有漏路の幽鬼


■-15

 目覚めは心地良かった。あの場に倒れて眠っただけだったが、久し振りに安らげた。
 起きて、歩くしかなかった。空はもう飛びたくない。
 廃墟を歩く。偶に声が聞こえたが、取り敢えずは食べなくても良かった。
 歩いて、歩いて、歩いて、また聞こえた声に耳を疑った。
「くそっ、どうなってんだ」
 間違い無く自分のいた国の言葉だ。嬉しくなって駆け出す。
 瓦礫の裏、武装した男がいた。顔立ちの特徴も懐かしい。
「其処の貴方!」
 声をかけてみる。相手が驚いてこちらを見た。その顔が警戒心を剥き出しにする。無理も無い、戦場に無傷で、体のおかしい、裸の人間がいたら誰でも驚くだろう。
「何だお前っ」
 それには答えず、様々な言葉をぶつけた。
「今はいつですかっ此処は何処ですかっ貴方は誰ですかっこの戦争は何ですかっ再生計画はどうなったんですかっロケットは飛んだんですかっ」
「黙れ見付かるっ、此処から離れるぞ」
 返事、ではないのだが、意味の解る言葉が返った事に感動する。男はそんな自分の腕を取って引っ張った。温かい手。驚いた顔が見えたが、男はその侭自分を離れた場所へ連れていった。



「落ち着け」
 男から、まず言われた。廃屋の一つに隠れて、男は答えをくれた。
 此処は、元いた国から西へ行った、昔から紛争の多い国だった。今は、戦争が始まってから十年程。日付を確認するものがあまり無い為、約十年としか答えられないのだという。
 男は偶々此処へ派遣されていたという。詳しくは話してくれなかったが、それだけで充分だった。
 再生計画については溜め息をつかれた。
「国ごと無くなったんだとさ。馬鹿が吹っ飛ばしたんだよ」
 ではロケットは、他の星へ行くというものは。問うと男は呆れた様子だった。
「ロケットは飛んだ、けど後はさっぱりだ。死んだかもな」
「そう……ですか……」
 憂鬱になり、言葉がこれだけしか出ない。男はどう思ったのだろう、口を開いた。
「戦争も、何の為に何処と戦ってるかもう解らねえよ。生きるので精一杯だ。その上、化け物まで出たって噂だ」
「化け物?」
 言ってから、思い当たる。男が続ける。
「殺しても死なない、でかい化け物がいるってな。敵味方、そいつが人類の敵だっていうのだけは一致した」
 お前も気を付けろとの言葉に、多大な恐怖が乗る。
 この男にも殺される。ならば先手を打つか。いや、貴重な情報源だ。そして話が出来る人間だ。
 今はただ返事をした。



 同じ国の者に会う事はもう無いと思っていた。そう言ったので男も嬉しかったのだろうか、拠点にしているこの廃屋に匿ってくれた。
 この体を、男は奇形とでも思ったのだろうか、特別何も言われなかった。それはそれで助かる。血色の悪さが体調不良と思われたなら尚良い。
 素性は気にならなかったのだろうかと疑問に思ったが、素性など意味が無いのかもしれない。密告する程の情報の、数も意味も無い世界になったのだろうか。
 男の側に来てから、気持ちが妙に高揚しているのを感じる。人恋しかったのだろうか。しかし死んでから人で遊ぶようになった事を思い出し、恋しいのは人ではなく遊具だと気付く。
 国を出る時湧いた、つまらないという心も、根底はそれなのだろう。



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