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 打倒クリフ隊 3






 今日はアッシュの魔法の訓練である。
 マッドに付き合ってもらって新しい方法を試しているが、いまだ発動しない。

「あっ! 忘れてた」
 マッドが焦っている。
「このあと研究室へ荷物を受け取りにいくって言ってたやつ? まだ時間じゃないでしょ」
 マッドはマデリン商会と協力している研究室とのやりとりを、いくつか任されているのだ。
「普段留守にしているマスターが今日は顔を出しているはずなんだ。いつも研究員さんに対応してもらっているけど、今なら直接話せるかも」
「へー」
「ごめん。行くね。でも間に合いそうにない……!」
 マッドが困っている。
「アリエル様」
「分かったっ。マッド、僕が送るよ。浮遊魔法で行けばすぐでしょ」
「アリエル、浮遊魔法の許可取っていたんだ。助かるよ」
「何それ」
「取っていないんじゃん……。あ。このタグを着ければ……」
 マッドは小さな銀色のプレートのついたバングルを取り出す。
「業者の通行許可証。これを付けていれば規定ルートなら浮遊魔法も使えるはず」
 アリエルが付けてみる。
「浮かんでみて」
 アリエルが二人を連れて浮かぶと、学舎群に透明がかった線や壁が浮かび上がった。
「ガイド、見えた?」
「うん」
 アッシュはきょろきょろしている。
「浮遊魔法を使う本人にしか見えないよ。一番明るい黄色の線の近くを飛んで」
 明るい黄色の線を探す。あった。上の方。
「この線の側は速度制限がないんだ。すれ違う時は気をつけてね。あと緑の壁の向こうは機密により進入禁止になっているんだ。触れると攻撃されるから避けてね」
「え。……うん」
「じゃあお願い!」
「分かった!」

 マッドに案内されながら進む。
 この高さの学園は新鮮だ。
「そこ右。もう少し急げる?」
「うん。いくよっ」
 スピードを上げる。
(むっ、難しい……!)
 三人だと幅が測りにくい。
「くっついてくれる?」
「うん!」
 アッシュがギューッと抱きつき、マッドもちゃんと抱きついてくれた。

 入り組んだ学園。
 さらに最初の内はアリエルの知った場所だったが、目的地の研究室が近づくにつれて、知らない場所となる。
 魔法の壁だけでなく建造物も初見となるのだ。
 アリエルは必死に避けた。

 どうにか研究室へ着いた。
 マッドの目的のマスターはまだお茶を飲んでいた。
「先生!」
 マッドは研究成果を受け取りつつ、上手く話を聴きだしている。
 穏やかな人当たりの良さが功を奏している。
 このマスターは付与魔法以外での魔法の定着を研究しているようだ。
「そういえば紹介しますね。浮遊魔法でここまで連れてきてくれたアリエル。それとアッシュです」
「アリエル……アリエル・ハロウ!?」
「はい」
「ぜひ話を……! う、ごほんッ。いや、何でもない」
「?」
 マスターはアリエルから目を逸らして歯噛みしている。

 無事にマスターに会えて、マッドもアリエル達もほくほくだ。
「楽しかったよ。また誘ってっ」
「こっちこそありがとう」
「マッドって色んなこと知っているけど、ああして知識を増やしていたんだね。いいなあ」
「アリエルなら同じように……それ以上に気に入られると思うよ。よかったらうちでバイトしない?」
「バイト?」
「うん。研究室に進捗聞きにいったり、あとうちの工房の手伝いとか」
 魔法を学べて人脈を作れて、その上お金までもらえる!
「したい!」
「じゃあ研究投資の番頭さんに話しておくね」
「仕事……ついていっていい?」
 アッシュが不安げに訊いた。
 そうか。バイトの間、別行動になってしまったらどうしよう。
「アッシュっ、記憶力がいいよ。あと手先が器用!」
 アリエルは必死にアピールした。
「うん。頭良いのは知っているし、アッシュも勧めておくよ。客先では行儀良くしてね」
「分かった!」
 一緒に行動できると知って、二人は笑いあった。



 アリエルとアッシュのバイトは順調だった。
「アリエル……!」
「アリエル・ハロウ!」
「ぢぐしょお……こんなに近くにいるのに……!!」
「権力めえぇ……!」
 ちょっと様子がおかしいマスターや研究員もいたけど。

 行儀良くしようとするアリエルとアッシュは見違えるほど優雅に振る舞った。
 マッドに基本を教えてもらって、さらにヘイゲン貴族であるラティに仕込まれたのだ。
「神秘の双子、プロデュース俺。良い出来だぜ」
「ラティって本当に貴族だったんだね」
「びっくり」
「はじめに言っただろうがよおっ」





 一月後。
「お金だー!」
 初めてのバイト代が手に入った。
 マデリンの店からの帰り道、二人でうきうきと話す。
「結構あったね。何に使おうか」
「デザート、禁止じゃなくて月に一回にしない?」
 甘いもの不足のアリエルが提案する。
 この一か月、マッドの家に遊びにいった時くらいしか食べていない。
「賛成っ」
「やった。じゃあアッシュは何がいい?」
「んー、思いつかないけど、デザートみたいにアリエル様と楽しめるものがいい」
「ふふ。ゆっくり考えようか」

