入学
普通クラスはアッシュと同じクラスになれた。
「同い歳くらいの魔法使いがいっぱい……」
校内のいたるところに魔力を持つ子が行きかっていた。
魔法使いは半数ほど。
魔法使いでない留学生のアッシュには狭き門だったが、リリアンク人にはそこまでではないらしい。
教室に入り、空いている席に座る。
初等部持ち上がりの生徒らしきグループがいくつかあった。
仲良くなれるといいな。
「オリエンテーションだって」
「初めてのクラス、緊張するね」
女の子のグループがこちらを見ていたので、笑顔で挨拶する。
向こうも緊張しているのか、顔を赤くしてたどたどしく挨拶してくれた。
「アリエル様……」
「な、何」
アッシュがムッとしている。
アッシュの頭を撫でていると、時間になり先生が教室に入ってきた。
魔力を持つ若い女性の教師だ。
まっすぐに教壇に進み、口を開いた。
「た、たた、担任のト、トーラです。よろひくお願い、します」
「……?」
「ちょっとトーラ先生! 貴方、新任じゃないでしょう!」
最前列の真面目そうな女子生徒が、小声で注意している。
「た、担任は初めて……」
身を縮こまらせて泣き言を口にしている。
「先生、頑張ってー」
トーラの様子を見て緊張が解けた生徒から、応援の声があがっていた。
「優しそうな先生だったね」
「うん。次は魔法クラスだ」
アッシュと別々の授業か。
アリエルは淋しげにアッシュを見つめる。
「
――……いってきます!」
アッシュは口を引き結んでスタスタと行ってしまった。
そういえば、魔法ができるよう頑張ると言っていた。
意志が固いアッシュは格好いいけど……淋しい。
情けない顔をしていると、
「アリエル君、どこの魔法クラス?」
同級生の男の子が話しかけてきた。
柔らかい喋り方をする男の子で、知的な感じがする。
「レベル3だよ。えっと、フーシー君は?」
名前を思い出して呼んでみる。
「同じだ。一緒に行ってもいい?」
「うん。よろしく」
中等部初めての友達になれるかも。
アリエルは期待しながらフーシーと歩いた。
魔法クラスの授業の後。
「アリエルすごいね。次々と違う魔法を使っていて」
仲良くなったフーシーが褒めてくれた。
建物の日陰で、アッシュのクラスが終わるのを待ちながら喋った。
フーシーはリリアンク市内の生まれで、魔法学園には初等部からいるそうだ。
得意なのは風魔法。
「とても正確に風を操れるんだね」
「ありがとう。でももっとパワーが出ればなあ」
フーシーはリリアンクを守る魔法兵団に入りたいそうだ。
「アリエルはどの魔法を伸ばしたいとか使ってみたいとかある?」
「僕は、解析とか魔法干渉とかかな」
「へえ。大きな魔法より複雑な魔法か」
「うん。フーシーは風魔法を伸ばすの?」
「それもあるけど、感知の適性が少しあるから、そっちを役立つレベルまで上げたいな」
魔物を見つけることができる感知魔法は需要が高い。
特にフーシーが目指している魔法兵団では引っ張りだこの能力であろう。
「もう将来のこと考えているんだね」
「考え出している子はたくさんいるよ。四年間の中等部を終えたら就職する子も多いから」
アリエルはびっくりした。
「アリエルは故郷に戻るの? それともリリアンクで研究者にでもなる?」
「どうだろう」
ミスティアに帰らないといけないのだろうか。
「研究の仕事かあ……。楽しそう」
能力的に魔法関連の職がいいのは分かる。
アリエルも魔法は好きだ。
だがそれ以外は漠然としている。
今、想像できることは……。
「アッシュ……、友達と同じ職場がいい」
フーシーが変な声を出した。
「……アリエルって意外と子供なんだね」
「えー」
「黙っているとミステリアスな秀才っぽいのに」
くすくすとフーシーが笑う。
アリエルが頬を膨らませると……。
「
――アリエル様、そいつ何かした?」
棘のある声がした。
いつの間にかアッシュが側にいた。
アリエルをぐいっと腕の中に引き寄せて、フーシーを睨みつける。
(二時間ぶりのアッシュ
――)
ほぅ……と溜息をついて彼の体温を堪能する。
「…………。はっ! ちょっとアッシュ」
失礼な態度を。
「お疲れさま、アッシュ君。俺はフーシー。アッシュって呼んでいい?」
(このタイミングで!?)
