有漏路の幽鬼


■-19

 本当の死の雨がやんだ。太陽が解らず、どれ程の時間降っていたかは解らない。とても長い時間だった。
 何の音もしない。何も動かない。
 何処を見ても、赤黒い地面、澱んだ空気、黄ばんだ灰色の空、これだけだ。
 本当に何も無くなったのか。一気に不安になる。空を飛んだ。何処までも飛んだ。しかし見えるものは他に無かった。力無く着地する。
 ぽつりと一人、生きもしない侭に此処にいる。
「あ……」
 声、音を出すのも自分だけだ。
 静寂が身を刺すように苦しめる。それに耐えきれない。座り込んで頭を抱える。
「あああああっああああーっあああっああああーっあああああああっ」
 ひたすらに喚いた。喉が潰れそうな程叫んだ。その声は誰も聞いてくれない、聞く者がいない。
 いない。ひとりきりだ。この侭ひとりきりで、一体何をすれば良いのだろう。
 喚き声が、何故か遠くなる。遠くへ行って消えるだけの声が、虚しさを痛感させる。
「ああぁ……ううう……うう……」
 風も無く、何も感じない。この空間にいるという実感が無い。音もせず、静けさから来る耳鳴りで耳が痛くなってきた。座り込んだ地面にあまり手応えが無い所為か、体が次第に何らかの刺激を求めて疼く。
「うーっ、うううーっ」
 頭に爪を立てる。痛い。これが感覚だ。だが足りない。どんなに引っ掻き、抉っても足りない。
「あああっ、ちくしょうっああああっ」
 頭から、だらだらと流れるものに満足しない。そしてまた喚いた。
「撃てぇぇぇっ」
 瞬間、たたたたた、と銃声がする。体が衝撃に踊り狂い、痛みと血が彼を襲った。
「あぎっ、あっひいいっいっうげえっ、いひひひっあははぁははぎっがああっ」
 血を吐きながら笑った。血の味。血のにおい。傷の痛み。此処にいる証拠。
 やがて集中出来ずに幻の銃が止まる。どうして、もっと、もっと、感覚を、此処に居るという感覚を。手も伸ばせずに願う。
 体は歪になったが、そんな傷付いた後の痛みなど頼りなさすぎた。
 嫌だ、嫌だ、この耐え難い疼きに自己を保てなくなる。感覚が無いと、自分が解らなくなる。
「いぎゃあああっひいいいっぎあああああっあああがあああっああああ……ひぅぅぅぅっ、あえああああっううぐうううっううあああっあああああ……ひううぅぅぅっ、うあああああっあああっうああああっ」
 何度も呼吸を挟んで叫ぶ。いっそ狂えたら。もう狂っているかもしれないが。



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