有漏路の幽鬼


■-14

 掠れた意識が、痛みの中で言った。
 渇いた。
 そういえば、物を食べたのはいつだろう。腹は空いていないが、口が渇いて仕方無い。
 何とか体を起こす。夜はまだ明けていない。
 よろめきながら歩く。痛みの記憶は、やがて渇きに押し流された。
 食べたい。飲みたい。渇いた。
 唾も出ない。渇いて痛い。目の前が霞みがかる。
 どれくらい歩いただろう。廃墟の町に辿り着く。戻ってきたのかもしれない。
 あちこちで何かが燃えていた。炎の記憶は、浮かぶ力も無いようだ。
 食べ物が欲しい。飲み物が欲しい。
 途中で足が折れて倒れる。砂埃のにおい。においに釣られて、砂を口に入れてみた。苦いような味でも有り難かった。意味も無く噛んでみる。歯応えがある。それが嬉しかった。だが、渇いている。
「ひっ……」
 音が声だと解った時、意識が覚醒した。起き上がり、その方向を見る。大きな瓦礫がある。
 一歩を振り絞るように歩いた。そして瓦礫の裏を見る。
 女がいた。怯えた顔で見ている。
 何だ、人か。生き物か。生き物、ならば。
 食べられる。
 思うが否やの行動だった。口を裂き、女の頭を丸齧りした。血の味。水分。肉。食べられる。思う存分に咀嚼する。渇いた口が潤う。
 呑み込んで、幸福を感じる。食べるとはこれ程嬉しいものだったのだ。
 唾が溢れてきた。食欲がある提案をする。女を引き摺る。炎のあるところまで行くと、まずは腕を千切って炙ってみた。肉の焼ける香り。待てずに途中でかぶり付く。溢れる肉汁。香ばしい味。
 美味しい。
 夢中で食べる。内臓の味。苦いが、それが懐かしくて嬉しくて食べた。臭みも、新鮮なものに思えた。
 ある程度食べたところで、はたと気付く。ああ、これは人間だ。女だ。
 渇きが癒されて安心したのか。
 残った下半身を、思う存分弄ぶ。心地良い、柔らかい、呻きが零れる、気持ちがいい。
 充分堪能してから、それも炎で焼いて食べた。自分のものも気にしなかった。
 食べ終わり、満たされた喜びに脱力して倒れる。この侭眠りたい。
 遠い過去にも無かった充足感に、罪など感じない。
 もうどうでもいいのだ。何を食べたのか、などは。



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