死と生活
■-2
戦闘前に不正を調査する事は難しい。対象の身辺調査に張り付ける人材がいないからである。従って本格的な調査が入れるのは対象が敗北した直後しか無かった。それ故に、不正を行った者は敗者の体験をその身に受ける。資格の剥奪、物品の没収など、勝者当人にとっては最も重い罰だろう。当然、敗者が死亡した場合は末路に死が待っている。
職員はあくまでも戦闘のみに関わり、戦闘外で対象がどのような末路を辿ったかは基本的に知らされない。気に病むなどの精神の管理より何より、伝えたとて仕方無いからだ。白花や鳴桜も最初こそ結末が気になっていたが、あくまで好奇心によるものである。そうしてすぐに興味を持つ暇が無いと知り、どうとでも良くなった。今は愚者の多さに辟易するだけだ。
早朝、鳴桜は腕の小型端末からの音声を聞きながら戦闘に立ち会っていた。戦闘内容によって規定が異なり、逸脱すれば罪に問われる。今回の戦闘は男と女が白兵戦で争っており、男は女を殺害すれば勝利、女は男に負けを認めさせれば勝利との規定だった。
「以上が今戦闘の規定です」
「了解」
通信を切ると、勝利条件の差異が語るものに溜め息が出そうになる。
鬼気迫る女の刃物による猛攻はどれも払いであり、突きではなく迷いによるぶれも無い事から、攻めの姿勢ではあるが殺める心積もりではないと解った。だが男にはその真意が伝わっていないらしく、逃げの姿勢を取っている。
やがて揉み合いになり、手首を掴まれた女の手が刃物を落とした。男は咄嗟に刃物を掴むと、女の腹に深く突き刺す。一撃は箍を外し、男は倒れた女の腹に何度も刃物を突き刺した。
やがて場にアナウンスが響く。
「二名の殺害を確認、勝負あり。速やかに行動を終了してください」
茫然と立ち尽くす血塗れの男を尻目に鳴桜は通信を入れ、遺体となった女へ近付く。調査は滞り無く、異常無しに終わった。
「二名……二名……」
男はアナウンスにあった言葉を繰り返し呟いていたが、つと鳴桜へ縋る。
「嘘だろ、なあ、それじゃ、言ってた事が、本当に」
揺さ振られる鳴桜は特に抵抗を示さない。それが解答だった。
認めたくない事実を示された男は鳴桜から手を離し、その場に崩れ落ちる。
「くそ……くそっ……」
其処にある諸事情は鳴桜も知らないが、知った事でもなかった。
戦闘管理職員には守秘義務があるが、それは無関係な人々に対してのものだ。職員内に限っての情報漏洩のみ黙認されている。つまるところ、愚痴を言えるのだ。
職員用に設けられた施設は荒の国の戦場に幾つか点在しており、いずれも広い。購買部があり食堂もあるさまはともすればショッピングモールのようであり、隅々まで巡るならば一件に半日は必要だろう。構造は各施設の位置から観葉植物の設置場所まで写し取ったかのように同じだが、壁や扉に塗られた色は場所により異なるとの特徴を持っていた。構造の理由は単に管理が容易いからであるらしい。
昼食を済ませた鳴桜は食堂を出ると、多く設けられた休憩所で愚痴を喉元に溜め込んだ職員達がくだを巻くように話している様子には一瞥もせず、観葉植物と自動販売機に挟まれた椅子を目指した。葉の緑色に白色が混ざっている植物と緩やかな楕円を描く象牙色の長椅子、そして青い自動販売機という組み合わせは施設の二階に三箇所存在する。その内の南に位置する該当箇所が白花と落ち合えるかもしれない地点だった。色とタイミングが合致すればまず会えるだろう。
現在滞在しているのは赤の施設だ。薄赤を基調とした模様が壁に延々と続いている。苛立ちが表れた大股の歩調は、白花の姿を見付けた事により落ち着く事は無かった。負の感情を隠さずとも良い関係には常日頃助けられている。
「甘いもん、何がいい?」
不愉快を見透かして軽く笑う白花の言葉に、鳴桜は不貞腐れた声音で告げた。
「シュークリーム、期間限定のキャラメルのやつ」
そして必要以上に愚痴らないでおく。特に取り決めた訳でもなく、あらゆる面倒事を嫌う二人の間で自然とそうなっただけだ。
ふと鳴桜は白花の左腕を指差す。
「やられたみたいだな」
「あーうん、地味に痛え」
着ている制服こそ刃物や熱を通さない素材だが、加わる圧力の全てを抑える事は難しい。不正を暴かれた違反者が逆上し襲いかかってくる事は珍しくなく、遺体処理班は戦闘技術の習得が必須だった。すぐさま応援がその場に空間転送されただろうが、違反者の戦闘技術も高かったのか一撃受けてしまったようだ。業務に支障は無い程度だろうが、服の下には打ち傷があるだろう。僅かな表情や仕草の違いで見抜くのは職業病とも言えた。
痛みで多少暗い顔をする白花へ、鳴桜が思い付いたように告げる。
「晩飯、何食べたい?」
