有漏路の幽鬼


■-23

 化け物が生まれたのは、信じがたい数字分年月を遡る出来事らしい。この数字もどうやって計算したのだろうか、コンピューターでも追い付けまい。尤も正しい桁の名前は解らないし、知る限り大きな数字を更にそんな数字で自乗するもので、正しい数値さえ解らなかったが。それ程に途方も無かった。
 あれからずっと、化け物に寄り添っていた。大きな瞳は恐ろしくも何とも無い。綺麗な紫色をしているだけだ。
「貴方が生まれた時、何かいました?」
「いなかった……このほしには、だれも……」
「星に?」
 どういう事なのか。化け物は地に根付いているのだ、動けもせず見える範囲も限られている筈だ。
「わたしは、このほしすべてに、ねづいている……、わたしのねは、そのばしょを、わかることが、できるから……」
 地面に走っていた盛り上がりの正体、化け物の根は星全域を把握出来るらしい。ただの盛り上がりにしか見えなかったのだが。
「じゃあ……俺の事、解ったんですか」
「わかった……、あなたは、とつぜん、そこにあらわれた……、そしてここへ、むかってきた……」
 突然現れたという事は、眠っている間、実体化していない間は認識されていなかったという事か。
「びっくりさせちゃいましたね」
 笑いかけると、化け物は尻尾を振った。嬉しいのだろうか。この行動は化け物自らの習性か、彼の知識に合わせてか。
「でも俺もちょっとびっくりしましたよ。情報を取る時は、一言あったほうがいいかもですね」
 冗談めいて告げると、化け物が目を伏せて尾を振った。愛嬌があって微笑ましい。初めての気分だ。
 化け物の口元を撫でてやりながら、元の話を考える。
「どうして、貴方一人が生まれたんでしょうね」
「わたしが、このほしの、いしずえだから」
 撫でる手が止まる。
「わたしがいて、このほしが、いきて……、せいめいが、いきられる……。せいめいは、それをわかって、わたしにちかづかない……、なにもしない……」
「貴方は」
 暗い怒りの声だった。
「その為だけに生み出されて、その為だけに生きてるんですか、何ですかそれ!」
 苛立つ。勝手な、勝手な事を。足元を、根付く地上を見詰める。
「胸糞悪いですよ、それじゃこの星への生贄じゃないですか、貴方一人がどうして、そんな事しなきゃ、そんな目に遭わなきゃいけないんですか!」
 振り仰いだ時に見えたのは、大粒の涙だった。思わず萎縮する。
「どうしたんですか……」
「ごめんなさい……」
「どうして、悪くないですよ」
「いやなことを、おもいださせて……」
 その言葉に胸の詰まる感覚がした。
 利用されるだけ利用されて捨てられた自分。利用されるだけ利用されて生かされている化け物。二つが重なる。
「……いいですよ、俺の事は」
 それだけ言うのが精一杯だったのだが、化け物の涙を止める事は出来なかった。
「ごめんなさい……」
 耐えきれずに化け物へ縋り付いた。この温かい、か弱いものを利用してまで生きようとする星。星にはもう、愚かな人間が染み込んでしまったのだろう。
「違う……違う、違うんです、貴方はこれっぽっちも悪くないんですよ……」
 だから泣くな、その言葉までは行けなかった。化け物の涙が温かく優しすぎたからだ。それを心地良く感じてしまった自分も、同罪なのだろう。
「違うんです……」
 冷たい体を、化け物はそっと触手で包んで温めてくれた。どうしてこんなにも惨めにしかなれないのだろうか。



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