新生 2
急遽始まったアッシュ対クリフ戦。
その攻防は凄まじいものだった。
衝撃波が木々を薙ぎ、閃光が地を焼いた。
「アッシュすごーい!」
「ひっ……! ……ごわッ!」
アリエルの結界の中で、アリエルはきゃあきゃあと観戦し、タタンは流れ弾が近くを掠めるたびに叫んでいる。
戦いはクリフが有利だった。
「頑張れアッシュ!」
声を振り絞って応援するアリエル。
――だがアッシュとクリフの動きが突然止まった。
「この気配……」
「アリエル様! 気をつけて!」
アッシュがこちらに大きな声を掛けた。
「え……?」
その時、アリエルの目にも異変が見えた。
「魔物
――」
巨大な境界が、草原に姿を現した。
「ひいいいい
――!」
タタンが叫ぶ。
境界からは見たこともない数の魔物が出てきた。
それに小さな境界が他にもボコボコ現れる。
「こんな大量発生、警告が出ていないぞ! ジュジュは予知しなかったのか!」
クリフは幾体もの魔物を魔法一撃で屠る。
だがそれは出現した魔物の一部でしかない。
「アリエル! 通信魔法で兵団に通報を!」
「はい! でも学園と家の近くのしか知りません!」
「どっちでもいい!」
アリエルは二か所同時に通信を飛ばした。
「クリフ先輩! 兵団が向かうから、僕達は逃げてって!」
「大丈夫! 厄介な魔物はいない。人家に近いし食い止める。アッシュもいけるか!」
「おう!」
「僕も
――」
「アリエルは不慮の事態に備えて待機。その時は全員を回収して逃げてくれ。アリエルがいればどんな事態にも対応できる」
「はい!」
クリフの指示を聞き、アリエルは結界の中で二人を見守る。
タタンはぶるぶると震えていた。
アリエルも落ち着いてきた。
クリフが言った通り、大物はいない。
「アッシュ、かっこいい……」
むしろ活躍するアッシュの姿を楽しむ余裕さえ生まれた。
「今の閃光魔法見ました? アッシュの得意魔法なんですよ」
「うひっ……」
「衝撃魔法! 初めて使った! クリフ先輩の魔法見て、今覚えちゃったんだ!」
「や、やめ……」
アリエルはタタンの服を引っ張って見せようとする。
閃光魔法が結界を包み込む。光が消えると、ぼとぼとと焼け焦げた魔物が落ちてきて結界に弾かれた。
「こっ、こんな所にいられるか! 俺は逃げる!」
「だめですよー。結界から離れて動いたりしたら、二人の気が散っちゃいます」
アリエルの結界を何度も利用してきた二人は、その力を信頼している。
アリエルがいるから後顧の憂いなく戦えるのだ。
「知るか! ……様子を見にいきたい場所もあるし……。俺は出ていく!」
「あっ」
タタンは結界を走り出ようとして、ガツンッと結界に阻まれる。
「内側からも通さないようになっています。出られませんよ」
アリエルはにこっと微笑む。
「くっ……。しかしこんなことしても無駄だ」
「え?」
「俺の得意魔法は土の中を移動できるスペシャルッな土魔法。素早さはないが岩盤にさえ浸透できる。さらばっ」
タタンは魔法を発動する。
……そして二センチほど沈んだ。
「なッなぜだ! なぜ地中に入れない!」
「もちろん地面にも結界を張っていますよ。タタン先輩の魔法については調べましたから」
「へっ?」
アリエルは微笑んだまま告げる。
「先輩の得意魔法って水魔法ですよね。だから岩盤にも浸透できる」
「え、そうなの?」
「いいんですよ。知らない振りなんてしなくて」
「いや、ほんとに」
「でも土魔法っていうから変だなーと思って訊き込みしたんです。情報隠蔽なんてする『卑怯』な人だったら、アッシュとそのまま戦わせるわけにいきませんから」
「ひきょ……。俺が!? 俺の魔法は至高の美しさで……!」
「アッシュの魔法こそピュアで綺麗です」
タタンはようやく気づいた。
目の前の綺麗な顔で微笑んでいる少年は
――とんでもなく怒っている。
「アッシュがどれだけの才能を持ち、どれほどの努力を重ねてきたか」
タタンを見据えるアリエルの青い目。そこには深海よりも昏い闇が広がっている。
「特等席でアッシュの力を思い知ってください」
魔物はアリエル達の方まで溢れてきた。