 魔法レールの駅に着いた。
 市内中央部なのでたくさんの方面のレールがある。
「そうだ!」


 数日後の休日。
 アリエルとアッシュは自宅のある市内東部から、反対側の市内西部に来ていた。
 お出掛けである。

「着いたっ。リリアンクの聖獣様の神殿。引っ越してからまだご挨拶していなかったからね」
 二人の目の前には、白亜の神殿がそびえ立っている。
 遥か上。左右に神殿に比べて小振りの三角屋根があり、黄色い石が使われている。
 不思議な意匠だ。

 リリアンクの起源は、他の多くの都市と同じく、聖獣から始まる。
 安全な棲み処を求めて、聖獣の側に人間達が集まってできた街だ。
 つまりリリアンク市で一番大事な神が、ここに祀られている聖獣である。

 見応えのある美しい建造物。
 参拝というより物見遊山が目的だが、ここに来て正解だ。
「立派だね、アッシュ。……アッシュ?」
 アッシュはアリエルの腕にしがみついて震えていた。
「ゾワゾワする……」
 そういえば聖魚と同じ種類の魔素と魔力が溢れている。
 アッシュはこの魔力が苦手なようだ。
 同じ魔素は他の場所にも溢れているが、魔素ならさほど問題ないらしい。

「大丈夫? 帰る?」
 首を振って否定するアッシュ。
「アリエル様とお出掛けー……」
「じゃあさっと見て他の場所に行こうか。ほら、あそこ何かあるよ。白くて、大きい……」
 近づいた二人は、思った以上に大きいそれを呆然と見上げた。
「巨大猫……」
 巨大な白猫の石像だ。耳だけ黄色く塗られている。
「アンリと逆の色だね」
「聖獣のリンク様だって」
「大きいねー」
「これが本物の毛だったら……」
「! 飛びつきたいっ」
 二人ではわはわと興奮していたら、周りの参拝者に笑われた。
 短時間でも楽しめたので、来てよかった。

 神殿の外に出て、川岸の遊歩道でひと休みした。
「ミスティアの神殿は区画外だったから行ったことなかったけど、あんな感じなのかな」
「巨大魚像があるのかな」
「鱗、聖魚様みたいにキラキラしているのかな」
「聖魚様か……。お魚食べたくなっちゃった」
 アッシュの目が空の水色を映している。
 遠いミスティアの空を見つめているのだろう。
「昨日食べたでしょ」
「うん。でもリリアンクってお魚の種類少ない」
「内陸だもんね。南に海はあるけど、少し遠いのかもね」
「お魚ぁー」
「フーシーかマッドに聞いてみようね」





 そして数日後。
「うわああ」
 目の前には広大な緑の高地と湖が広がっていた。
「マナグレイス湖。火山湖だけど地下水が複雑に出入りしているみたいで、意外と色んな魚がいるよ」
 マッドが教えてくれた。
 今日のメンバーはアリエル、アッシュ、マッドの三人だ。
「家の屋根から見える山、登るとこんな湖があったんだ」
 市の東端から魔法車で二時間掛からない距離。
 小鳥の囀りが聞こえる穏やかな森。
 素敵なレジャースポットだ。
「ここで釣りしていいの?」
「うん。この辺りはマデリン商会の所有地だから」
「所有地!」
「あれ、でもホテルとか見当たらないね。リゾートではないの?」
「小さいホテルはあるよ。でも魔石鉱山だから採掘場がメインだね」
「鉱山!」
 マッドについてきたマデリン商会の従業員が、行っていい場所を教えてくれた。
 マッドは鉱山管理所に用があるというので別行動だ。

 アリエルとアッシュは草はらや岩場を歩き、釣りをするポイントを探す。
「この岩どう?」
「いいね」
 湖に突き出たちょうどいい岩を見つけて、その上から釣り糸を垂らす。
 岩の上に座り、アッシュと肩をくっつけた。
(温かい)
 空が大きく広がり、穏やかな風が水面を揺らす。
 頭上の枝が過ごしやすい木陰を作り出していて、たまに遠くから鳥の囀りが聴こえる。
「のんびりだね」
「うん」
 落ち着く場所。
 大好きな人。
 魚目当てだったが、思わぬご褒美時間だ。
「きた!」
「わ、わ」
 とはいえ魚は食べたいので、そこそこアクティブな時間を過ごした。

 昼食はマッドと一緒だ。
 湖の畔で焚き火して、魚を焼いたりパンを炙ったりした。
「鍋できたよー」
「わーい」
「いい匂い。アッシュの料理美味しそう」

 それぞれ皿によそい、口にした。
「お魚美味しー」
「食べられてよかったね」
「うん!」
「アッシュは魚が好きなの?」
「なんでも好き。魚は市内では少ないから、ちょっと飢えてただけ」
「アッシュはなんでも食べるいい子だけど、特に卵料理が好きだよ」
「えへへ」
「マッドは?」
「んー、カレーかな。野菜たっぷりの」
「美味しそう。僕、野菜だったらピクルスが好きー」
「ああ。カレーにもあると嬉しい」
(アッシュ、ピクルスが好きなんだ。もしかして、僕がよく作るから?)
 アリエルはこっそり嬉しくなる。
「ピクルスはね、アリエル様の愛情によく浸かっていて、親近感が湧くんだ」
 目をつむり愛おしげに話すアッシュ。
「親、近……感……?」
 アリエルとマッドには共感しづらかった。


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