フーシーは気にした様子もなく、友好関係を築こうと試みている。
アッシュは険しい顔で警戒を露わにしている。
唸り声かわいい。
「アッシュ、もう。何でもないよ。友達になったんだ」
彼の銀髪を撫でてなだめた。
「アッシュは友達できた?」
「うん。ラティとマッドっていう子」
「……そっか。よかったね」
アッシュがアリエルの知らない子と仲良くなるのは初めてだ。
アッシュは明るくて優しくて頑張り屋で可愛いから、友達ができるのは当然だけど。
だけど……。
胸にもやっとしたものが広がる。
ぎゅっとアッシュを抱きしめて撫でた。
ラティは大国ヘイゲンの貴族であるランドの従者。
マッドはリリアンクの商家の子らしい。
「レベル1にいる留学生は本人の留学ではないか、金持ちの道楽だね」
なるほど。わざわざ外国から来るからには、すでに魔法の才が明らかなはず。
「ラティ君はランド君の付き添いなんだね。たしかランド君、レベル3にいたな。次、声を掛けてみよう」
「アリエル様、掛けなくていいよ」
アッシュのむくれた様子に、アリエルは首を傾げる。
「反応がそっくり」
フーシーに笑われた。
学校が終わり、自宅のある高台の地区に戻った。
夕食の買出しに食材市に向かう。
「にんじん、きのこ、ミルクにお肉ー♪」
春の陽気を音にしたような、アッシュの天使の歌声が響く。
「その食材……」
「今夜はアリエル様の大好きなクリームシチューだよ」
「わーい」
「入学のお祝い」
「ふふ。じゃあ明日の朝はスクランブルエッグだね」
頑張って早起きしよう。
「アリエル様はゆっくり寝てていいからね」
「!!」
心を読まれた上に、気を使われてしまった。
二人で歌っているうちに、食材市の旗が見えてきた。
「あれ」
様子がおかしい。
兵隊が道を塞いでいる。
「この区域に魔物の出現が予知されました。誘導に従って避難してください」
そう兵士が呼びかけていた。
「
――予知?」
「アリエル様、どういうこと?」
「分かんない」
予知というのは、まだ出現していない魔物の出現を予測したということだろうか。
まるで未来を視ているような……。
「よく分からないけど、一度帰って後で来ようか」
「うん」
踵を返す二人。
アリエルは二人に掛けている防護結界を確認しつつ歩く。
「……アッシュ?」
アッシュが立ち止まっていることに気づいた。
左に伸びる道を見ている。
そちらには特に多く兵がいるが、それ以外は特に変わったところはない。
アリエルはアッシュに視線を戻し、
「どうしたの」
と聞く。
「何か来る」
「え」
再びアリエルは視線を戻した。
その時には、目の前に赤いオーラが広がっていた。
それは空間の歪みとなり、何かがボコッと這い出てくる。
赤い毛並みの大型獣が、地に降り立った
――。
太い腕が巨大な爪を振り下ろす。
「!」
重い音が鳴り響いた。
(僕の防護結界が阻んだ音……じゃない)
魔法の主のアリエルが、何も知覚しなかった。
「大丈夫」
アリエルとアッシュをかばう黒のコート。
その背に赤いラインと銀の紋章が揺れる。
「私達が守る。後ろに下がって」
《グウウウ……!》
魔物は片足を浮かせた無理な体勢なまま動かない。
相手の動きを固める魔法だ。
《グワアアア!!》
魔物は全身を振り回して魔法から逃れようとする。
だがそれに反応して、魔法がさらに誘爆して発動した。
《
――――!》
魔物は光の杭に四肢を封じられ、なすすべなく取り囲まれる。
攻撃魔法を集中して浴び、さくっと倒されてしまった。
「プロだっ」
皆素早く的確な攻撃だった。
特に最初にかばってくれた人と、もう一人の隊のエースと思われる人は、アリエルを大きく超えたパワーに見えた。
「ありがとうございます」
アリエルとアッシュは最初にかばってくれた男に礼を言う。
軍服が少し豪華なので多分偉い人なのではないかと思う。
「どういたしまして。それと申し訳ない……。危険な目に合わせてしまって」
「だ、大丈夫です」
アッシュに危険が降りかかるのは嫌だ。
