ロミオとジュリエットの悲劇


 


 助手の男の怪我はスタンド攻撃によるものだったと仗助は後日承太郎から聞かされた。
 杜王グランドホテルの柔らかいソファに腰を沈めた仗助は承太郎が淹れてくれたコーヒーに手を伸ばす。
「それであの人はスタンドについて知ったんスね」
「ああ。黙っているよりも彼には話した方が良いと判断した」
「ふーん」
 仗助はカップを傾けて口へとコーヒーを流し込む。ミルクと砂糖でまろやかになった苦味が喉を通り抜ける。
 さてと。
 カップを置くと仗助は本題に入ることにした。
「ところで、承太郎さんってヒトデの研究の為に来たんスよね」
「そうだ」
「海って広いっスよねー。手伝いがいた方がいいじゃないスか? 元気な高校生とか」
「何が言いたい」
 にんまりと仗助は笑った。
「この仗助くんを雇いません? 承太郎さん」
 今は夏休み真っ只中。にも関わらず仗助の懐は寂しかった。これはまずいと始めたバイトも客に髪をけなされて暴れたせいでクビになったばかりだった。やっと採用された職場だったというのに。
「承太郎さん。頼みます」
 仗助は手を合わせる。また一からバイト探しなど冗談じゃない。
「わかった」
「そこをなんとかって――え?」
 あっさりと了承した承太郎に仗助は驚いた。
「いいんスか」
「お前たちに頼みたい事がある」
 承太郎は射抜くように仗助を見て言った。

◇◆◇◆◇

 数日後、仗助たちは船の上で海に揺られていた。
「おい、仗助見てみろよ。」
 億泰が遠くを指差す。
「港があんな小せえ」
「そうだな」
 はしゃぐ億泰に頷く。仗助たちを乗せた小型船は太陽の下ぐんぐんと進んでいく。
「ところで今日は何をするんスか」
「海水の水質調査だ」
 同じく甲板に立っていた承太郎が応える。
「これを海に沈めて計測する」
 大きな筒状の装置を承太郎は見せる。
「へぇー」
 興味深そうに装置の周辺を歩く康一に承太郎は話しかける。
「すまないが、エコーズで周囲の様子を見てもらえないだろうか。近くに海洋生物がいたらそいつらの観察もしたい」
「わかりました」
 真面目な面持ちで康一が頷く。
「あのーオレたちは」
「君たちはこれ」
 生き生きとした笑顔をした助手の男が釣竿を持ち上げる。
「釣りっスか?」
「そうだ」
 怪訝とする仗助たちに承太郎は頷いた。
「大物を釣り上げてくれよ。期待してるぜ、叔父さん」

