有漏路の幽鬼
■-5
深夜、まず手始めに、銀行へ忍び込んでみた。服は脱いでバッグに詰め、裏路地に隠してある。所持金は少々食事をした程度でまだ困ってはいなかったが、早めに入手手段を知っておくに越した事は無い。
一つ思い付いた事を試してみたくなり、直接金庫を狙った。壁や扉をすり抜けて内側に入り、暗闇でよく解らないが、手に触れた紙束を抱える。
さて、此処からだ。
壁に人差し指を突く。その指先に集中する。硬くなれ、強くなれ、もっと、もっと、この壁を一突き出来る程に、ひたすらに硬く強くなれ。
かなりの時間その暗示をかけて、指先で壁をつついた。小さな軋みから始まり、派手な音がする。壁に出来た長いトンネルの外からは明かりが差し込んでいた。出口だ。
その侭出ようとしたのだが、此処が銀行だという事を思い出す。札のナンバーが控えられているのではないか。
それでは使えない。諦めて、金を捨て壁をすり抜けて外に出た。
そう大金が必要な訳でもないのだ、金を取るには、やはり一番身近なところが良いだろう。その日中に今度は住宅へ忍び込んだ。服の入ったバッグは屋根に置いてある。
すり抜けて内側へ入ってしまえばこちらのものだ。腕を通し窓の鍵を開け、静かに、大胆に侵入する。窓を開けたのは、帰りに金が通過する道を作る為だ。
取り敢えず見回してみて、目に付いたのはハンドバッグだった。開けてみると期待通り財布が入っていた。額は五万程。もう少し何か無いだろうか、引き出しを漁る。
すると物音がした。家人が起きたらしい。慌てて逃げるが、手にはしっかりと意識を集中させて金を握り締める。二枚程落としてしまった。構う暇も無く、文字通り窓から飛び出して、屋根まで上がって腰を下ろした。
家人の声が聞こえる。通報を、という声を聞いて、一つ大きな失敗を思い出した。素手で物に触れてしまった。
暫くすると警察がやってきた。細心の注意を払って、人に見えない姿で現場に入る。何をしているのかあまり解らなかったが、特に霧吹きを噴いている者の一人に付いていた。すると背後で声が上がる。指紋が取れた、という報告だ。報告した者も霧吹きを持っていた。場所は窓の外側だった。開ける際、片手を置いてしまった事を思い出す。
鑑定されたなら、家人のものではない結果が出てしまうかもしれない。やや混乱しつつ、消えてくれ、と願う。すると声が上がった。誰かが何事かと尋ねる。
一部の指紋が消えた。窓の外側の指紋は跡形も無く。
その怪奇現象に騒然とする中で一人気付く。意識したものは其処にある。そして其処に無い。
急いで屋根に上がり、漫画やアニメを思い出してみた。しかし腕は飛ばない。パンチが飛ぶと思ったのだが。
生きている時に切り離せなかったものは切り離せない侭らしい。便利なようであまり便利ではない体に、少々落胆した。
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