その頃
■-3
持ち出した貴金属の一部を売った金で、平民街の末端に位置する住まいを借りる。其処が上等な服を着た壮年と見るからに見窄らしい少年という不気味な組み合わせを許す場所の限界だった。奴隷を買った富豪であればそのような場所には住まないと判断されただろうが、かといって不可解な素性を問う事も無い。大家によれば借りた住まいは前の住人が夜逃げしたものらしく、残された家財を売り払った直後だという。あと少し早ければ二人が買い取ったかもしれなかったとの愚痴には、あまり良い値で売れなかった事実が見え隠れしていた。
安く済ませる為に中古の家財を一通り揃える途中、塩を振っただけの串焼き肉を購入して歩きながら食べる。串焼きはイングラートにとっては久しかった素朴な味がした。今までも、出来るならばこのような素朴さで良かったのだ。
「うっま……」
一口目で感動し、その侭夢中で食べているヴィンコロを見遣る。今までまともな食事は取れていなかっただろう。戦う力は付けたが、他は身体の強靱さも含めて足りない。解決には様々に学ぶ事が必要だったが、それに素直さは役立つ。正しさ、つまるところ自他の利得に納得すれば、物事を面倒臭がらない性質だ。
「なあ、ヴィンコロ」
ヴィンコロが串焼きを食べ終わり、イングラートを横目で見る。まだ呼ばれ慣れていないだろうが、反応はイングラートの思うより早い。
「お前の親父もがらんどうだと言ったが、どんな奴だったんだね」
「親父は、勤め先の金を盗んでたんだ。それがばれて、仕事を失くして、酒ばかり飲むようになってたよ」
答えるヴィンコロの表情に恨みの色は無かった。最早無関係の事とまで思っているのだろう。しかし其処から学んだ事はイングラートとの契約に活かされ、ヴィンコロのこれからを形作るのかもしれない。
「大変だったな」
言いながら、イングラートは己の言葉の妙な素直さへ驚いた。素直さは伝染するのだろうか。
「大変なのはこれからだよ。取り敢えず、俺が出来る仕事が何か考えないとな」
指でふらふらと振られる串は指揮棒のようだが、素直故に人を指揮する才能は無いのだろう。
「そうさな……いっそ何でも屋でもやるか?」
イングラートの提案へヴィンコロは目を丸くした。
「それだ。何が出来るか迷ってんなら、何でもしてみたらいいんだ」
「だが、失敗はあんまり出来たもんじゃあないぞ?」
ヴィンコロは串でイングラートを指す。
「暫くはね。でも、その為のあにさんだろ。それとも出来ないか?」
自身の力が付くまではイングラートの力を使おうとしているのだ。イングラートは空になった串で、騎士を任命するようにヴィンコロの肩を叩く真似をした。ヴィンコロには伝わらないだろうが、これはイングラート自身への儀式だ。
「暫くだけってんなら出来るだろうよ。ところでその、あにさんたあ何だい」
「何となくさ。気に入らないか?」
「いいや、いいもんだ」
答えを聞いてヴィンコロが悪戯っぽく笑う。口から覗くのは黄ばんだ歯だが、何度見ても良い笑顔だった。
平民に見えるようヴィンコロの身形を整えてやる。湯を沸かして体を拭き上げてやり、調達した服を着ると傷痕も隠れ、至って普遍的な少年の姿になった。その生きる道が普遍的かどうかは定かでない。
イングラートが板切れに炭で書いた簡易な看板を外に置いて、一日目は予想通り何事も無く、ヴィンコロは調達した帝国全土の地図を覚える時間に充てた。依頼者となるのは周辺の住民だろうが、依頼達成の為に土地勘はあって困らない。まだ字が読めないので、イングラートの説明を聞きながら場所の特徴を覚えていく。
二日目の昼、住まいの扉を叩く音がした。
