オトモさんとハンターくん
■-2
温泉の水面に小さな泡が弾け、唐突に勢いを増し、やがて水面が勢い良く破られた。
「ぶはぁっ!」
遂に息が苦しくなり潜水をやめたが、目元を拭って傍らを見ると対戦相手はまだ潜水中だった。不安を覚える程待ってから漸く水面に出てくる。
「ぷはぁ! ……旦那さん、早いニャよ」
「うーん……。こつとか無いんでしょうか」
「そうニャね、息を目一杯吸いすぎると却って苦しいニャよ」
ミスレアの言葉へ、アシュナは感嘆の声を出して少年のように目を輝かせた。
新人ハンターのアシュナと共に暮らすようになり、一ヶ月近くが過ぎた。
ミスレアが呆れる程に穏やかな性格であり、最初こそ採取程度しか出来ないのではないかと思われたが、ひとたび太刀を握れば果敢に立ち向かう姿も見せる。初めて見た時は驚いたものだった。
まだ失敗は多いが、その中で少しずつ学び、成長していく姿は努力が見える点で、嬉しく思うと同時にミスレア自身も挑戦心を掻き立てられる。このような気分は今までに無かったかもしれない。
湯上がりにドリンクを一飲みし、清々しい気分で集会所を出る。
帰り道の石段を下りる途中、丁度一人のハンターらしき者とすれ違う時だった。突如大きな衝撃音が遠くから響き、その中には明らかに何者かの咆哮のような音が混ざっている。
雷にも似た音に二人で驚き、音の方角を見ると微かに青白い光を目にした。
「何でしょう、あれ……」
アシュナが不安げに呟くと、すぐ側から意外そうな声が聞こえる。
「君、知らないのか? ハンターの間では持ちきりだよ」
すれ違う寸前だった者はやはり同じハンターらしい。
「済みません、まだ新人で知らない事が沢山なんです。もし良かったら、その話を教えてくれませんか?」
丁寧な頼みにハンターは一つ頷いて口を開いた。
「あれは新たに発見されたモンスターのものらしい。まだ影程度しか目撃情報も無いが、かなり危険度が高いとすら言われている。何処に出没するか解らない以上、君も充分注意するといい」
「はい。有り難うございます」
アシュナの一礼へハンターは会釈を返し、再び歩き出す。
「そんなのがいるのニャ……」
呟きに目を遣ると、いつの間にかミスレアが服の端を掴んでいた。不安を隠せなかったミスレアの手を軽く撫でて目を遠くへ戻してみるが、暗闇があるだけで何も見えなかった。
小型の武器が巨大な猪の脳天へ当たり、衝撃に仰け反る。
「今ニャ!」
身軽に空中で体勢を整えて距離を取るミスレアの声に応え、アシュナが身を捻り大きく踏み込む。振り回された太刀が深々と標的を斬り、鼻息荒く興奮していた猪は遂に倒れ伏した。一帯を荒らしていたブルファンゴの討伐クエストはこれで完了だ。夜も更け、戦いも終わった場には静けさが漂っている。
安堵の息をつきながら、クエスト受注前にユクモ村の村長から告げられた事を思い出した。此処渓流に住まう獣達が最近妙に何かを警戒しており、今回のブルファンゴの暴走もそれが原因であると予想されている。元凶は正体不明であり、手練れのハンターですら厳重に警戒する程だった。
ブルファンゴから武具などの素材となる体の部位を剥ぎ取り、帰還しようと一歩を踏み出した直後、空気を震わせる轟音が響く。先日見た光と共に聞こえた、落雷と咆哮の音だ。
「ミスレアさん」
アシュナの小声にミスレアは頷くしか出来ない。
一気に森の空気が張り詰める。通達によれば、緊急事態に陥った場合は速やかに撤退すべしとまで言われていた。
「見付からないように帰ったほうがいいニャ……」
悔しさはあるが、ミスレアもアシュナもまだ弱い。無謀に挑んでは命を落とすだけだ。その全てを理解し、アシュナはそれに同意する。
出来るだけ音を立てないよう、速やかに森を立ち去ろうと歩を進め、森の出口に差しかかる。
