メドゥーサの眼


 


 一、二、三だ。このタイミングで開こう。仗助は手にした記帳したばかりの通帳を両手に持って緊張した面持ちでそれを見つめる。
 万が一だ。記憶違いという事がある。希望を捨てるな。ぐっと両手に手がこもる。仗助はゆっくりと数え始める。
「一、二、三」
 勢いよく通帳を開いた。目に飛び込んできた数字に仗助はその場にしゃがみ込む。
「ハ、ハチジュウエンだと」
 想像していたよりもずっと少なかった。一体に何に使ってしまったのか。残念な事に全く見当がつかない。
 承太郎さんの誕生日プレゼントを買う日が来るとわかっていたらしっかり貯金していたのに。仗助はため息をついて、通帳を鞄ににしまう。母にお小遣いの前借りも考えたが、いくらなんでも格好悪すぎる。好きな人のプレゼントくらい自分のお金で胸を張って渡したい。
 とりあえず適当なバイトでも探そう。仗助はのろのろと立ち上がる。
 その時、暗い顔をした男が目に入った。仗助よりも深ーいため息をつき、ちらちらと自分の鞄を覗き込んでいる。
 いかにも怪しい。
 仗助はさり気なく男の背後に立つと開いている鞄の中身を見た。
「なっ」
 仗助は慌てて自らの口を塞いだ。幸いなことに男は仗助に気付かなかった。肩を落としたままよたよたと歩いていく。その背を仗助は眺める。
「なんだって」
――あんな大金を。
 男の鞄の中には束になった札束がいくつも入っていた。
 だが、大金を持っているというのに男の表情は冴えなかった。
 どうも引っかかる。勘というより本能が囁くのだ。何かあると。
 すぐにでもバイトを探した方がいいということはわかっている。わかってはいるのだが。
 男が自動ドアから出て行く。
「しょうがねーなー」
 気になるものは気のなる。
 仗助は男の後を追って銀行を飛び出した。

 銀行を出た男はフラフラと力ない足取りでトボトボと進んでいく。商店街を抜けて、民家を抜けて、ついには町外れの公園までやってきた。
「じゃあね、バイバーイ」
 子供たちが手を振って去っていく。夜の迫る公園は既に薄暗くなっていた。
 男は力ない足取りでブランコに近づくと、どかっと腰を下ろした。鞄を抱きしめるように持ちながら、腕時計をチラチラ見ている。
 誰かを待っているのだろうか。
 仗助は木の陰に隠れて男の様子をうかがう。
 彼は肉食獣に追われているかのような怯えた目をしていた。額からは大粒の汗が止めどなく流れている。尋常な様子ではない。仗助は白い息を吐く。
 声をかけるべきか。
 仗助が逡巡していると砂利を踏む音がした。男がハッと顔を上げる。
 闇の奥から誰かがやって来る。見覚えのある服装だ。仗助と同じ高校の制服。どうやら女のようだ。髪は長く腰まである。肝心の顔は暗くて判然としない。
 そこで仗助は微かな違和感を覚えた。
 しかし、深く考える前に男がブランコから飛び降りる。
「か、金なら持ってきたぞ」
 情けない声を上げながら男は鞄を持ち上げると逆さまにした。ひとつ、ふたつ、札束が重力に従って地面に落ちていく。
「だから、どうかあのことは秘密にしてくれっ」
 ゆすりか。
 やけになった男の声を聞きながら、仗助にもなんとなく事態が掴めてきた。
 さてどうするべきか。
 すぐに出て止めてもよいが、いい歳したオッサンが高校生の女に脅されているという図が引っかかる。あの女がスタンド使いという可能性もあり得る。様子を見た方がいい。
 仗助は樹の陰で息を殺す。
 一方、女は微動だにしない。
「どうした。言われた通りに金を持ってきたぞ」
 地面に落ちた札束を拾い上げて男は前へと突き出した。
「だから、ワシがカツラだってことは黙っていて欲しい」
 仗助はずっこけそうにする。バレていないつもりだったのかと男の頭を注視する。いかにも不自然に乗っかるフサフサの塊にため息が出る。
――いや、バレバレだぜ。あんたの頭はよぉ。
 そんな仗助の気も知らないで男は続ける。
「これでは足りないというのか。い、石にするのは勘弁してくれぇぇ」
 石化の能力。やはりあの女はスタンド使いのようだ。
 仗助は女生徒の姿を見定めようと薄闇の中で眼を凝らす。そしてまた違和感を覚えた。しかし、第三の闖入者によってあっけなく仗助の集中力はまたもや四散していった。
「そこで何をしてるだね」
 のどかな声と共に一点の光が現れる。怪訝な顔した警官が懐中電灯を片手に立っていた。その場にあった緊張の糸が一瞬だけ緩む。
 女の行動は早かった。光を向けられる前に走り出す。
 仗助は慌てて木の陰から飛び出した。
「ちょっと君、」
「オッサン」
 呼び止めようとする警官を無視して仗助は札束の前で突っ立っている男に声をかける。
「あんたがズラていう事はよー。多分、バレてっから金なんて払う必要ないぜ」
 そのまま駆け抜ける。
「なんだとおおお」
 男の怒号が背後から聞こえる。親切心というものは時に仇となるものだ。
 内心肩を竦めた背後から思いもかけない声が聞こえた。
「仗助さん」
「未起隆」
 自称宇宙人はあっという間に追いついて仗助と並んだ。
「おまえ、どこから」
「あの人がカツラという帽子ですか、失くして困っていたようなので」
「ヅラに変化してたってわけか」
 未起隆は頷く。相変わらずこの宇宙人は人が良いらしい。
「あの人、ずっと怯えていました」
 未起隆は後ろを向く素振りをした。
「ハゲがバレることにか?」
「それもですが」
 未起隆は顔をしかめる。
「石にされるって何度も言ってました」
「そうか」
 人を石に変えることができるスタンド。しかし、ひとつ疑問が残る。奴は何故逃げたのだろう。警官を石にすれば大金を手に入れられたはずだ。
 前方を見る。路地の奥には闇が広がり、人の姿はとうになかった。
 舌打ちをして仗助は足を止めた。
「たくっ。よりにもよってこんな時に」
「どんな時ですか?」
 無邪気な未起隆の声に仗助は笑って応える。
「負けらんねーって勝負してる時」

