有漏路の幽鬼
■-4
「あったかい……」
裸足に感じる温かさが心地良く、つい声が出た。
派手に出血したものだ。血だけは温かかったらしい。
耳鳴りのような、静けさの音がする。騒ぎに隣人さえ来ないが、不思議でもない。
さてどうするか。取り敢えずはこの姿をどうにかしたい。動きづらい。
生前の自分を思い出してみた。体の輪郭が少しぼやけるだけだった。足りないようだ。
思い付く。学校のアルバムを探してみよう。自分は確か中学校のアルバムにひっそりと写っていた筈だ。
自室に入って電気を点ける。そしてアルバムを探そうと思った目に映った窓硝子に、元通りの自分がいた。強く思えば修復出来るらしい。
其処で好奇心が湧き、想像を巡らせる。ちちちちゅん、あのふかふかな、と思った頃だったろうか、自分は机に乗っている雀になっていた。そしてまた想像する。途端に息苦しくなる。魚が陸上で息が出来ないという思い込みを取り払えば、空でも泳いでいけるのだろう。いや、今は苦しい。
すると死体に逆戻りした。気が散ってしまうとこれに戻されてしまうらしい。
素直に、面白いと思った。
もう此処にいる必要は無い。何の思い出も無い場所。
箪笥を開けようとして、手がすり抜けた。集中してもう一度掴んでみる。今度は上手くいった。
大して寒くも無いが、やはり裸は気になる。服を着ようと思ったが、なかなか上手くいかなかった。右腕に集中すると左腕が消えてしまい、上半身に集中すると靴下も履けない。苦労して着替えが出来たのは、もう陽が沈んでからだった。
誰も来ないな。それ以上何も無く思うと、手近なバッグへ荷物を詰めた。金と服。充電の切れたポータブルオーディオは手に取ったが、充電より何より嫌気が差してごみ箱へ投げ入れた。
美味い料理は食べられなくなるかもしれないが、あまり食に関しての執着が無い。それに盗み食いなら簡単に出来るかもしれない。
バッグを持って、ベランダの手摺りから思いきって跳んだ。浮遊感を想像して、浮いた事には浮いたが、持っているバッグ以外が全て落ちてしまった。夜の暗闇の所為か誰も気付いていないらしい、驚きの一つも聞こえない。
地上に降り立って、服を着て、のんびりと歩き出した。
この体でしてみたいといえばやはり、悪事だろう。
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