「ひぃいい! うぐおおお!」
魔物が襲ってこようとしたり、アッシュ達の魔法が飛んでくるたびにタタンは恐怖に叫ぶ。
「きゃあっ。アッシュかっこいいー!」
アリエルはすっかりマジックショー気分だ。
この少年には、結界を囲む恐ろしい魔物の死体の山が見えていないのだろうか。いくつかの死体は魔素に還っているが、とても間に合わずに積み重なっている。
だがアリエルはひたすら双子の片割れのみを見つめていた。
「魔王だ……!」
「? 何か言いました?」
闇に堕ちた目が、地に伏して震えているタタンを見下ろす。
「いえッ何も!」
「ちゃんとアッシュのこと見ていますか」
「もちろんです! 目に焼きつけています!」
タタンは自分の身を守るために、全力でアッシュを褒めた。
「アッシュ君は素晴らしい! その英智は目にした魔法を果実の如く、いと容易く手中にする! 魔力は泉の如く湧き、この大草原さえも彼にとっては戯れの盤上! 誰も追いつけない黒き流星の舞踏に、愚かなる魔は翻弄され沈む!」
タタンの紡ぐアッシュ賛美の言葉に、アリエルは耳を傾ける。
その目に光が戻りはじめた。
「わああ」
「……?」
「詩的でアッシュが喜びそうな表現。そんな豊かに言葉を操るなんて、さすが二年生!」
アリエルはぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
――芸は身を助く。
アリエルの機嫌が直り、タタンは腹の底から安堵した。
脱力したタタンに背を向けて、アリエルはまたアッシュを応援しだす。
「あっ。アッシュが合図をくれましたっ」
「……なんの?」
「キリがないから、さらに火力アップするぞ!っていう合図です」
「もういやあああ」
魔法学園セントラルタワー。
中央棟のすぐ北に位置するリリアンクで最も高い建造物である。
その外壁を、黒い影が凄まじいスピードで駆け上がっていく。
「北っつったな」
それは黒い外套を翻した女性だった。
彼女はタワーの頂上近くの最後の足場に立ち、風をものともせず北の地を見つめる。
そしてその腕には、白い制服を着た子供を抱えている。
「ほらジュジュ。今度はしくんなよ」
先が桃色掛かった長い三つ編みの『美少女』だ。
ジュジュはぐっと口を結び、女性の掛けたゴーグルに触れる。
ゴーグルが魔力に反応した。
ジュジュのイメージした場所が、ゴーグルの視界に浮かびあがる。
「雑魚ばっかだが、数がいるなあ」
女性が右手に魔力を集めだした。
禍々しい闇が、バチバチと火花を散らしながら形を成していく。
闇の雷は巨大な槍となった。
「待って! クリフと何人かがいます!」
慌てて『美少女』が止めるが、
「どうにかするだろ」
魔法の槍は爆発的な速度で放たれた。
彼女は十賢ガッド。
兵団から魔物の速やかな殲滅を依頼された。
彼女の攻撃力と射程距離は群を抜いている。
ゴーリーがリリアンクの盾ならば、ガッドはリリアンクの矛と云われる魔法使いだ。
「上空警戒! 学園方向!」
クリフが叫んだ。
浮遊していたクリフは、同じく浮遊しているアッシュに飛びつき、攻撃を相殺しようと衝撃魔法を放った。
アリエルも視界の端で飛来物を感じながら、遠隔で結界を追加した。
「
――――ッ」
衝撃が大地に激突する。
視界が闇の爆風に包まれる中、アリエルはアッシュとその結界を感知し続ける。
飛来物の輪郭も捉えた。
(大きな棘のような槍が、地面に突き刺さっている)
衝撃波は多重に広がった。生まれた闇は煙のように漂い、やがて槍へと収束していく。
収まったのではない。
震源部の魔物は死滅したが、吹き飛ばされて生き残った魔物もいる。
その大量の魔物が、闇に吸い寄せられるように引き摺られているのだ。
魔物の唸り声が轟轟と響く。
あの闇は殺傷能力を持っているようで、触れた魔物は体が黒くただれて倒れていく。
「アッシュ!?」
その闇にアッシュとクリフも吸い寄せられていた。
二人で浮遊魔法で抵抗しているが、力が拮抗し、着地の余裕もない。
(アッシュを引き摺りこもうと……)
アリエルは総毛立った。
タワー頂上。
