【少年期2】万能の双子 大会
「マッド、マッド」
マッドの親の店……マデリン商会のバックヤードで、アッシュはマッドにこそこそと話しかけた。
アリエルは向こうの作業台で、新作魔法道具の手伝いをしている。
「これ預かって」
アッシュは一通の封筒を取りだした。薄紫色のペンで花のワンポイントが描かれている。
「約束していたアリエルへのラブレター?」
「うん。家に隠してもアリエル様に見つかっちゃうから」
「渡せばいいのに。喜ぶよ」
「……渡したいけど渡せないんだ。隠れて書くことしかできない」
アッシュは胸を隠すように封筒を引き寄せる。
「ふうん……」
マッドが手を差し出すと、アッシュはお礼を言って渡した。
図書館。
アリエルは背伸びして高い場所の本を取ろうとする。
「これ?」
アッシュが動魔法で本を取ってくれた。
「うん、ありがとうっ。アッシュ、もう自由自在だね!」
「しー。アリエル様、図書館だよ」
「んっ、ごめん」
アリエルは静かにした。
アッシュはアリエルの耳にこそっと囁く。
「ありがとう」
「……っ」
アッシュは本を選び席へ戻っていく。
アリエルの胸はどきどきした。
アリエルも席に座る。
(アッシュなんだか大人っぽくなった)
隣に座るアッシュをちらっと見る。
真剣な顔で本をめくり、時折ノートに書き出していた。
綺麗な横顔に見惚れる。
けれど
――。
『僕とアリエル様で恋愛なんてしない』
(……恋)
アリエルは十一歳。恋は初めてだ。
誰かに相談したいけど、他四人の友人の仲で恋愛に興味がありそうなのはラティくらいだ。
だがこの前ラティは恋愛のことでノアバートに絡んで困らせていた。
「お前、すっごい可愛い女の子と二人で歩いてただろう! ずるい!」
ラティとノアバートは学年は違うが年齢は同じなので気安い関係だ。
「女の子と? 覚えがないな」
「忘れるわけないだろう! 年下っぽかったけど将来絶対美人になる子だ!」
「年下……。まさか妹じゃないだろうな。まだ五歳だぞ。変な目で見るな」
ノアバートが凍てつくような目でラティを警戒する。
「ちがっ、その子じゃないっ。わーん……!」
ラティはあまり頼りにならなそうだ。
(アッシュにも好きな子、できたりするのかな……)
胸がぎゅっと絞めつけられる。
(何考えているのかな……今。何書いているんだろう)
集中してノートに書き込んでいるアッシュ。
アリエルはいつもより遠慮がちに覗きこんだ。
『究極、救世、天翔、超越……』
アッシュは辞書にある格好いい言葉をメモしている。
アリエルは目をぱちくりさせて、
(ふふっ)
微笑ましさに目を細めた。
中等部魔法バトル大会が華やかに始まった。
会場は本課程の施設である闘技場だ。
フィールドは広く範囲攻撃も使えそうだ。一対一なので使いどころは限られるが。
囲んでいる観客席は熱気に包まれている。
一般席もあり、研究室や兵団からも観戦者が来ていた。
万能適性アリエルのトーナメントの順番が近くなり、多くの者が浮き立った。
「行ってくるね」
「頑張って!」
応援するアッシュはとても緊張していた。
なぜならば、
「一回戦。二年ノアバート対一年アリエル」
去年の準優勝者のノアバードが相手だからだ。
二人がフィールドに立ち、向かい合う。
この大会では開始前の詠唱時間はない。自身で発動までの時間を稼がなくてはいけない。
そして勝利条件は相手を行動不能にする一撃を入れること。判定用の防護結界は一枚だ。
また防護魔法の制限がなくなる。アリエルにとって有利なルールだが、そのかわり結界を破壊するような大火力の攻撃を叩き込まれる危険がある。
(ノアバート先輩……。状況に合わせて隙なく戦える人)
軽く、という条件で何度か相手してもらったことはある。お互い制限した状態とはいえ勝てたことはない。
ノアバートは身体能力を上げる魔法や動魔法などでバランス良く戦うが、最も得意なのは金属質な武器を生成することだ。剣を伸ばしたり曲げたり、無数の矢を射ったりできる。
洗練されたスタンダードな戦闘スタイル。どこから攻撃が飛んでくるか分からない奇襲性。発動も早く、本当に隙がない人だ。
(僕がすべきことは、まずは結界で防御を固めること)
手合わせではノアバートはアリエルの結界を突破する攻撃力の魔法は使っていなかった。今回使ってくるかもしれないが、その時は大技になり隙ができるだろう。そこをカウンターで攻撃する。
(いける!)
