有漏路の幽鬼


■-12

 薄暗い中を飛んで、暗い中を飛んで。
 何度目か薄暗くなった時、海が無い事に気付いた。下は壊れた町だった。他の国だろう。家は崩れているが、元の国とは形が違う。道は砂利で、アスファルトの道路は元々無いようだ。
 発展していない国だろう。思ってみるのは勝手だ。ともかく、別の地へ来たので、降りてみる事にする。
 姿を元に戻し、不可視のものになって物陰に着地する。そして、人の形を取って見える姿になった。人の形。もう人間の形が上手く作れない。
 服が無いのは仕方無い。立ち上がって道を歩く。寒くなく、第一意味が無いので、蓄熱はしていない。
 途中、へたり込んだ女が話しかけてきた。何を言っているのか解らない。言語が違う。縋ってきた手の生温かさが嫌で蹴飛ばした。大声で何か言っている。多分怒ったのだろう。物乞いか何かだったのだろうか。近付いてきたら殺そうと思っていたが、近寄ってはこなかった。
 遠くから、何か乾いた音が幾つも聞こえた。その方向に歩く。
 段々近くなってきたのを感じた瞬間、腕が勢い良く跳ねて思わず後ろに倒れた。
 激しい痛みが一点集中している。見ると、穴が空いて血が流れ出ている。痛みで起き上がれない。それでも何とか辺りを見る。
 人がいた。手には大きな銃。撃たれたのか。それが解った瞬間、苛立ちが湧き上がる。
 苛立ちの侭に姿が変わる。そして素早く腕を振るう。切り損じた野菜の輪切りの形になる。血が大量に飛ぶ。
 腕が痛い。熱い。血が止まらない。
 足音には、かなり近付いてきてやっと気付いた。同じように武器を持った、軍人の格好をした人間。何か叫んでいる。顔が引き攣っている。指を差す。
 誰かが一声上げた。すると一瞬で銃がこちらを向く。自分の顔が引き攣った事までは、解った。
「ぎゃあっああっあっああっあっ」
 たたたたた。たたたたた。たたたたた。音が鳴る度に撃ち抜かれる。
「がっああっあがあっあああっああっ」
 初めて絶叫を上げたかもしれない。信じられない声で叫んでいた。痛い、痛い、目の前が真っ赤な飛沫で覆われる。
 後ろに倒れた。口から血を吐いた。血が体中に付いている。息が苦しい。
 人が近付いてくる。逃げないと。起き上がろうと、必死に頭を上げるとその頭を撃たれた。
 ちくしょう。もうやめて。やめて。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。恨みの言葉が巡る。そして最後に辿り着いた。
 同じ目に遭ってしまえばいいのに。
 たたたたた。音がする。しかし今度は撃たれない。人が叫んでいる。そっと顔を上げる。
 自分の周りから何かが出ているようだった。早くて解らないそれは、人に当たっているらしい。人が全員びくびくと踊っている。
 たたたたた。同じ音だ。そうか、同じ目に遭っているんだ。自分の想像が、武器になっている。
 面白い。素直にそう思った。
 面白い。面白い。仕返し。面白い。
「ざまあみろお、あはははっあはははっざまあみろおっ」
 気付かなかったが、もう姿は死体に戻されていた。



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