「助けて」
扉の外から聞こえたのは、まだ幼い少女と思しき涙声だった。ヴィンコロは野菜の皮を剥く手を止め、寝台に座り拾ってきた新聞を読んでいるイングラートへ目を向ける。イングラートの頷きを確認してから、扉に空いている小さな穴から話しかけた。用件を先に聞く為に残しておいたものだ。
「用件は?」
姿を覗いてみるとやはり小さな手が見えたが、艶やかな布や上等なポーチも見える。何故此処に富裕層がいるのだろうか。
「ケウロがいないの」
「ケウロ? 犬猫か何かか?」
「えっとね、犬」
逃げ出した犬を追って此処に迷い込んだのだろうか。断定はしないが予想は立てておく。
「ケウロだっていう目印はあるか?」
「首輪をしてるよ、おっきな赤い石が付いてるの」
単なる石の筈が無く、宝石の類いを犬にまで与えているとは容易に察するところだった。
「事情は解ったよ。でも、こっちも仕事でね。気持ちでも金を出してくれなきゃ受けられない」
「お小遣いならちょっとあるよ」
富裕層の少額が平民の高額である事は珍しくない。高望みはしないが、幾許かの期待は出来るだろう。
「それじゃあ受けよう。準備するから待ってなよ」
ヴィンコロは背後を振り向き、遣り取りを聞いていたイングラートに一つ頷いた。イングラートは寝台から立ち上がると徐に歩み寄り、ヴィンコロの頭へ手をかざす。手は単なる合図だ。
手を引いた頃にイングラートが告げる。
「詳しくは自分の頭に訊け。二つ共ざっと一日だ」
「充分。じゃあ行ってくるよ、あにさん」
感覚を確認しながら、告げられた効果時間にヴィンコロは不敵に笑った。
少女の身形を改めて見ると、豪奢なフリルのワンピースで着飾ったものだった。年の頃はヴィンコロと同程度に見える。整った髪は薄紅色をしており、柔らかな印象を与えた。
「わたし、メレネーっていうの」
泣きやんだ少女の名前を聞き出す手間は省けたが、其処からが長話だった。昨日の間食が美味かった、今日の履き物に悩んだなど、無意味な話が続く。ヴィンコロはメレネーの機嫌を損ねないよう適宜相槌を打ちながら、イングラートから与えられた力を使う。与えられた力の内、名前を聞いた生物を探知する能力でケウロを探した。視野以上の広さを捜索出来るようで、遠方はおろか背後まで解る。やがて彷徨くような動きを見せる一つを見付け、ヴィンコロはメレネーへ向き直った。
「場所が解ったんで行ってくる。メレネーは俺の家で待ってな」
告げるとメレネーは軽くかぶりを振った。
「あなただけじゃ無理だよ」
「何で?」
「ケウロはね、わたしには甘えるけど、他の人には凄く吠えて、噛み付くよ」
言葉の後には家族構成まで続く。父と母、兄がいるとの情報をヴィンコロは頭の片隅に置き、メレネーがいなければ達成は難しいとの事実に苦々しく言葉を零した。
「そうかい。解ったよ」
言うなりヴィンコロはメレネーの手を取る。メレネーが驚いたように目を見開いたが、心境を推し量る気は無かった。
「いいって言うまで手を離すなよ」
そうして一人よりは遥かに遅い速度で歩き出した。大通りを避けて、しかしあまりにも薄暗い場所も避ける。不審がるにせよ金目当てにせよ、メレネーへ絡まれれば煩わしい事態になるからだ。
暫く進み、メレネーの足取りが意外にも確かなものだと感じた頃だ。探知していたケウロが突如として素早く移動する。何かに吹き飛ばされたようだった。
「不味いな」
「どうして?」
「ケウロが襲われてる」
歩きながら振り向いて告げると、メレネーは素直に受け取ったようだ。すぐさま睫毛に涙が絡む。
「どうして? ケウロはいい子なのに」
