有漏路の幽鬼


■-9

 土地を転々とする日々を送り、どのくらい過ぎただろう。
 今日は特に口寂しくなかったので、晩は食べなかった。いつものように女を釣って淫楽に耽る。
 行為の仕方も上達してきたようだ。上がる声に良い評価が増えた。
 したいだけ女の体を貪る事の快感。偶に煩い駄々を捏ねた女もいたが、然程問題でもなかったので殺す事はしなかった。
 最後に人を殺したのはいつだったか、確か昨日、一人でいた子供の皮を剥いだ程度か。明確に殺すまではしなかったが、捨て置いたのできっと死んでいるだろう。
 楽しいだけの日々、楽しい日々とは、こんなにも心地良いものだったとは。死んでいなければまず知らなかっただろう。



 とある日、街頭の大型モニターを見た。
 外国で、大津波が発生、森林がとうとう壊滅した、など。やけに自然現象の被害が多かったが、さぞ大変だろうと他人事として見たのが最初だった。
 一ヶ月、また一ヶ月と過ぎ、気付けば一年、十年、そして忘れてしまう程時が経った。
 文明は随分進歩した。近未来の絵が、殆ど現実になった頃だ。
 相変わらず人は貪欲でか弱い。この愚かさはこれからも変わらないだろう。自身とて留まる事を知らず、淫楽に溺れて殺戮に興じる。猟奇殺人は今や語り継がれるものとなっているらしい。それだけではない、裏の界隈では、応じてやれば金をくれる奴がいるとの噂も流れていた。
 有名になるつもりはなく、事件は厄介だとしても、裏でそういった噂が流れてくれたのは結構な収穫だった。実際、誘いやすくなっている。
 今日も女を連れ込んで事に及ぶ。やはりこの快楽はやめられない。そうして行為に及んだのであるが、途中で女が突然泣き出した。
 これまでも何度かあったが、今更後悔されてもやはりどうしようもない。苦情をやんわりと告げた時、予想外の言葉が返ってきた。
「あの人に似てたから」
 何が似ていたのか知らないが。女はぽつぽつと勝手に喋り出した。
 女の恋人はジャーナリストで、地図を見せれば誰でも答えられる国に取材に行っていたという。しかし其処で死んだらしい。其処までは普通だ。問題はその死因だった。
「それ、何処と何処でしたっけ」
 泣きながら女が答える。それには礼を言って、慰めの言葉をかけて、自分で良いならば代わりと思っていいからと都合を付けてやり、行為を再開した。



 大変、では済まない。街頭の大型モニターでニュース番組を見ながら思う。
 テロリスト云々というレベルではない。この国とも関わりが深い、大国クラスの国同士が、戦争をしている。前に会った女の恋人は、その戦禍に巻き込まれたらしい。
 戦争の理由は、彼がまだ生きていた時代では考えられなかった、昔ながらのものだった。食料と領土の奪い合い。ミサイルを使っていては元も子も無いだろうと思うのだが、この時代の武器と言えばこんなものだ。
 世界は、環境破壊が進んでいる。これは解っていた事だが、まさか生きられない程に破壊されているとは思わなかった。戦争によってそれは更に加速しているという不毛な状態だ。
 何処かの国では世界復興の計画も進んでいるらしいが、戦争に邪魔されて侭ならないという。
 世界復興計画は、植物や水の復活という基本的なものだった。もう基本まで侵されている。人間が侵していた。それにも拘らず、名前は随分大層だった。
 人間は勝手に滅ぶと言われていた。自分勝手の結果がこれだ。他人事のように感じるのは、自分が死んでいるからだろうか。
 ニュースは生放送だった。
 突然スタッフが叫ぶ。スタジオの者全員だろう、キャスターも慌てて席を立ち上がり、悲鳴を上げて逃げようとした。
 そして、大きな音と、ぶれるカメラの映像に一瞬見えた、灰色。そして暗闇。
 何が起こったのか解らない。茫然と見ていると、モニターを管理している誰かがチャンネルを変えたのだろう、別のニュース番組に切り替わる。キャスターは半泣きだ。
「爆弾が投下された模様です」
 小さなこの国は、戦争をしません、と掲げていたが、それが出来たのは現在戦争をしているという大国の力があってこそだった。一方的に武器を捨てても、殺しにかかる相手は殺しに来るだけだ。それがとうとう現実になった。
 恐怖に喚く人間の中で、一人固まっていた。



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