◇◆◇◆◇

 次の日の昼休み。仗助、億泰、康一は屋上にいた。
「ていうことがあってよ」
「石化に長い髪の女の子。やっぱりいるんだ」
 康一は頬に手を当てる。
「しかも、人を脅してお金を取ろうとするなんて許せないよ」
 頭から湯気を立てそうなほど怒っている様子の康一は「それで犯人の手掛かりは」と早口で尋ねた。
「暗かったからなぁ」
 仗助は腕を組む。用心し過ぎた。さっさと出て行って顔を見ておくべきだった。
「とりあえずよー。由花子以外で髪の長い女を探せば良いんだろう」
「わかんねーぞ、億泰」
 仗助は意味ありげな視線を送る。
「あいつは相当用心深い奴だ。それこそカツラでも被っていてもおかしくねーぜ」
「てことはだ。そもそもうちの高校の生徒でもねーってことか」
「そうだ。わざわざ特定されるような服装で来ているなんて怪しいじゃねえか」
 でもよー、と億泰は唇を尖らせる。
「それだったら、おれたちはどうやってそいつを見つけ出せばいいんだ?」
「それは簡単なことだ。向こうから来て貰えばいい」
 仗助は人の悪い笑みを浮かべた。
「どういうこと? 仗助くん」
「考えてもみろ。奴はスタンドを悪用して大金をせしめようとしている」
 それも脅迫してだ。と人差し指を立ててみせる。
「そんな時、康一。お前だったらどんな奴を狙う?」
「そりゃお金持ってそうな有名人とか」
 あっと康一は顔を上げた。
「もしかして」
「杜王町にはよー。金持ってそうな有名人がいるよなー。売れっ子の漫画家とかな」
 そう言って仗助は片目をつむった。

