有漏路の幽鬼


■-20

 目が覚め、気絶していた事に気付く。
 相変わらず、と表現出来る程慣れていないが、周囲は何も無い。平らな赤黒い大地、灰色の空、澱んだ空気。
 座り込み、ぼんやりと景色を見る。何も無い、何も無い、何も無い。気が遠くなる程にそれを思う。
 こんな事になるのであれば、もっと様々なものを記憶しておくのだった。本、映像、音楽、ゲーム。まだある。失ってしまって貴重さが解ると言うが、真の意味を知ったような気分だった。貴重なのは無いからであって、知る事は飢えを呼ぶ。ただそれだけの事だ。
 ふと、視界の隅に黒い染みを見た。目がおかしくなったのかと思う。
 黒い染みはたちまち広がり、人間一人収まる大きさになった。遠くに見える。遠近感のある視力障害か、普通なのかそうでないかはもう解らない。
 すると染みから、何かが飛び出してきた。色。形。他のもの。茫然としていた意識が叩き起こされた。
 立ち上がろうとして転ぶ。焦燥感の侭に立ち上がり、出てきたものに走り寄る。
 出てきたものは、ファンタジーにいたような、筋肉隆々ではない小鬼と、爬虫類を組み合わせたような、頭の大きい生き物だった。恐らく生き物だ。
 走り続ける。かなり遠い。出てきたものはじたばたともがいている。走り寄る間にその動きが弱くなっていく。
 まさか、この世界に適応出来ていないのか。死んでしまうのか。嫌だ、ひとりきりは嫌だ。
 辿り着いた時には、もう動かなくなっていた。
「そんな」
 零れた言葉が虚しく消える。生き物を触ってみる。温かい、生き物の温もりがある。
 気付くと、生き物を抱いていた。温もりが嬉しい。臭いにおいがしたが、それすら貴重で、頬を擦り付けた。そして涙が溢れる。
 黒い染みは気付かない内に消えていた。代わりに、地面にぽつりと点が出来た。生き物に落ちると、煙を上げる。
「や、やめて」
 空を仰ぎ言葉を発した口に一滴、そして一気に降り注ぐ。激痛と体の崩壊が起こる。しかし今回はそれに構わなかった。
「やめて!」
 腕と共に、腕の中の生き物が溶けていく。血は赤だった。
「やめてええっ消さないでええっ消さないで消さないで消さないでっげざないでええええ!」
 歯をぼとぼとと落としながら、悲鳴を上げた。生き物がどろどろと溶けていく。水のようになったそれを庇おうとしたが、体が無かった。
「いやだああああひとりはいやだあああっいやだあああああああっわあああっうわあああああああっ」
 体が溶け、水になっていく。眼球も無いが見える水溜まりで、わんわんと大声で喚いた。



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