有漏路の幽鬼


■-21

 横たわり、過ごした時間を思う。時間を遅く感じる。災害で閉じ込められた時、三十分を何時間にも感じるという事をちらりと思い出す。それと同じだ。違うのは、助けなど来ない、いないという事だ。
 雨は偶に降る。気が緩んでいる所為か、姿は実体の無い死体の侭なので、溶かされる事は無い。
 何処かで、またあの染みが現れ、迷い込んだ生き物が死に、雨に溶かされているのだろうか。
 苦しみも遠い。
 あとどれくらい自分は此処にいなければいけないのだろう。
 今を考える事は、何も無くてもう無理だ。過去を思う。
 あの頃は楽しかった。何でも出来た。何でも手に入った。何でも感じられた。
 そうして考える内に、一つ思い出す。自分の能力、思い込みで何でも出来る事。自己暗示の力。
 もう、眠ってしまおう。
 ひとりきり起きている理由が無い。ひとりならば、もう眠ったほうがましだろう。
 眠れ。ひとりきり、眠ってしまえ。
 そうして、羊を数えるように、暗示をかけた。



 一瞬の内に意識が覚醒する。何故、という答えは目の前の光景がくれた。
 何かが動いている。一つではない。あちこちに動くものがいる。
 どれ程経ったのだろう。
 この世界にひとり、ではなくなったのだ。
 大地と空は相変わらずの色だが、生き物が生まれてくれたのだ。
 歓喜した。その歓喜は、破壊衝動によく似ていた。体を化け物に変え、目の前にいた肉の塊のような生き物を殴り飛ばした。生き物達が反応してこちらを見る。
「ふふ、うふふふっ、あははぁははははぁぁ」
 嬉しくて笑いが止まらない。生き物の温かさを持っていた。新鮮な体液を啜ってみると、酸味のある血の味がした。喉が潤う。
 生き物達が逃げ出す。その足を幻の弾丸が撃ち抜き、または吹き飛ばし、転がる体に襲いかかった。
 薙ぎ払う感覚、触れる感覚。食べる感覚、呑み込む感覚。追いかける感覚、動きを考える感覚。忘れていたもの、失ったものが次々に味わえる。
 生き物達は、鳴き声にしては言葉の多い声を上げている。複雑な会話をする知恵があるのかもしれない。そう思うと余計に興奮した。駆け引きの出来る相手など望むところだ。
 声が聞こえる事の、何と心地良い事だろう。怒号でも悲鳴でも構わない。
 暫くは感覚に酔い痴れていたが、はたと気付く。全滅させても勿体無い。
「今日はこれくらいで終わりにしますね!」
 瀕死であろう生き物達に笑いかけて、空へと飛ぶ。その姿を生き物達が喚きつつ見ている。空を飛ぶ生き物はいないのかな、彼は思いつつ、新たなおもちゃを探しに空を駆けた。



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