「ぼ、ぼ、ボヨヨン岬」
 釣り針を海に垂らして一時間後。釣り上げた魚はゼロ。初めは何だか言って真面目にやっていた仗助たちだったが、反応のない釣竿に飽きた二人は杜王町名所しりとりをしていた。
 ひたすら続く青い空。白い雲。青い海。いくら清々しい景色だと言ってもこうも変わらないと感動も何も感じなくなっていく。
「億泰。お前の番だぜ」
 あくびをひとつして仗助は横を向いた。
「おい、億泰」
 億泰は眠っていた。釣竿を握ったまま目をつむり、身体はゆらゆらと頼りなく揺れている。
「マジかよ」
 気持ちよさそうな顔しやがって。
 仗助の中で悪魔が囁く。自分も寝てしまおうか。
 幸い承太郎も康一もこの場にはいない。少しくらいならどうせバレない。仗助は大きく伸びをした。
「大物は釣れたかい」
 まるで見計らっていたかのようなタイミングで声がして、仗助は身体を強張らせた。承太郎の助手だ。
「高校生には退屈だったかな?」
 彼は仗助の隣に来ると億泰を見てクスっと笑い、手に持っていた缶ジュースを仗助に手渡す。
「はい、差し入れ」
「あ、ありがとうございます」
 クーラーボックスに入れられていたそれは冷たくて心地よい。プルトップに指をかけるとプシッと空気の抜ける音がした。
「億泰くんは後での方が良いかな」
「どうせすぐに起きますよ」
 仗助はジュースに口をつける。渇いた身体に水分が行き渡っていく。
「ごめんね。手伝ってもらって」
「夏休みで暇っスから。お小遣いももらえますし」
 それに承太郎の頼みなら断れねーっス。仗助がそう言うと彼は「そうなんだ」と視線を海へとやった。
「僕の怪我の原因は聞いた?」
「スタンド使いに攻撃されたんスよね」
「そう。こんな風に海が穏やかだった日だったよ」
 あの日、僕と空条先生は砂浜を歩いていたんだ。遠い目をして彼はそう語りだした。
「採取の帰りだったんだ。僕は大きなバケツを持ってね」
 承太郎の後ろを歩いていた助手の男はバケツの中のヒトデたちの眺めていた。水の中で揺られて折り重なっている星々。「少しの辛抱だから」そう囁いて笑いかけた瞬間、左手に激痛が走った。
 体験した事のない。骨が捻れて折れていくような。その痛みを思い出したのか、彼は顔をしかめた。
 光線を発して皮膚も血管も傷付けず、骨のみを破壊するスタンド攻撃。仗助は脳裏に承太郎の言葉が蘇る。以前、承太郎と共に狩りに行った時に遭遇した虫喰いに似た機械のようなスタンドだったと聞いている。
「それからはよくわからない。空条先生が僕を振り返ったと思ったら、男が吹っ飛んでいった。多分だけどあれをしたのは」
「承太郎さんのスタープラチナっスね」
「そうなんだろうね。僕には何も見えなかったけど」
 でも、先生が助けてくれたって事はわかったよ。彼はそう言って太陽を見上げた。眩しそうに目を細める。
「スタンドの事はSPW財団の病院で手当てされている時に教えてもらったよ」
「そうっスか」
 仗助は考える。普通だったら承太郎は絶対に一般人にスタンドの存在を教えたりはしない。それだけこの人を信頼しているのだろうか。
「先生なりの誠意だったんだと思う」
「誠意?」
 仗助の問いには答えず彼はふふっと笑った。居心地の悪さをおぼえて仗助は話題を変える。
「犯人は何で攻撃してきたんスか?」
「彼も不運だったんだ。能力に目覚めたばかりでチカラが暴走してしまっただけで。そこにたまたま僕たちがいた」
 スタンド使いとスタンド使いは引かれ合う。承太郎が故意に狙われたわけではないと知って仗助は密かに安堵した。
「仗助くんはさ、空条先生と一緒に戦った事ってあるのかい?」
 仗助は頷いた。承太郎と出会い、共に戦ってこの杜王町を守った記憶が頭を駆け巡る。
「承太郎さんといると誇り高い気分になるんス」
「わかるよ」
 彼は言った。
――僕も昔はそうだった。
 その言葉に仗助は違和感を覚える。その理由を理解する前に彼の口が動いた。
「頼りになるスタンド。血の繋がり。それがあれば僕も」
 彼は仗助に向き直った。その茶色の瞳が映し出す感情に仗助は小さく息を飲む。
「君が羨ましいよ」
 とっても。憎らしいくらいにね。
 そう言った彼の表情に仗助は言葉を失う。
「それは」
「うわわあああああああ、じょ、じょ、仗助ぇ」
 言いかけた台詞は億泰の雄叫びに掻き消された。
「どうしたっ」
 仗助は振り返る。
 見れば億泰の握っている釣竿が何かに引っ張られるように動いている。
「よし、億泰。そのまま釣り上げろ。逃すんじゃねーぞ」
「この億泰に任せとけ」
「億泰くん、どうしたの?」
 叫び声を聞いた康一が心配そうな顔してやってきた。その後ろには承太郎の姿もあった。
 仗助は横目で助手の男をうかがう。
 この喧騒の中、彼だけは見つめていた。承太郎ただひとりを。目に焼き付けるかのように。
 仗助は目を逸らした。
「億泰、オレも手伝うぜ」
 混乱する思考に蓋をして足元に転がる大きな網を掴んだ。