「あんたにはいい子だっただろうけど……」
言葉に引っかかりを感じ、ヴィンコロは今し方組み立てていた予想を一旦崩す。誰かが首輪の宝石を目当てにケウロを襲撃したのだろうと考えていたが、一つの可能性が浮上した。それを確かめる術は先程手に入れたばかりだ。
ヴィンコロは意識を集中させ、捜索する。すぐに予想通りの結果が示され、思わず舌打ちした。
弱りきった子犬を受け取り、勢い良く振り回す少年の笑いは止まらなかった。声は倉庫中に響き渡る。
「あはっ、あはははっあははは!」
「テッゾ坊ちゃん、これでいいんですよね」
手揉みをする男の問いに、テッゾは他者を見下す笑みを向けた。これさえ耐えれば報酬は抜群だとの理解も溶かす憎たらしさだった。
「はは、ああ、ああ! 犬退治をどうも有り難う!」
囲まれて噛み付こうとするも、木の棒に打ち据えられ遂に倒れた犬の無様さにテッゾは踊る。妹もこれで自分を頼るだろうと、奪われた自尊心は今や燃え盛っていた。
「あのぉ、テッゾ坊ちゃん」
媚びた表情を僅かに歪める男から催促され、テッゾの冷ややかな眼差しが不愉快に細まる。
「ああ、ああ、解ってるよ、煩いな」
テッゾは服を探り、金貨の詰まった袋を投げた。地面に落ちたそれが金貨をばら撒くと、男達は一斉に金貨を拾おうと屈み込む。跪くように見えるそのさまが、埃っぽさで軽く咳き込んだテッゾの気分をまた高揚させた。
「さて、どうしてくれようかな。生きた侭毛を毟るか、火炙りにするか」
時折身を震わせる犬を持ち上げねめ付けていると、急に手へ痛みが走り子犬を取り落とす。
「ぎあっ」
テッゾの苦悶へ何事かと男達が困惑し、痛みを与えた正体が小石だと知った瞬間に通る声が響いた。
「その犬、返してもらうよ」
ヴィンコロは苦い顔で告げながら倉庫内部の人数を確認する。テッゾの他には大人が三人だ。
「テッゾにいさま、どうしてそんな」
メレネーが繋いだ手を震わせながら問いかける。恐怖より怒りが強かった。テッゾは目を見開き、音を立てそうな程に口の端を吊り上げて笑った。
「お前が悪いんだよ、メレネー。お兄様を何より大事にしないから、こうなる!」
テッゾがケウロを蹴り飛ばしたのを見てヴィンコロはメレネーから手を離し、努めて優しく受け止める。腕の中のケウロは頭に血を滲ませていたが、まだ息があった。そっと地面へ横たわらせてやる。
「さあ、うちへ帰るんだ。おい」
テッゾが顎をしゃくり、応えた男達がメレネーへと迫った。ヴィンコロには構う気が無いらしい。
「来ないで!」
怯えたメレネーが伏せて叫ぶと、その周囲を薄く輝く光の壁が包む。棒を持った一人の伸ばした手が壁へ触れたが、それ以上進まずに壁を掻いた。
「何だこりゃあ」
身を起こして壁を蹴ろうとした男の顎へ、無視されていたヴィンコロのメレネーを跳び越えた蹴りが当たる。障壁の力もイングラートから与えられたものだ。男は倒れると棒を手放して動かなくなった。
「このガキ!」
もう一人が素手で襲いかかるが、ヴィンコロは棒を拾い上げ、身を低くして掴みかかる腕を避けると棒で鋭く男の鳩尾を突く。男は身を曲げ、白目を剥いて倒れた。ある程度加減はしたので深手ではないだろう。
「ひっ」
一人が裏口から逃げ出そうと背中を向けたが、ヴィンコロが投げた棒が巨大な矢のように飛び、男の後頭部を捉えてその意識を奪った。残されたテッゾが怒りに顔を歪める。
「ああ、ああ! 僕に手を出せばただじゃ済まないぞ!」
己の身分を振りかざした喚きへ、ヴィンコロは首を横に振った。
「俺の手は出さないよ」
「何だって?」
ヴィンコロの言葉へ嘲笑しようとした瞬間、テッゾの右手に激痛が走る。
