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 新生






 今日はマデリン商会の届け物のバイトだ。
「浮いたっ」
「上手ー」
 浮遊魔法ができたアッシュに、アリエルは拍手をする。
「飛びやすいところは自分で飛ぼうか」
「うん」

 低速ラインを飛んで目的の研究室を目指す。
 今日はマッドも同行している。
「アッシュ、一度魔法ができるとすぐだったね。普通、一度できた魔法でも安定して発動するのは簡単じゃないんだけど」
 マッドが感心している。

「何が鍵になったか分かる?」
 マッドがわくわくしている。
「僕も理解したかったから、発動した時の感覚を思い出してみたんだ。全身の魔力を使ったり、クリフへの憎悪を呼び起こしたり」
「感謝しようよー……」
「平気。もうしてない。でね、少しずつ寄せていったら、チリッとするスイッチみたいのを見つけたの」
「よくあんな熱中状態の時の感覚を思い出せたね」
「アッシュは天才だからね」
「ふふん」

「それで、そのスイッチって?」
「悪い魔力回路にするとチリッと抵抗がある時があって、そこから世界が変わる感じ」
「……悪い魔力回路?」
「そういえばあの時アッシュの魔力、無闇に魔素を取り込んでごちゃごちゃだったね。いつもはとても綺麗で澄みきった流れなのに、あの時はボコボコしていた」
「澄みきった……」

 マッドは思考しながら話す。
「前に聞いたことあるけど、アッシュの魔力回路は体の外にもあるんだよね」
「うん」
 魔力回路は普通、人の体の中に収まっている。
 だがアッシュの場合、体の外側にもアッシュの制御下の魔力が流れている。
「普通の魔法使いは魔力が体内にある。つまり魔法が発動する時は、体外に出しているんだ。その時に自然と大きな抵抗ができる」
「あ」
「魔法が発動する時は、火花のような変化が必要なんじゃないかな」
「変化……」
 アリエルとアッシュは魔力回路の感覚に意識を寄せ、そして目を輝かせた。

「なるほど。マッド、すごい!」
「早速意識して試してみる」
「た、ただの仮説」
「それでいいよ。僕達も一理あると思ったし」
「よーし。早速火花を起こそう」
 スピードオーバーしそうになったアッシュを、アリエルとマッドで叱った。





 冬が近づいてくる。
 中等部の食堂でアリエルは大好きなクリームシチューを頼んだ。
 世界一美味しいのはアッシュが作ったシチューだが、食堂のシチューも美味しい。

「空キャベツ、なかったー……」
 アッシュは休日の買い物で、目当てのものが買えなかったことで凹んでいる。
「空キャベツって?」
 フーシーが訊いてきた。
「青いキャベツだよ。ミスティアでは食べたり花として観賞したりするよ」
「青色で根元が白だから、アリエル様の目に似ているの。冬の間は庭を空キャベツで埋め尽くしたかったのに」
「埋め尽くすな。無くてよかったよ」
「えーっ。だって例えばランドの部屋だって緑系で統一されててるでしょ。僕もアリエル様系で統一したいの!」
(なるほど。僕もアッシュ色の花を探そうかなあ)
「そんな理屈でなるほどと納得する奴なんて、アリエルしかいないぞ」
「!」

 わーわー話していると、通りかかった女の子達に声を掛けられる。
「アリエルくん、大会出るんだってね。頑張って」
「ありがとう」
「アッシュくんは出るの?」
「出たかったけど成績評価が足りなかった」
 大会は参加希望者全員が出られるわけではない。
 過去の大会成績や魔法クラスでの成績を鑑みて、出場者を絞っている。
 アッシュが魔法を覚えた時には、すでに出場者は決定済みだった。

 女の子はちらっとランドの方も見ているが話しかけはしない。
「ランド様も出るよ」
「! そうなんだ。頑張ってね、ランドくん。ラティくん、ありがとう」
 どうやらランドの高貴な雰囲気に尻込みしていたようだ。
 ちなみにラティも成績評価が足りなくて不参加。
 フーシーは参加希望を出さなかったそうだ。
 魔力のないマッドは元から参加資格がない。

 女の子達は楽しそうに頬を染めて去っていった。
「注目されてるっすね」
「魔法戦闘では中等部で一番重要な大会だからな」
「それもありますけど、スター選手にときめきたいって気持ちっすよー」
「スターエンブレムを誰が手に入れるかってこと? 僕狙ってるよっ」
「んー。それもあるけど、もっと個人的な気持ち……」


「浮ついているなっ、一年」
 後ろから声がした。
 振り向くと、背後の席に座っていた男子生徒が立ち上がった。
(知らない人。え、えっと……マゼンタレッド。二年生だ)
 アリエルは学年色を確認するのに手間取った。
 なぜならその二年生の制服は改造され、大輪の薔薇のコサージュが飾られていたからだ。
「俺は二年のスリートップの一角、タタン。赤薔薇の申し子と呼ばれる男。俺がいるかぎり、お前の手にスターエンブレムは光らない」
 なにやらお洒落なポーズを決めている。薔薇が現われる手品まで見せてくれた。
「スリートップ!」
「じゃあクリフ先輩とノアバート先輩と互角!?」
 目を丸くするアリエルとアッシュ。
 タタンとランチをしていた二年生は首を傾げた。
「スリートップ?」
「まあ、あの二人以外はだんごだから間違っては……?」