◇◆◇◆◇

 カップの中でミルクとコーヒーが渦巻く。注文したカプチーノを目の前に仗助はため息をついた。昼下がりのカフェ・ドゥ・マゴは満席だ。オープンテラスの席から仗助は忙しそうに動き回るウェイトレスたちの姿を眺める。人々のざわめきが重なりさざなみとなって、仗助の記憶を揺り動かす。
 羨ましい。と言った男の顔が浮かぶ。鋭く自分を見た彼の目。言葉よりも雄弁に感情を伝えていた。
 どうして。そこまで。
 スタンドが欲しい気持ちは理解できる。超能力や魔法のような力に見えるだろうから。
 だが。
 仗助は首の付け根を抑える。星のアザ。承太郎も持つ血筋の証明。
 そりゃ、と仗助は思う。承太郎は強いし、賢いし、おまけに見た目も良い。親戚にいたら嬉しいだろう。自慢になるだろう。
 だけど、それは望んでも仕方がないことだ。あんな真剣な顔して言うことじゃない。
 彼に対する違和感がどんどん膨らんでいく。同時に仗助の本能が囁くのだ。この件に首を突っ込むのは止めておいた方がいい。
「おーい、仗助くん」
 康一が手を振って歩いてくる。その隣には長い髪をたなびかせた由香子がいた。
「なんだ、康一。デートかぁ?」
 頬杖をついたまま笑いかければ康一は顔を赤くした。
「うん、まぁ、そうかな」
「これから図書館へ行って二人で宿題をするの」
 だから、邪魔しないで。と言いたげにツンとして由香子は言った。
「へえ」
「仗助くんは何をしてるんだい?」
「オレは、優雅なティータイムってとこ」
「ふうん」
 康一の丸い目がじっと仗助の顔を見た。
「な、なんだよ」
「気のせいだったらいいんだけどさ」
 そう前置きして康一は続けた。
「何か悩んでる?」
「え?」
「仗助くん、元気がないように感じるんだ」
 バカ、そんなわけないだろう。とそう笑い飛ばせば良かったのかもしれない。仗助は康一よーとため息まじりに呼びかけた。
「血が、繋がっていれば良いのにって思う奴いる?」
「血? 兄弟だったらいいなってこと?」
「いや、そういうわけじゃ。そういうことなのか?」
 そうだとしたらわかる気がする。もし承太郎さんと兄弟だったらと仗助は妄想する。
 ひとつの屋根の下で暮らして、一緒にゲームしたりなんかして。勉強だって教えてもらえる。想像しただけで顔がニヤけそうだ。
 もしかして助手の男は承太郎と仗助の関係を勘違いしているのかもしれない。小さい頃から知り合いで兄弟みたいに仲が良いと。
「健気な子ね」
 納得しかけたところで今まで黙っていた由香子が口を開いた。
「由香子さん?」
「それ、女の子に言われたんじゃないの?」
 彼女は髪をかき上げた。
「想いが叶わないのなら、せめて傍にいたいって意味よ」
「いやそれは」
「わたしだって、康一くんのお姉さんが羨ましくなる事もあるの」
「由花子さん」
「康一くん」
 二人の間に花びらが舞ったように見えた。蚊帳の外の仗助は呟く。
「わりーけど、ありえねーなー」
「そう」
 彼女はあっさりそう言うと時計を見た。
「康一くん、そろそろ」
「ごめん、もう行かなくちゃ。そうだ、仗助くんも一緒に」
「あのなー、そこまで野暮じゃないぜ」
 仗助の言葉に康一は顔を赤くする。
「じゃあまた」
 そう言って康一たちは去って行った。寄り添う二つの背中を見送りながら仗助はカップに口をつけた。