◇◆◇◆◇

 岸辺露伴の邸宅は地元ではちょっとした名所で知られている。以前、とある不幸な出来事により小火を起こしたことも周知されるようになった原因のひとつだ。
 時々、熱心なファンが訪れてくるとか。彼らが奴のスタンド、ヘブンズドアの餌食になったかどうかは定かではない。
 その露伴であるが、仗助の訪問を快く受け入れてくれた。玄関で仗助の顔を見るなりその不機嫌そうなツラに眉間の皺がひとつ増やしながら。ついでに舌打ちも忘れない。
「康一くんから頼まれているから仕方ない。お前をこき使ってやる」
 自分に言い聞かせるように彼は言うと、仗助を家の中へ招き入れた。
「嫌ならいいっスよ。チンチロリンでも」
 階段を上りながら言うと、露伴はわざわざ振り返って仗助を睨みつけた。
 その後二人は長い廊下を通り抜け、奥の部屋へと辿り着いた。露伴がドアを開ける。そこにはガラクタとしか言いようもない品物が乱雑に置かれていた。
「なんスか、ここ」
「こいつらを真下の部屋に移動させろ」
 この配置、そっくりそのままだ。と露伴は顎を上げて言い放った。仗助は思わず割れた壺らしき欠片を指す。
「これもスか?」
「当たり前だ」
 冷めた目で奴は言った。
「どうしても、急遽この部屋を空けなくてはならなくてね。貴重な資料が手に入ってたんだ」
 詳しいことは言えないが、と露伴は言うなり仗助に指を突きつけた。
「この部屋に置いてあるものは大事な資料だ。必要な時は取り出せるように位置は全て記憶している」
 露伴は更に一歩前へと踏み込んでくる。
「さあ、東方仗助。下らない質問をしているヒマがあったら、とっとと働いてもらおうか」
 再現できたら約束通りバイト代を支払おう。だが、少しでも違ったらタダ働きだ。と笑いながら露伴は部屋を出て行った。
「くっそー」
 仗助は拳を握り締める。
 バイトをするふりをして露伴の家へと潜入する。そう提案をしたのは仗助だった。
 スタンド使いから守ると言っても、あのヒネくれた漫画家のことだ。素直に頷くはずがない。だから、アルバイトということで露伴の家に入りこみ怪しい人物が来ないか探ろうとすることにした。お金も手に入って一石二鳥である。本来は康一が適任者なのだが、塾があるため口添えだけ頼んだ。億泰は近くで待機しているはずだ。
 しかし、こんな厄介なことを頼まれるとは思わなかった。
 仗助は部屋を見回す。
 露伴は配置を覚えていると言ったが、本当だろうか。
 覚えているわけがない。と言いたいところだが、岸辺露伴という男は残念なことに普通ではない。十中八九、記憶しているに違いない。
 やるしかない。仗助はクレイジーダイヤモンドを出現させる。
「ドラァァッ」
 そして、その拳で床を叩き割った。

「東方仗助、なんだ今の音はッ」
 仗助はちょうどタンスに寄りかかり本を読んでいると、露伴がやって来た。
「あ、露伴先生。終わったぜ」
 仗助は手を広げて見せる。そこには先ほどと全く同じ光景があった。
「ほう」 
 渋面を作った露伴はガラクタを掻き分けて部屋の奥まで進む。熱心に眺め回した後、仗助を振り返った。
「おい、キサマ。今度はどんなイカサマを使った」
「人聞きの悪いこと言うなって。真面目にやりましたよ」
 もちろん嘘だ。仗助はクレイジーダイヤモンドで床を殴って穴を空けて、ガラクタを真下の部屋までそっくりそのまま落とした。後はクレイジーダイヤモンドの能力で元通りだ。
 露伴は不審そうな目でこっちを見ている。
「な、なーんスか、露伴先生」
「そうだな。スタンドを使うなとは言っていなかったな」
 呟かれた一言に仗助はぎくりとする。しかし、露伴はそれ以上追及してこなかった。
「仕方がない。ケーキでも出してやるからこっちに来い」
 珍しいこともあるものだ。でも、すぐに追い出されなかったのは良かった。例のスタンド使いがこれからやってくるかもしれないのだ。
 仗助は露伴に続いて応接間へ入る。テーブルの上には美味しそうなショートケーキが乗せられていた。
「生地にイチゴが練りこんである貴重なケーキだ」
 なるほど、スポンジが赤い。
「コーヒーを淹れてこよう」
 背を向けた露伴に仗助は砂糖とミルクを頼んだ。そして、ひょいとフォークを取るとショートケーキの先端を切り取って口へと放り込んだ。
「え」
 ぴりっと電気のような辛みをまず感じた。それはあっという間に口中へと広がった。辛い。いや、痛い。仗助はその場をのたうち回る。
「かかったな、東方仗助」
 いつの間にか露伴が戻って来ていた。手にはスケッチブックが握られている。
「ちょうど辛いものを食べた高校生がどんな反応をするのか知りたかった」
 そう言うと露伴は仗助の向かいに立つと、目にも止まらない速さでスケッチしていく。
「ぐ、が」
「安心しろ。これもバイト代に上乗せしてやる」
 悪びれもせずに言う露伴に、仗助はこの漫画家が石像になった方が杜王町は平和なのではないかと本気で思った。