 アッシュが立ち上がる。
「タタン先輩、僕と対戦してくださいっ。僕、魔法がすごい人ともっと戦いたいんです!」
 タタンはまた新たなポーズを決める。
「この麗しき土魔法の名手に挑戦しようとは」
「土魔法……」
(土魔法。あれ、水の魔力の方が多いけど……)

「一年、お前はこの世で一番美しいものが何か分かるか」
「アリエル様です」
「いいや。花と俺だ」
 アッシュは如実に納得いかない顔をした。
「神が美そのものを紡ぎし生命。それが花。春は瑞々しく、夏は輝き、秋は可憐に、冬は悠然とたたずむ……。そしてその全ての美が芽吹くは大地! それを操る者こそ土魔法使いだっ」
「ほー……」
 アッシュはタタンの詩的な表現に興味を示している。
「まあいいだろう。相手してやる」
「やったっ。ありがとうございます!」
「よかったね、アッシュ」
 アッシュの喜ぶ顔に、アッシュの心もぽかぽかした。

「ふふん」
 タタンは鼻で笑った。
「反則という卑怯な方法だが、クリフに土をつけたそうじゃないか。つまりお前を倒せば、俺はクリフより優れているということになる」
―卑怯……?」
 アリエルが呟いた。
 冷たい空気が食堂に流れた。
 そこここから「何?」「隙間風?」と声がする。
「アリエル様?」
「なあに」
「んー、なんでもない」
 アッシュは大して気にした様子はなく、タタンと日時の約束をした。

 タタンは食堂の出口へと向かう。
「くくく。神秘の国の双子だったか? 俺より女子に騒がれているなど許せん……。二年の力を思い知らせてくれる」

 高笑いしながら出ていくタタン。
 その姿をちょうど近くにいたノアバートとその友人の二年生が見送る。
「よくやるなあ」
「あのアッシュって子とクリフの対戦見たことある。とにかくよく動いてたな」
「あの積極性は防護魔法が使い放題の環境にいたせいかね」
 アリエルは防護魔法の他に、治癒魔法に感知魔法もできる。
 ほとんどの危険は振り払えるだろう。
「それもあるだろうけど、あの子は結界やアリエルだけに頼ってはいない」
 ノアバートが言った。
「クリフと初めて戦った時、彼は二本取られて負けが確定しても、すぐさま立ち上がれる体勢になった」
 食堂の視線は、気合を入れるアッシュと応援するアリエルに集まっている。
「あの子は冷たい場所から来ている」
 ノアバートの呟きは、食堂の喧騒に掻き消された。





 後日、タタンとの約束の日。
 場所はリリアンク市から北にいった郊外の草原だ。
 魔法の跡か、ところどころ地面がむき出しになっている。

「太陽パワー!」
「パワー!」
 アッシュが空へと両手を掲げ、アリエルもそれを真似した。
「草原パワー!」
「ふさふさーっ」
 今度は地面に手をついた。
 屈伸運動を終えて、アッシュ達はタタンに向き直る。

 アッシュはこの前修練場を損壊させたせいか、まだ使用を禁止されている。
 アリエルの浮遊魔法でどこかへ移動しようということになり、タタンが魔法訓練が許可されている地域をおしえてくれた。

「一年、やられる準備はできているかっ」
「勝ちます!」
 冬目前の冷たい風が、アッシュの向上心を燃えあがらせる。

 その時、よく通る声が掛けられた。
「アッシュにアリエル。タタンも」
「クリフ先輩!」
 稽古着らしきラフな格好のクリフがいた。

「アッシュとタタン先輩が対戦するんです。クリフ先輩は?」
「俺は日課の走り込み」
「お前の家、市内中央部じゃなかったか」
「そうだよ。だからちょうどいい距離なんだ」
 タタンが嫌そうな顔をした。
 アリエルはマッドの屋敷からクリフの屋敷を眺めたことがある。
 走れなくはないが日課にするのは辛い距離だ。

「タタン、俺とは戦ってくれたことないのに」
「はんっ。に、二歳も下の相手を叩き潰しては可哀想だからな」
「アッシュも俺と同じ齢だぞ」
 タタンは薔薇の花弁をむしることに集中し、聞いていない振りをする。

「でもアッシュと対戦なんて、タタンって勇気がある奴だったんだな」
「ホワイ?」
「だってアッシュはノアバートより魔力が多いぞ」
「…………。は?」
「俺とは単純には比べられないけど、いい勝負な気がするんだよな」
「…………」
「それに加えて、アッシュは魔法は使いたてだから、威力の調整が不慣れで危ないだろう。胸を貸してやるなんて後輩思いだな」
「…………。……んーっ!」
 タタンは華麗にターンし、湧き出ていた冷や汗を払った。
「そーかそーか。不慣れだったな、未熟なる一年。では今日はウォーミングアップにして、よく対戦しているクリフを相手にしたらどうだっ」
「えっ、タタン先輩は?」
「うッ。目眩が……!」
「大丈夫ですか!?」
「ああ、少し休めば治まる……。だが今日は万全には戻らないだろう」
「そうですか……。お大事に。じゃあクリフでいいや。やろ」
「ああ」


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