「相席をお願いしてもよろしいでしょうか」
 ちびちびとカプチーノを飲んでいた仗助はウェイターに声をかけられた。康一と別れて既に十数分経った頃だった。
「いいっスよ」
 仗助は気軽に応えた。ウェイターは一礼するとひとりの客を連れて来た。
「あ、」
「やあ」
 助手の男は仗助の見て片手を上げた。肩にかけられたトートバッグからはたくさんの本が見えている。
「お邪魔するよ」彼はそう言って仗助の向かいに腰掛けると、ウェイターにサンドウィッチとコーヒーを注文した。
「お昼まだだったんスか?」
「資料を探していたら気付いたらこんな時間さ」
 彼はトートバックを一瞥すると苦笑した。
「承太郎さんはいないんスか?」
「今日は別行動。海に行ってると思うよ」
 そうか。これはある意味チャンスかもしれない。
 一瞬、逡巡したのち仗助は口を開いた。
「訊きたいことがあるンスけど」
「なんだい?」
 彼の目が細められる。先日の記憶が仗助の脳裏によみがえる。
「その、承太郎さんのこと、どう思ってるんスか」
「尊敬している」
 間髪入れずに彼は答えた。
「僕の人生できっと彼以上の人は現れないと思うよ」
 語る彼の目に熱が帯びる。
 この目だ。仗助は思った。この目が喉に刺さった小骨のように引っかかる。
「それだけスか」
 気付くと言葉が口からこぼれていた。
「どういう意味かな?」
「本当にそれだけっスか」
 彼は微笑んだ。人々の奏でるざわめきがぴたりと止まったように感じた。
「そうだよ」
 君の言う通り。笑みを深めて彼は言った。
「親愛以上の感情を持っている」
 仗助は息を飲む。彼の回答は仗助の予想を超えたものだった。
「それって」
「ラヴの意味さ」
 堂々と彼は言う。その態度がますます仗助を混乱させる。
 だって。
「だって、あの人は奥さんも子供もいる」
 だから、なんだと言うのか。承太郎はストレートだと言いたいのか、不倫は良くないと言いたいのか自分でも曖昧な言葉だった。
「知ってる」
 彼はそう言って言葉を止めた。ちょうどウェイトレスがサンドウィッチを運んできたのだ。「ごゆっくりどうぞ」と言って彼女が去るまで仗助はじりじりと気持ちで続きを待った。その気持ちを弄ぶように彼はハムとレタスの挟まったサンドウィッチに手を伸ばした。小さく食んで咀嚼する。
「これ、ウマイね。僕はね、思うんだ空条先生は」
 もう一口、頬張る。レタスの切れる小気味の良い音がした。
「男性をパートナーに選ぶべきだった」
「あぁ?」
 自分の眉間に皺が寄るのを仗助は感じた。
「守らなければならないようなか弱い存在よりも、もっと彼と背中を並べて戦えるような、そんな存在が彼には必要なんだ」
「あんた、承太郎さんをバカにしてんのか」
 だったら許さねえ。
 マグマのようなふつふつと怒りが内側から湧き上がる。
「していない。僕はスタンドの存在を知ってからより強く思うようになった――
 我慢の限界だった。仗助は両手をテーブルについて立ち上がった。ガタンと大きな音がして椅子が倒れる。周りの視線が注がれる。しかし、そんなことはどうでも良かった。
 目の前の男を睨みつける。
「あんたに承太郎さんの何がわかるんだ」
 それだけ告げると、そのまま仗助は店を出た。早足がいつしか小走りになっていく。急かされるように仗助は走った。
 そうしていないと心がバラバラになって爆発してまいそうだった。