鐘の音が戦闘開始を告げた。
「《結か》
――!」
結界が割れた。アリエルに掛けられた判定用の防護結界だ。
アリエルの体は黒いワイヤーが幾重にも巻きついて拘束されている。その中の三本の先が尖り、アリエルの結界を貫いていた。
「勝者ノアバート!」
アリエルは何の魔法も発動できないまま負けた。
挨拶の後、アリエルが近づいて手を差し出すとノアバートは握手を返してくれた。
そしてフィールドを出ようとお互い背を向ける。
「ごめん」
ノアバートの小さな声が聞こえた。
(『ごめん』か。気を使わせちゃった)
不完全でもいいから、とにかく防御魔法を急げばよかった。
判断ミスをしたアリエルの順当な負けだ。
観客席から「瞬殺だったな」「何もできなかった」と声が聞こえる。
「戦闘は苦手なのか」
という声も。
アリエルだって対戦で鍛えていたのに。
アッシュの方を見ると耐えるような顔をしていた。
思わずアッシュの元に飛んでいこうとしたアリエルは、フィールドを包む結界に顔をぶつけてしまった。
アッシュが慌てて駆け寄ってくるのを見ながら、アリエルは無様に地面に落ちた。
「頭もあまり……」
評判も落としてしまった。
ノアバートは予知魔法使いジュジュのいる貴賓室に向かっていた。
貴賓室のある階に上がると、観客はいなくなる。
警備が所々に立っているだけだ。
会場を見下ろしている魔法使いと目が合った。魔法クラスレベル3の担当教師だ。
「マスターゴーリーが来ているのですか」
「いや。師の付き添いではない。ただの運営側だ」
防御の魔法が使えるので、結界の設置か会場警備をしているのだろう。
「君と当たるなんて、あの天才はクジ運はなかったな」
「あの子の戦闘に対する思考力や感覚が温まっていたら、俺は勝てませんでした。彼の初戦だったから勝ち目があった」
「随分と買っている」
「俺は去年の成績からいえばシード。初戦は二回戦になるはずだ。なぜ一回戦で一年生と当たったんでしょうね」
ノアバートは冷たい目で教師を見る。
「なら手加減でもしてやればよかった」
「しませんよ。今年も決勝までいって、そしてクリフに勝つつもりですから」
「試合前の大事な時間に、姫のご機嫌取りをしているような者が優勝できるとは思えないが」
そこに別の声が掛かった。
「
――ちょっと」
「ジュジュ」
回廊に『美少女』が立っていた。
ノアバートを待ちきれず、わざわざ護衛を連れて出てきたようだ。
ジュジュは肩を怒らせてこちらに進み出て、教師の足を蹴った。
「ジュジュ!?」
「勝つのはノア兄! 目ぇ節穴なんじゃない? あんたの上司、皆ノア兄のこと褒めてたんだから。変髪ッ」
貴賓室にいる人は皆大人だ。『兄』を送り出し一人で観戦する子供に、喜ぶ言葉を掛けてあげたのだろう。
「変、髪……?」
「ジュジュ、暴力はやめろ。暴言も。すみません、先生」
ノアバートはがるると唸るジュジュを引きずって、貴賓室へと戻った。
「ランドー、頑張れー!」
「ランド様ー! いけるっすよー!」
皆でフィールドに出てきたランドを応援する。
「相手、四年生だ」
「ランドは殴り合うタイプじゃないから距離が欲しいよね」
「そうだな。あの先輩どんな魔法使いなんだろ」
「氷魔法が得意な人だね。投擲よりも近距離での生成を狙ってくると思うよ」
フーシーが教えてくれた。さすが情報通。
試合が始まった。
ランドはすぐに距離を取った。
「《暴風》」
風で四年生が近づけないようにする。
四年生はその場で氷魔法を放った。氷が地を走りランドの足を掴む。
ランドは衝撃魔法でそれを粉砕した。
「はあっ!」
ランドの暴風が四年生を突き飛ばす。四年生の体は会場の結界へぶつかり、その状態で暴風が押さえつける。宙に浮いている状態だ。判定用結界を壊すには至っていない。
「《風刃》」
ランドはとどめを刺そうと風の刃を放つ。だが氷の壁がそれを防いだ。
応援するアリエルは、試合の攻防一つ一つにハラハラとリアクションしていた。
「攻撃力不足だね」
「何かないのっ、ラティ」
「あるにはあるけど、この会場じゃあ無理かも」
「このままじゃ魔力を消費するだけだ。近づいて攻撃を集中して威力を上げるしかないか」
だがランドは相手と距離を取ったまま、自分の周りに激しい風を起こし始めた。
「何かがきらきら光ってる」
あれは、四年生の氷を砕いたもの。
アリエルの目には、ある魔素がランドの周りに集まっていくのが見えた。
「空を裂け……《雷撃》!」
ランドの手から稲妻がほとばしり、氷の壁を回り込んで四年生を襲う。
四年生の叫びと共に、結界が割れた。
『勝者ランド!』
アナウンスが響き渡る。
「やったー!」
アリエルとアッシュは手を握り合って喜ぶ。
近くの兵団関係者らしき人の会話が聞こえた。
「すごいな。この通常条件のフィールドから殺傷力のある雷魔法を発動できるなんて」
(褒めてる!)
アリエルは聞き耳を立ててにこにこした。
「よおし! この調子で次も……」
選手の入れ替え中には、フィールドにトーナメント表が大きく表示される。
次のランドの対戦相手は、クリフだった。
ランド二回戦。
「ランド様、気合っす! 奇跡を掴めー!」
「やぶれかぶれだー! いけー! 諦めるなー!」
「うるさいっ!」
ランドはクリフに負けた。
そして大会の優勝はノアバートが持っていった。