瞬間、横から目の前に現れた巨大な質量に、思わず足が止まる。青白い燐光を纏ったその質量は、鋭い双眸でこちらを見るや否や、大音量の咆哮を上げた。二人して咄嗟に耳を塞いだが、身を動かせない程の苦痛が走る。
咆哮がやんでから必死に正面を見ると、もう余裕が無い事に気付いて力の限り横に跳んだ。青い影は跳躍し、一回転して二人がいた場所へ尾を強烈に叩き付ける。
二人は素早く起き上がり、全速力で出口へ駆け出した。すると背後から遠吠えが聞こえ、青い影から大量の青白い光が放たれる。
「うわっ!」
目の前に落ちた光の衝撃は凄まじく、それだけでアシュナを吹き飛ばす。転がった体を起こそうとして、痺れて力が入らない事に気付いた。
其処に影が巨体に反して素早く跳びかかり、勢い付いた重量にのしかかられてアシュナから潰れた声が漏れる。
抜け出さなければともがいていると、影の頭部から声が聞こえた。
「離せニャ! 離せったらニャ!」
頭に取り付いてミスレアが武器を振り回し殴り続けていたが、頭を勢い良く振られて落とされる。かなりの速度で遠くまで飛んだが辛うじて着地し、確かにアシュナからは離れた影を見たが、同時にミスレアを敵視する鋭い眼光も目にした。その尾が勢い良く薙ぎ払われると光弾が生まれ、ミスレアへ向かってくる。
「ニャ!?」
思わぬ攻撃を咄嗟に横へ跳んで回避したが、着地の際に体勢を崩してミスレアは大いに転んだ。其処に第二の光弾が飛ぶ。
最早頭を庇いつつ目を瞑る事しか出来ず、ミスレアはしたくもない覚悟をするしかなかった。
来る筈の衝撃が無い。衝撃を感じるまでもなかったかと思い、揺れを感じてそうではないと理解した。
固く閉じていた目を開けてみると、自身を抱える腕が見える。
「だ……旦那さん」
呟きにも応えず、アシュナはひたすら走る。草を踏み締め、坂を越え、そうしてユクモ村の入り口へと辿り着いてから漸く止まった。
ミスレアを丁寧に下ろし、姿を確認するアシュナの顔は逆光で見えない。
「無事で、良かった……」
弱々しく呟き、次には前のめりに倒れる。
「旦那さ――ニャッ!」
思わず悲鳴を上げた。地に伏したアシュナの背中には大きく焼けた傷がある。
「ニャ、ニャ、誰か! 誰か助けてニャアアー!」
ミスレアの叫び声に起き出した村の者が集まってくる。騒然となり、動転したミスレアは光景を立ち尽くして見遣るしか出来なかった。
その中に紛れて一人が呟く。オトモアイルーだった。
「流石ミスレアニャ」
喉が締め付けられたように苦しくなり、自宅へ担ぎ込まれるアシュナを逃げるように追った。
これ程までならいにしえの秘薬を、集まったハンター達から提案が飛び、早速治療が施される。ミスレアは隅でその様子を見詰めているしか出来なかった。
「……うん、これで大丈夫そうだな。オトモの君、旦那さんは助かるぞ」
「ニャ……、ニャ、有り難うございましたニャ……」
言葉にすぐ反応出来なかったのを恐怖に動揺していると見られたのか、ハンターは心配そうにミスレアを見る。
「しかし、一体何に襲われたらこんな事に……君も見たんだろう?」
「あ、青くて、大きくて、えっと、えっと……」
明らかに震えているミスレアの声にハンターはかぶりを振った。
「いや、今話せと言うのは酷だな。旦那さんと君が落ち着いたらでいい。君もゆっくり休めよ」
治療を終えてハンター達が去った室内は、不気味な程に静まり返る。
うつ伏せに寝かされているアシュナの表情はまだ苦しげで、呼吸もやや浅い。
心配の中で、そもそもこの状況を作り出したのは、考える身を一気に寒気が駆け上がった。
「ボクは……やっぱり……」
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