有漏路の幽鬼


■-13

 痛い。痛い。痛い。
 もう傷は消えたが、傷のあった箇所が痛い。痛みの思い出というのだろうか。
 素直にあの廃墟の国にいたら良かったのだろうか。それも悪い。何処でも地獄だろう。
 倒れている死体を踏みにじり、足に思い込みの力を込める。頭を踏み潰す。人間の中身が飛び出て来た。気色悪いが、胸の内はすっきりとする。
 踏み続けていると、物音に気付く。機械のノイズ。後ろからだ。振り向くと、瀕死の人間が無線らしきものに何か言っていた。
 もしかして、自分を、倒せなかった敵を倒せと、報告しているのでは。不味い。急いで腕を変化させ、その喉を突き刺した。断末魔も聞かれただろう。
 不味い。不味い。焦る。思わず飛ぶ。空なら大丈夫だろう。そして次の瞬間、酷い衝撃で目の前がぐるぐると回った。
 どうする事も出来ず、感覚が掴めない侭落ちていく。叩き付けられて血が飛び散る。何処が痛いのか、全身が痛くて解らない。
 やっと定まってきた視界は、空を向いていた。
 そうか、嘘だ、これだったのか、来ないで。
 考えられたのはこれだけで、一緒に落ちてきた戦闘機に潰される。
 叫んだが、声が出ない。重み、潰れる痛み、焼けるにおい、燃える自分達。抜け出したい一心でもがく。機体が重い。パイロットが中でばらばらになって燃えている。見たくない。出られない。燃える。重い。燃える。重い。熱い。熱い。熱い。
 もう嫌だ。離して。出ない涙声で訴える。燃える。
 そして一面が炎になった。酷い音と衝撃で、爆発だと解った。
 一瞬意識が飛ぶ。気付くと、やっと機体から抜け出せたらしい、道に横たわっていた。体が重くない。いや、待て、体が重くない。体が。無い。
 意識してみると、半分欠けた頭だけが感じ取れた。
 気を抜いて元に戻りたかったが、焦りと衝撃で上手くいかない。
 体が無い事が、動けない事が、恐怖を次から次へと連れてくる。
「た……たすけて」
 誰もいないというのに。最初から。それでも口を突いて出た。
「たすけて……たすけ……たすけて……」
 流れるのは、血なのか、他のものなのか。目の前がはっきりしているので、涙ではなかった。
「いやだ……いやだ……たすけて……」
 生物も、無機物も、自分も、全て敵だった。



 気を失ったらしい、目覚めると夜だった。体は、痛みの記憶で苦しい。元には戻ったが、受けたものは消えない。
 沈んでいた燃える記憶が、段々鮮明になってくる。嫌だ、思い出したくない。
 体はもう痛まない。だが記憶で今も燃えている。記憶でばらばらになっている。記憶で痛みにもがいている。
 疲れた。もうやめて。止まって。
 自分は、彼を裏切って、休息など与えてくれなかった。



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