◇◆◇◆◇

 勢いのまま動くということは良い事もあるが、悪い事もある。仗助は柔らかいソファの上で思った。今はきっと悪い方に違いない。仗助は椅子に座って何事か書きつけている承太郎の大きな背中を見つめた。
 あの後。激情に突き動かされるまま、仗助はタクシーに飛び乗った。行き先は杜王グランドホテル。しかし、その衝動は承太郎の部屋の前まで来たところで急速に収萎んだ。承太郎に会ってどうするというのだ。ノックしようとしていた手が止まる。
 あの人はゲイで、あんたもお仲間だと思っています。なんて言えるはずがない。
 帰ろう。そう考え直して振り返った時、白いコートが視界に入った。
 仗助の頬が引きつる。
「どうかしたか」
 承太郎は大股で歩いて来ると仗助を退かしてドアの前に立った。海に行って来たというのにその姿には汚れひとつない。
 仗助はこの場から逃れる方法を考える。いつもは軽快に動くはずの舌が回らない。承太郎相手に下手な嘘は通用しない。うまい言い訳が思いつかないまま仗助は部屋の中へと通された。
 承太郎はコーヒーを出すと、急いで仕上げなければならない仕事があると言って机に向かった。「構ってやれなくて悪いな」という承太郎に仗助は勝手に来たのだからと首を振った。
 そして、現在に至る。しんとした部屋にペンが紙の上を滑る音だけ響く。気まずさを感じながら仗助は出されたコーヒーに手を伸ばす。あ、と思い出した。
「カプチーノ代」
「なんだそれは」
 仗助は頬を掻いた。
「さっきまでカフェ・ドゥ・マゴにいて……」
 仗助はお代を払わずに飛び出した事を話した。もちろん理由は伏せて。
「あの人が立て替えてくれてっかもしれねえ。承太郎さん、お金置いとくんで渡してくれねーっスか」
「あいつは元々お前に奢るつもりだったと思うがな」
 仮にそうだったとしても払ってもらうつもりはない。チャリンとテーブルに小銭を置く。「律儀だな」承太郎はそう言うと天気の話でもするかような口調で続けた。
「それで、お前は何を怒っているんだ?」
 心臓が跳ねる。
「な、なーに言ってんスか。怒ってなんか」
「違ったか?」
 違わない。甥っ子の洞察力を甘く見ていた。この人の前では隠し事をしようなんて無謀もいいところだ。なんせあの噴上裕也よりもタチが悪い。
 仗助はうつむく。ほこりひとつ落ちていないカーペットが目に入る。
「あの人が」
 変な事を言うから。
 そう口に出して仗助はどう続ければいいのかわからなくなった。
 助手の男が承太郎に想いを寄せていようと仗助には関係ないことだ。彼が誰に恋をしようと自由だ。そして、それを仗助が勝手に承太郎に伝えていいことではない。
 そもそも仗助は同性愛に関しては偏見はない。興味もないが。
 頭にきたのは助手の男がわかったようなことを言うから。彼の目が告げていたのだ。血の繋がったお前よりも僕の方が空条先生を理解していると。
 仗助の膝の上に置いていた手を制服に皺が寄るのも構わず握りしめた。
沈黙する室内で承太郎がペンを動かす音だけが響く。流れるようなその音が不意に止んだ。
「それは、あいつがおれのことを好いているとかいう話か?」
「えっ」
 仗助は顔を上げて承太郎の広い背中を見る。
「お前、からかわれたたな」
 やれやれ、と承太郎は肩を竦めた。
「よく言っているあいつの冗談だ。おれと結婚したいとか、抱かれたいとか」
「冗談、ですか」
 そうは思えなかった。仗助には本気にしか見えなかった。それも演技だったのだろうか。
「そ、そぉーっスよね。」
 心のくすぶる疑念を吹き飛ばすように仗助は頷く。
「もーびっくりしたッスよ。承太郎さんは男もイケるみたいこと言うんスもん」
「待て」
 承太郎が振り返った。綺麗な緑の目が仗助を捉える。
「はい?」
「誰がいつ男がダメだと言った」
「はいい??」
「イケるぜ、男も」
「え、えっと」
「試してみるか?」
 承太郎はそう言って自身のくちびるを舐めた。
「あ、あのオレ」
 仗助は視線を逸らす。とても見ていられない。顔、特に頬がどんどん熱くなっていく。残っていたコーヒーを仗助は一気に煽った。カップをテーブルに叩きつけるように置く。
「ご、ごちそうさまでしたッ」
 精一杯それだけ言うと仗助は慌てて部屋から飛び出した。

◇◆◇◆◇

 乱雑にドアが閉められた音を聞き届けてから、承太郎はこっそりと口の端を上げた。
 困ったことに我が叔父は実にからかいがいがある。
 カフェで会ったというあいつも仗助のリアクションに気を良くして悪ノリし過ぎてしまったのだろう。
 後で注意しなければと承太郎は思った。
「人のことは言えないが、な」
 さっきの仗助の慌てぶりを思い出して承太郎は再び微笑んだ。



2017/07/15