「そういえば君は帰らなくていいのか」
 口の中のまだヒリヒリする。仗助がようやく立ち上がると、手を止めた露伴が窓の外を見た。薄闇が迫ってきていた。
 その時、露伴が鋭い声を出した。
「お前は誰だ」
 言うなり露伴は窓を開けて、身を乗り出した。
「岸辺露伴。お前の秘密を聞かせてもらうぞ」
 思ったより低い、どう考えても男の声が聞えた。仗助も露伴の後ろから覗きこんだ。
 庭先で影が長い髪をなびかせている。
「露伴、どけ」
「なんだ。この変態は君の知り合いか」
 仗助が窓から飛び出す。
 街灯に照らされた犯人の姿に、仗助は先日感じた違和感の正体を知った。女性にしてはガタイが良過ぎるのだ。
「おめーは」
 スカートから伸びる太い足。逞しい腕。明らかに不自然な胸。極めつけは素顔もわからないくらいドギツク施された濃い化粧。
 相手は女装した男だった。
 一瞬言葉を失った仗助の隙をついて男が踵を返す。後を追おうとする仗助だったが、その首根っこを露伴が掴む。
「おい、キサマ。どういうことか説明しろ」
 やはり何かを隠していたな。と眉を釣り上げる露伴を仗助は強引に振り払う。
「今は、んな事してる暇なんてねー」
 慌てて犯人を追いかけようとするが、既にその姿は跡形もなく消え去っていた。

◇◆◇◆◇

 失敗した。失敗した。失敗した。
 頭の中で警報が鳴り続ける。なんであいつが、東方仗助。
 駆け出した足はまだ止められない。苦しい。苦しい。あいつのせいだ。
 同じ高校だから知っている。いつも楽しそうに笑いやがって。
 秘密を知られたからには石にしなくてならない。おれの女装趣味をあざ笑って、バラされたくなければと金をせびってきたあいつらのように。
 おれのこの不思議なチカラを止める方法はひとつだけある。おれの女装と同じように誰にも知られたくないことを打ち明ければ石化は治る。だけど、そんなことは知らない仗助は石になるだけだ。
 仗助の次はあの漫画家だ。
 にんまりと笑みを形作る口を手で押さえ、先の見えない暗い道をひたすら走った。