「ぎゃああっ!」
「ケウロ!」
テッゾの手の甲へ噛み付いたケウロは、メレネーの呼ぶ声にすぐさま引き返した。足に異常は無いようで、走るのにも支障無いようだ。ヴィンコロは障壁を解除して二人を引き合わせてやる。
「いい報いを受けたじゃあないか」
「ううっ、ああ、ああっ、くそ!」
テッゾはヴィンコロの言葉へ呪詛を呟きながら後退りし、裏口から逃げていく。テッゾの姿が見えなくなってからヴィンコロがメレネーを見遣ると、千切れんばかりに尻尾を振るケウロを抱き、再会に涙していた。二者の信頼関係の全ては推し量れないが、ケウロが己をケウロであると認識する程度には強いようだ。そうでなければヴィンコロはケウロを探知出来なかっただろう。その事実を胸にしまい込み、ヴィンコロはメレネーへ声をかけた。
「ケウロの手当て、忘れるなよ」
名前を呼ばれたケウロがヴィンコロに向かって唸り声を上げる。あの兄よりは遥かに立派にメレネーを守ろうとしているのだろう。それを思うと不快感は無かった。
メレネーはケウロを撫でて宥めながら立ち上がり、ヴィンコロへ向き直る。
「本当に、本当に有り難う」
「礼より報酬が欲しいところだね。幾ら持ってる?」
言われてメレネーはポーチを探り、五枚の金貨を掌に取り出した。
「このくらいだけど、全部あげてもいいよ」
ヴィンコロは軽く溜め息をついた。
「流石にそれはぼったくりだ。ケウロ探しと、あんたを家まで送る手間賃を合わせて一枚、それでも高いけどね」
犬一匹に対して当人はともかく、価値が金貨程あると判断する者は平民街にはまずいないだろう。由緒正しき血統だろうが野良犬だろうが、言葉の通じない生物以上には見られない。
「でも」
迷うメレネーへ、ヴィンコロは静謐な顔付きで告げた。
「メレネー。あんたが思うよりずっと、金ってやつには命賭けた努力が篭もってるんだ。さっきの奴らだって金目当てにケウロを襲った。それくらい必要で、危ないものだって思ってくれ」
言葉にメレネーはケウロを見る。この小さな存在を傷付ける事を厭わぬ行いが金の所為であるという。しかし偶に遊びに行く店では、金を払わねば物は手に入らない。これまで何と無しに使っていた金銭への嫌悪感とその必要性を知り、メレネーはヴィンコロへ頷いた。
「うん。今まで知らなかったけれど、今知ったから、大丈夫」
そうしてヴィンコロへ金貨一枚を手渡した。
メレネーの母親は自宅で会食中だと聞き、始めのほうに聞いた名前で探知する。その位置こそがメレネーの家だ。進むにつれて予想通りの屋敷街となり、平民然とした格好を見られては怪しまれる。出来る限り裏道を通ってメレネーの住まいに近付いた頃には夕方になっていた。
「此処でいいかな」
曲がり角を二度過ぎれば到着する場所まで来て、ヴィンコロはメレネーへ問いかけた。
「うん。有り難う」
ケウロが相変わらず唸っているが吠えるまではしないところ、多少はヴィンコロを認めたのだろうか。
「ケウロと楽しくやれよ。それじゃあな」
走り去るヴィンコロへ手を振り、その背中が見えなくなってからメレネーは歩き出す。兄のテッゾが先に帰り着いているだろうが、恐怖は無い。己を守ってくれたケウロを守るのは己しかいない、その事実が覚悟をくれた。
「ただいま」
「おかえり」
初めての遣り取りだと両者が気付き、軽く吹き出す。
「はは、上々ってところだろう」
新聞を読み終わった後は皮剥きの続きをしたらしいイングラートが言う。寝台に寝そべってはいたが、その指は泥で多少汚れていた。
「うん。はい、これ」
ヴィンコロが投げて寄越した金貨を宙で掴み取ったイングラートは、突如顔をしかめる。
