有漏路の幽鬼
■-8
体の構造が解ってきた。
強い思い込みさえあれば、どうにでもなる。ただ、変化こそするが切り離せない。生前に腕を無くす事が出来なかったのと同じだろうか。
何でもありのようだが、不便な点もある。
火を吹こうとしても出来なかった。正確には、熱い火を吹けなかった。火を起こす事は出来るのだが、温度が解らない所為か、はたまた自分に温度が無い所為か、火はいつまでも冷たく、物は燃やせなかった。
不快な思いをしたのは食事後だった。食べたものがその侭体に残っているらしい、催した時に痛みで悲鳴を上げそうになった。体を消してやれば中のものは落ちるのではと咄嗟に思ったのは正解だったが、全身消してしまって服まで落ちてしまった。何とかならないか試行錯誤した結果、その位置から飛ばさなければいいらしい、下腹部のみ消す事に成功した。
不便は工夫すれば何とかなる事もある。他には、ソーラー電池を思い出して、結果成功し、冷たいと言われた体は昼間に蓄熱している。その状態で人に触れると、温かいとさえ言われた。
物理的な面ではもしかすると最強なのかもしれない。死んでいるが。
一つ気懸かりがあり、電気店にテレビを観に行った。家に忍び込んでテレビを見に行くのは、その後が面倒になりそうだったのでやめておいた。
ニュースを映したテレビを探し、それとなく観る。
それから公園へ立ち寄り、ごみ箱に突っ込まれていた新聞を引き摺り出す。
顔を歪めるしかなかった。
窃盗事件が後を絶たない、時折起こる未解決の猟奇殺人、情報は派手に踊り狂っていた。そういえばあの後も悪戯を何回かしたか。
居心地の良さを得るならば、一箇所の都市に長い間居座る事は出来なさそうだ。
何処か別の場所へ行かなければ。思って空を見上げる。そしてすぐに気が付いた。
飛んでいってしまえばいい。
車も少なくなる深夜、荷物を持った侭集中して飛び上がる。方向は道路の街灯を目印にして、まるで飛行機のようだ。
荷物は、金や服を一から現地調達する事も面倒だったので最低限残し、あとは捨てた。
飛ぶ速度は自転車より速く、車より遅い。もう少し速くならないか。化け物染みた速さなら尚良し。不満を思い浮かべていると途端に速度が増した。背中に何か、音をさせるものが一対ある。
建物が徐々に少なくなり、また明かりが見えてくる頃には都市部へ到着していた。其処から少し離れ、マンションの陰に隠れながら降り立つ。背中を意識してみると、やはり何かある。
街灯のある方向へと歩いて、照らし出された体を振り向いてみた。よく見えない。仕方が無いので、首を本当に伸ばしてみる。
虫のような、薄羽が数枚、鞘のようなものから出ている。こんな形状は見覚えが無い。何故こんなものが、と先程を思い返して気付いた。化け物染みた速さ、という言葉通り、化け物のパーツを付けたのではないか。
一人納得していると、正面から悲鳴が一つした。首を戻してみると、若い男が一人、こちらを怯えた目で見ている。逃げ出そうとしたので、素早く腕を触手に変えて引き寄せる。
「ひ、ひ……化け物っ……」
掠れた声で男が言った。
言葉へ更に納得し、人懐こく笑ってみせた。男を地面に叩き付けて、触手を解く。男は逃げようとしたが、折られて足が動かない。
「化け物っていうのは……」
想像をして、体を創造する。
首が少し伸び、口が裂け、ずらりと牙が並び、体は大きく広がり、太い腕に鉤爪が付き、体に角が生え、背中が大きく裂けて第二の口となり、奇妙な模様の尾羽を二本なびかせ、薄羽の翼を広げて、完成した。
「こういうものをいうんですよー」
言うなり男を引っ掴み、化け物らしくその頭を齧った。何回か咀嚼してみて、食えない味ではないと思ったが、鉄臭い血が不味く、梅干しの種を出すように吐き出した。
Previous Next
Back