有漏路の幽鬼


■-11

 もう、爆弾は落ちてこなくなった。
 もう、この国には何も無い。
 森も無い、林も無い、木も無い、草も無い。
 山も無い、岩も無い、青い空も無い。
 あるのは少ない。いや、多い。
 残骸。死体。瀕死。残骸。死体。瀕死。残骸。死体。死体の仲間入り。
 この国は本当に滅んだ。住めない程に。住む場所を求めて、こうして潰していく。
 その辺りがどうにも解らず屋なのは、人間だからだろう。
 宛てもなく歩く。足を傷付けるものさえ吹き飛んでしまった地面は、ふかふかと柔らかい。
 死にそうな肉の塊が、助けも言えずに呻く。その崩れた姿に何とも思わないのは、自分の死体と自分の作った死体とを見慣れている所為だろうか。
 たとえ助けてと言われても、利益も不利益も、何もいらないので立ち去る。
 疎らに呻きが聞こえる。男と女の区別は、胸でしか判断出来ないが、それが当たっているかも解らない。
 赤、白、灰、黒。色は殆ど無い。空は分厚い黒雲が覆っている。
 やがて雨が降る。何度目かの黒い雨。浴びるのは痛くも痒くも無いが、これが死の雨だ。彼にも少しずつ影響していた。
 髪が抜け、体が腐るように変色する。実体を消そうにも、痛覚が邪魔をするのか上手くいかない。
 人間では耐えられない。そうなると、もう一つしか無かった。
 化け物の姿で歩く。死の雨に耐える普通の生き物が浮かばなかった。
 いっそ暗ければ良いのに。薄明るい昼は、現実を見せるには充分な明かりだった。
 死の雨を浴び続けた結果。化け物になり続けた結果。体は、化け物へ近くなっていく。
 斜視を隠していた前髪が最初だった。黒の筈が、赤っぽく、青っぽく、闇のように光った。足の指が、爪を失って尖っていた。腕が少し伸びた。指が少し伸びた。
 成長ではない。ただの変化だ。死んでいる体に、もう成長は無い。
 体の大きさの割に軽い足音を立てて、歩く。
 どのくらい歩いただろう、駄目だと思った。止まる。
 彼は飛ぶ。もう此処には何も無い。他の国へ行ってしまおう。
 何処を目指していいか解らなかったが、とにかく真っ直ぐに飛んだ。海が見える。ひび割れた海岸の果てに、やっと見えた。黒い海だった。名前だけだと思った頃は、遠い。
 つまらない。
 自分にも幾分かの美意識はあったのだ。



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