風が十賢ガッドの長い髪と外套を揺らし、下の服が見えた。
豊満かつスレンダーな体の線を拾う、黒の光沢生地。ところどころ際どい部分が露出している。
その肌の一部は闇に蝕まれていた。
現地の様子を、ガッドはゴーグルの表示から推測する。そして、
「これで収まるだろう」
と結論付けた。
「で? なんで予知できなかった」
ガッドは抱えている予知魔法使いジュジュを見下ろす。
「……偶然、調子が悪くて」
「ノザンはゴーリー側だったな。お前の第二の父と兄に、何か入れ知恵されたか?」
「おじさんやノア兄がッ、僕を巻き込むわけないでしょう」
「どうだか。……ん?」
下から駆け上がってくる者がいる。ノアバートだ。
「おー、やっと来たか。王子様」
ガッドがジュジュを投げた。
風に煽られるジュジュを、ノアバートが魔法の鞭で引き寄せ、抱きとめた。
睨みつけてくるノアバートを、ガッドは意にも介さない。
「もうすぐ殲滅も終了する。降りるか」
そう言ったガッドの目に、緊張が走った。
「嘘だろ……」
魔法が予定より早く四散した。
誰かが干渉して掻き消したのだ。
「熟練の魔法使いにしても早すぎる。クリフの奴、あんなこと……」
ガッドは魔法ゴーグルの望遠の力を使う。
そして間違いに気づいた。クリフではない。
ガッドの魔法が消えた場所。
そこにはタワーの方向を睨みつける、アリエルがいた。
「化け物……」
ガッドの額に冷や汗が滲む。
それと同時に、思わず口角が上がった。
あの攻撃魔法は、十賢ガッドが撃ったものだそうだ。
あの日、事後処理にきた兵が、アリエル達に教えてくれた。
クリフとアリエルを屠る殺傷力はなく、あくまで魔物をターゲットにしていたとは思うが、悪印象は拭えなかった。
(アッシュに掛けている結界、改善しようかな。ゴーリーさんに聞いてみたい。どこに行けば会えるのかな)
「アリエル様ー。お出掛けしよー」
アッシュの笑顔が曇らないでよかった。
リリアンク市の北部。
魔法学園の研究室群に接していて、全体的に造りが大きく緑が多い。
のどかでありながら市内の便利さも享受できる人気の地区だ。
そこにある大手園芸店タモン園芸。
敷地は広く、洒落た庭園にも見える。豊富に飾られた冬の花々が香り、花弁のように軽やかに心躍らせた。
タタンはここで働いている。薔薇柄のエプロンに五連の薔薇のコサージュを付けて、他の店員より明らかに目立っていた。
しかしあの嵐のような日から、タタンのテンションは上がらない。
溜息をつきながら品出しをしていると、覚えのある二つの声が聞こえた。
「すごい品揃え!」
「評判通りだねっ」
「いイッ!?」
魔王とその片割れ……アリエルとアッシュがいた。
「あれ、タタン先輩」
「エプロンしているってことはバイトですか」
見つかった!
「ひへ、は、はい。実家なので」
「わあ、素敵なおうちですね。このお店、色んな人に訊き込んで探したんですよー」
「さ、探した!?」
家を押さえられてしまった。
タタンは自分が逃れられないことを悟り、己の無事を諦めた。
「僕達、空キャベツを探しているんです」
「……ああ、ミスティア人に人気があるやつね。こっち……」
タタンは背中を丸めて歩く。
「あるんですねっ。やった!」
二人は嬉しそうにタタンの後ろをついていく。
「先輩、ここにある植物の名前を全部覚えているんですか。外国で人気があるみたいな情報も」
「仕事だし普通でしょ」
タタンは力なく答える。
アリエル達が後ろで「すごいね」「プロだ」と囁いていたが、タタンの耳には届かなかった。
案内された場所に、目的の花が二鉢だけあった。
「空キャベツだっ。いい色だね」
「うん。でも二つ。これで全部ですか」
「ああ。今年の在庫はこれで最後だ。需要があれば取り扱いは増えるけど。そんなにこの花がいいの?」
「はい。これ何かに似ていませんか?」
アッシュは二つの鉢を引き寄せてタタンに見せる。
「?」
「アリエル様の目です!」
「ひいぃ!」
アリエルとアッシュはほくほく顔で一鉢ずつ持って帰った。
タモン園芸の空キャベツの取り扱い数は、その後も増えなかった。