けれど魔物の出現は突然だし、その中でこの人達はちゃんと守ってくれた。
謝ることじゃない。
「私は中央魔法兵団六番隊隊長フラド。よろしく。少しお話を聞かせてもらっていいかな」
「はい」
リリアンクに来たばかりなので兵団のことはよく知らないが、若い隊長だ。
物腰柔らかなフラドに、アリエル達は素直に返事した。
兵の一人がフラドに声を掛けた。
「予知から場所がずれていましたね」
「ああ」
フラドは通信魔法を発動して誰かと話しはじめた。
「ジュジュ。魔物が急に移動したと言ったよね。理由は分かる? …………。そうか。しばらく感知で探って、何か分かったら報告してほしい。頼んだ」
通信を終えたフラドは、アリエル達を連れて移動する。
兵団の荷物の上に座らせてもらうと、フラドは魔法の結界を作った。
(声を遮断する魔法……。フラドさんの得意な魔法、これだ。隠蔽の魔法が得意なのかな。よくないかも)
アッシュに掛けている隠蔽魔法が見破られないように祈った。
「魔法学園の中等部の制服だね。一年生かな」
「はい」
「見掛けない子だけど」
「ミスティアから引っ越してきたばかりです」
「……そうか。もしかして話題になっていたアリエル君と……アッシュ君」
「はい。そうですが……話題?」
アッシュが可愛いという話題か。
「『初級魔法教本』を制覇したという話」
そっちか。
「兵団にも話が広まっているんですか」
「いや、私は魔法学園にも顔を出すから知っていただけだ。軍と密に協力している研究室もあるからね」
なるほど。新しい魔法や武器を研究しているのかな。
「さて、先程の魔物と遭遇する直前、君達は何かしなかったかな」
「いえ。あ、掛けっぱなしにしている防護結界の確認をしていました。でも変更はしていません」
「僕は何も。魔物に合わないかきょろきょろしていたくらい」
「周りで何か起こってはいなかった?」
「はい。何もなかったです」
「そうか。ところでアリエル君は予知魔法は使えるかい」
「いえ。初めて聞きました」
「そうなんだ。予知魔法は感魔物が出現する前に出現位置を感じ取ることができる。ミスティアでは適性持ちを集めていないのかな。とはいえリリアンクでも実用レベルの使い手は一人だが」
「さっき通信していた人ですか。ジュジュさん」
「ああ。あの子のお陰で街の被害が格段に減ったよ。予知魔法は難しいらしく、適性持ちでも精度が低いんだ。だがジュジュはある程度大きい魔物なら市内全域を予知できる。大量発生については国全域も可能だ」
「すごい!」
出現場所に事前に兵を送れたなら、被害を非常に少なくできるだろう。
「どの時間にどの道に現れるということ細かいことまで、遠くからでも分かるんですね」
「そうだよ。でもこのくらいの魔物だと、いつも細かい指示をもらえるわけではないんだ。今回はジュジュの授業が終わっていて時間が取れたから、通信で場所を都度指示してもらったんだよ。出現直前ほど予知が正確になるから」
「授業? 先生のお仕事でもしているんですか」
「いや。生徒の方だ。魔法学園初等部に在籍している」
「え! 初等部!?」
「ああ。ジュジュという男の子だ。四年生だよ」
初等部は通常五年制。
二学年も下だ。
「会ってみたいな。予知魔法見てみたいです」
「アリエル君なら一度見たら覚えてしまうかもね」
「それは……」
その時、結界の外からフラドの部下が用があるようで合図を送ってきた。
フラドは手を軽く上げて応じた。
「質問はこれで終わりだ。ありがとう」
兵隊の一団から抜けて、食材市の再開を待つ。
「ジュジュ君の予知魔法見たいな。どんな魔素を使っているか分かれば覚えられるかも」
「アリエル様も街を守るプロになるの?」
「ううん。ただの興味。でもあると安心な魔法だから覚えたいな」
大切なアッシュを守るために。
「……僕も覚えたい」
自信がなさそうにアッシュが言った。
したいけれど、できる可能性が低いから遠慮しているのだろう。
「もちろん。僕が覚えられた魔法は全部アッシュにも教えるよ」
「ん」
アリエルの言葉に、アッシュは少し頬を緩めた。