今日の夕飯の当番は白花だが、それを免除し要望まで聞くという意味だ。それを聞いた途端白花の表情が明るくなった。
「ハンバーグ!」
白花にとって鳴桜の作るハンバーグのソースが絶品らしく、要望を聞けば大抵ハンバーグとの回答が飛んでくる。
「じゃあ帰り挽肉買うから、大人しく待ってろよ」
「待ってる待ってる」
怪我の功名とはこの事なのかもしれない。
国の管理下で行われる戦闘には種目も年齢も制限が無い。
屋内で鳴桜の見守る中、少年と少女がそれぞれの前に並べられた札を交互にめくっている。同時に神経衰弱を行い、制限時間内に少女よりも先に全てを正答するか、少女が誤答すれば少年の勝利だ。全く同時に終了した場合は少年の敗北となる。
鳴桜は腕の小型端末から経緯の情報を聞いていた。勝負を申し込んだのは少年であり、少女が受けた形である。開始直前に口喧嘩をしていたが、少年のほうが押されていた辺りに少女との力関係が窺えた。
両者順調に図柄を揃えていたが、残り三組で少女の手が止まる。そうして再び手を動かしめくったものは異なる図柄であり、少年の勝利が確定した。
「誤答を確認、勝負あり。速やかに行動を終了してください」
「鳴桜・ロウタロット、調査開始します」
少女へ近付いた鳴桜が少女の顔を凝視すると、少女は耐えかねて目を逸らす。解りやすい反応に鳴桜は出かけた溜め息を呑み込み、通信を入れた。
「異常あり。故意に敗北したものと思われます。解析班――」
「わーっ! わああーっ!」
報告の途中で少女が大声を出すが、鳴桜は湿り気の篭もった眼差しで続ける。
「……解析班は必要ありません。こちらで対処します」
「えっ?」
首を傾げる少女へ鳴桜は屈むと、呆れた声音で告げた。
「違反者には相応の罰があります」
「えっ、そんな!」
少年が札を散らしそうな勢いで近付き、少女へ食ってかかる。
「なんでわざと負けるなんてしたんだよ!」
少女は俯き、むくれるだけで何も答えない。いよいよ埒が明かなくなり、鳴桜は今度こそ大きな溜め息をついた。
「此処からは他言無用でお願いします……お前らが一番解るだろうけどな」
突然の粗雑な口調に震え上がる二人の反応は年相応と言える。鳴桜は少年に目を遣りながら少女を指差して続けた。
「こいつが遠くに引っ越すってのを黙ってたから、お前は許せなかったんだよな?」
少年から強い頷きが返る。少女は不満げに床を蹴った。
鳴桜は面倒へ喘ぐように声を上げてから項垂れる。
「あぁー……、あのな。勝負吹っかけた理由と、わざと負けた理由は、同じなんだよ」
少年が驚いた表情で少女を見遣ると、少女はむくれた顔を徐々に赤らめた。その反応に少年も顔が赤くなる。
「まあ、国を巻き込んだからには末永く仲良くやれ。それがお前らの責任だな」
二人の頷きを確認し、鳴桜は再び通信を入れる。
「問題のほう解決しました。帰還転送お願いします」
「了解。三分後に転送されます」
通信を切ると少女が鳴桜へ恐る恐る尋ねてきた。少年も不安に怯えている。
「あの、罰って、何ですか」
鳴桜はまた呆れて答えた。
「隠してたもんを勝手にばらされちゃあ、堪んねえよな」
「今日は何があったよ」
とろみのある香ばしいソースが皿いっぱいに広がる程かけられた、拳大を優に超えるハンバーグを食べ進めながら白花が尋ねる。機嫌が悪いと料理の量が増すのは鳴桜の癖だった。残す程ではないが、かなりの満腹に胃薬が必要になる事もある。
「痴話喧嘩に巻き込まれた」
珍しくない事ではあるが、いつ巻き込まれても良い気がしないのも確かだった。吐き捨てるような鳴桜の声音は苛立ちを隠そうともしない。
「美味いもん食わねえとやってらんねえ」
不満を潰すように鳴桜は大口でハンバーグを食べる。戦闘を痴話喧嘩の舞台とする者も一定数存在するが法的には全く問題が無いので、専ら遺体処理班の苛立つ原因の一つとなっていた。
「そりゃ運が悪かったな」
白花の笑い混じりの言葉で鳴桜が気付いたように手を止める。
「そういや、怪我はどうなんだ? 痛そうだけど」
動きの鈍さからの判断に白花が軽く唸った。
「んー、結構痛い。仕事は出来るけどって感じ」
骨にまで影響は無いのだろうが、無理はする程度なのだろう。鳴桜は安堵と心配の入り交じった笑みを浮かべた。
「そっか。でも家でくらい安静にしとけよ、家事もきつそうだから俺やるし」
「ありがてえ……。今度なんか奢るわ、トッピングとかも付ける」
「それこそありがてえよ」
鳴桜が笑いながら告げる。高級ではないが間違い無く贅沢な報酬だった。
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