「どうしたんだよ」
「軽い」
イングラートは呟くと寝台を降り、先程皮剥きに使っていたナイフを手に取った。机に金貨を置くと逆手に持ったナイフの切っ先を当て、柄頭を叩く。軽い音がしてナイフが机に突き刺さり、金貨が真っ二つに割れた。断面には木と詰められた砂が見える。金貨を知らない者ならば騙せるが、そうだとしても偽金としての質は粗雑だ。
「あの嬢ちゃんのとこが造ってると見るのが妥当だろう」
「そうかい。ごめん、あにさん」
「いや。無理も無いってもんだ」
ヴィンコロの顔色は、新聞に偽金造りの報が載った時も変わらなかった。
夜の静けさが不気味だと感じたのは初めてではないが、いつ振りなのかは遠すぎて解らない。僅かな月明かりの中で、イングラートは異形から与えられたペンダントを見る。トップに嵌め込まれた大振りの硝子は、よくよく見ると靄が微かに動いているさまが確認出来た。
「あにさん……どうした……?」
半ば眠りに染まった声でヴィンコロに呼ばれ、イングラートはふと異形から言われた制約を思い出す。話すか否かを多少迷うも、面倒であるのはどちらかを考えて話す事にした。
「ヴィンコロ。話がある」
改まった物言いにヴィンコロは目をこすり、寝台に座り込むとイングラートを真っ直ぐに見詰める。
「このペンダント、絶対に俺から外そうとしてくれるな。さもなきゃあ死んじまう」
告げながらペンダントトップを摘まみ上げると、ヴィンコロの口が動きかけて驚愕の表情に止まった。その喉も軽く鳴ったが、イングラートの言葉に驚いたのではないようだ。
「どうした」
「あにさん……、それ……絶対に誰にも見せないほうがいい……」
ヴィンコロはペンダントトップから目を逸らさず、恐る恐る指差す。目を逸らせなかったのかもしれない。
「こいつに何か映ったのか」
頷いたヴィンコロは喉元につかえていた短い悲鳴を吐き出すように深く息を吐き、指を下ろした。
「前までのあにさんが見えた」
老いていた自身の姿を見られるとは思わず、イングラートは己の弱みがまさに此処にあるのだと痛感する。確かな正体を知られてはまた暗い場所へ戻るか、裏切り者として何処へも行けない事になるかだ。
服の下にペンダントを滑り込ませ、イングラートはヴィンコロの頭を撫でる。ヴィンコロの不安は自身の生活へも直結するものだが、イングラートへ対する心配もまた偽りないのだと落ち込んだ顔が語っていた。
「有り難うよ。お前はよくやってくれてんだ、俺もその分応えなきゃあな」
「じゃあさ……、それの事、教えてくれよ。訳解んない侭あにさんの力使って、取り返し付かなくなるのは嫌だからさ」
言葉にイングラートは頷きながら思う。ヴィンコロは素直で賢く、脆さがある。正直者や真面目が馬鹿を見る世では生きづらさしかないが、イングラート個人としてはそういった人物にこそ幸福を掴んでもらいたかった。
死にかけていた時に現れた異形、押し付けられたペンダント、願いの仕組み、異形は今も観察しているだろう事を話し終えるとヴィンコロは目を閉じ、言葉を探すようにしてから真っ直ぐにイングラートを見てゆっくりと告げる。
「有り難う、あにさん」
震えもしない声には強さがあり、覚悟さえ感じられた。
「俺も精一杯気を付けるよ。今を守る為なら、何だってする」
「そうさな。お前と二人、これから上手くやっていくとしよう」
イングラートが手を差し出し、ヴィンコロが固く握る。互いへの誓約は、交わした契約よりも重かった。
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