◇◆◇◆◇
 
 病院てところは気が滅入るところだ。
 承太郎は思い返して息を吐いた。
 康一から人を石に変えるスタンド使いの事を聞いた承太郎は研究の合間に情報を収集していた。
 石にされたのは二名。高校二年生の男子だ。この二人はガラが悪く、度々クラスメイトを脅して金をせびりとっていたらしい。
 そしてもう一人、その二人とつるんでいた生徒がいた。現在は精神を病んで入院している。コネを使って承太郎は彼に会ってきた。
 承太郎が病室へ入ると彼は震えながら毛布を手繰り寄せた。そして、承太郎が何を聞いても青ざめて首を振るばかりだ。
 その姿に承太郎は確信した。彼は二人が石にされた現場を目撃したに違いない。
 承太郎が根気強く聞き出した。そのうちに彼は呟いた。
「秘密を喋らないといけない」
「言わないと石になるのか」
 承太郎の問いに彼は頭を抱える。
「言えない、言えない」
 震える彼にそれ以上何も言う事はできなかった。こうして承太郎は病院を後にした。気落ちはしていなかった。収穫はあったとはいえないが、全くなかったわけでもない。
「承太郎さん」
 足元から声がした。
「康一くん」
「珍しいですね。ここでお会いするのは」
 病院に行っていた帰りだからな。心の中でそう呟くと承太郎は別の事を訊いた。
「例のスタンド使いについて何か進展はあった?」
「そうなんです。昨日、仗助くんが」
 その名に承太郎は反応した。あれから仗助は全く承太郎の部屋へ訪れなくなった。自分から教えてくれと言ったくせにな。と思う気持ちもあるが、高校生なのだから遊びたいのだろうとも思う。
――承太郎さん。
 自分を呼ぶ仗助の姿を思い出す。その笑顔が承太郎は好きだった。胸の内を明るく照らすような。こちらも笑いたくなるような。
 今度、仗助が来たら夕食をご馳走してやろうと思っていた。ご褒美とは建前で彼が幸せそうに頬張るその顔を見たかったから。
「承太郎さん?」
 遠慮がちに問う声が承太郎は意識を現実へと戻した。らしくもなくぼーっとしていたらしい。すまない。と言いかけたところで声がした。
「康一くん。ちょうど良い。ちょっと付き合ってくれよ」
 スケッチブックを抱えた漫画家、岸部露伴が承太郎と康一の間に割り込んできた。そこで初めて承太郎の存在に気づいたらしく「お久しぶりです」と頭を下げた。
「ぼく、これから塾で」
「オイオイオイ。昨日、ぼくはあのクソッタレ仗助からひどい目を受けたんだよ。君のせいで」
 仗助という単語に承太郎は思わず露伴の顔を見た。それに気付かずに露伴は康一の肩に手を回して続ける。
「まったく、アルバイトがしたいと押しかけていい迷惑だよ。おまけに妙な連中まで呼び寄せて」
「誤解です。それは」
「もちろん、バイト代はちゃんとくれてやったぜ。一応、希望通りに働いてはくれたからな」
 承太郎の中でごろりと不快感がこみ上げてきた。バイトがしたいのならばこちらにも一言相談しても良かっただろう。また遠慮でもしたのだろうか。そんな関係ではもうないと思っていた。
「とにかく、きっちりと説明してもらわないと」
「困ったなー」
 康一は眉を下げると承太郎を見上げた。
「すみません。詳しい事は仗助くんに聞いて下さい」
「ほら、先生行きましょう」
「さすが康一くん、助かるよ」
 承太郎は口に挟む間もなく、二人は去って行った。
「やれやれだぜ」
 口癖が自然と溢れる。
 あの時、仗助が露伴と会っていたと知った時、自分の心には子供じみた嫉妬が渦巻いていた。
 承太郎は目を伏せる。らしくない。何もかも。

◇◆◇◆◇

 冷えると思ったら雪まで降って来た。しかし、身体は心は不思議と暖かかった。鞄を見て笑みがこぼれる。
 仗助はぐっと玄関のドアを開ける。
「ただいま」
 即座に母の声がした。バタバタとやってくると腰に手を当てた。どうも今日は機嫌が悪いらしい。
「さいきん、ずっと遅いわよね。何やってるのよ」
「承太郎さんのとこ」
 と小声でいえば嘘おっしゃいとぴしゃりと跳ね返された。
「電話があったわよ。承太郎さんから」
「え」
 身体の熱が一気に上る。
「いつだよ」
「さっきよ」
 たちまち仗助は靴を脱ぎ捨てた。
「ちょっと」
 飛びつくように受話器を取る。暗記している番号をかけて、ホテルのフロントに承太郎さんの部屋へとつないでもらうよに頼む。呼び出しのメロディが鳴る間、心臓の音がどんどん早くなっていく。
 なんの用だろう。承太郎は元気だろうか。数日会っていないのに恋しくてしょうがない。どうして今まで平気だったのだろう。
「おれだ。仗助か」
 メロディが途切れ、男らしい低い声が仗助の鼓膜を揺らした。今日は少し掠れていて、それなのにセクシーだ。眩暈した。
「あの、電話をくれたっておふくろに聞いて」
 仗助は頬を掻く。話したいことがいっぱいあった。
「仗助」
 しかし、そんなものは吹き飛んでしまう発言を年下の叔父はした。
「明日の夕方、おれの部屋に来い」
「承太郎さん」
 有無を言わせないその言い方に仗助は驚いた。
「嫌か?」
 そんなはずがない。元々、会いに行くつもりだったのだから。
「承太郎さんの方こそ、明日はキャンセルなしっスよ」」
「何故だ」
 ひみつっスと仗助は笑った。


2017/07/15