡っている。あれは彼の願いだった。聞いた事の無い願いだった。
残されたのはセメンツァの中の彼だけだ。押し殺していた全てを漸く解放していく彼。隅から隅まで感じ取っていた彼の事だけだ。記憶から情報まで、全てがセメンツァの体を駆け巡った。
やがて思考が停止するまで情報が溢れた頃だっただろうか。
何かが聞こえる。何処からだろうと思ったが、周囲ではなかった。
自身から聞こえた。確かに聞こえる。自身のもの以外に聞こえる。
一縷の望みなのかもしれない。
鼓動が。胎動が。確かに聞こえ始めたのだ。
数分で腹が膨れてきた。劇的な成長だった。
少し離れた場所に座り込み、火口を見詰めながらセメンツァは思う。彼の遺伝子情報がもしかすると解析出来ていたのかもしれない。考えられない事ではなかった。彼の思い込みによる肉体形成が、体液にまで及んでいたとしたら。何度も受け取った体が記憶していたのだろう。
自分の解析能力は、今この為に授かったものなのかもしれなかった。初めてこの力を有り難いと思った。生まれて良かったとさえ思う。
みちみちと肉を軋ませながらも、腹が更に膨れる。通常の妊娠では考えられない大きさまで膨れ上がり、座ってもいられなくなる。仰向けになり、セメンツァは成長し続ける内側を感じていた。自身がどうなるか解らないが、怖くはない。不思議な心地だった。何か温かいものを内側から感じる。求め続けていた温もりだった。
怒られるだろうか。怒られてもいい。その怒りは彼女の為だからだ。自由になって欲しい。心配せずともいい、心配事の無いように。
そっと腹を撫でてみる。手に鼓動が伝わるような気がした。それを数回繰り返した頃だった。
目の前が赤く染まった。痛いと気が付いたのはかなり間を置いてからだった。
誰かが咳き込んでいる。弱々しいが、確かに呼吸をしていた。
血に塗れた塊が、ゆっくりと身を起こした。彼女を確認するや否や、消えた筈なのに、どうして、どうして、喚き散らしていた。
「もう、いいの」
腕を伸ばす。嬉しくて泣くのは初めてかもしれない。
「うまれて、いいの……」
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