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 精霊






 中等部二年生。
 クラス替えではまた皆一緒になった。どうやら成績優秀者の集まるクラスらしい。
 魔法クラスはアッシュは一気にレベル3に上がったが、アリエルはレベル4に上がってしまったためまた別々だ。
 フーシー、ランドもレベル4に上がった。ラティはレベル2に1アップ。マッドはレベル1のままだ。

 今日のアリエルとアッシュは、郊外をお散歩だ。

「レベル1の人、魔法クラスの受講辞めちゃう人がいっぱいいたんだって」
 一年間修行して開花の気配が全くなければ諦めざるをえないのだろう。
 リリアンクの魔法教育は国内に行き届いているので、初等学校ですでに適性の有無はほぼ分かっているが、成長して中等部で再挑戦する子も多いそうだ。
「マッドは続けるんだね」
「魔法好きだもんね」

 市の北東の丘にある茶屋が見えてきた。
 白木をそのまま組んだような掘っ立て小屋だが、春の新緑に馴染んでいておしゃれに感じる。
「フーシーぃ」
「よー」
 待ち合わせしていたフーシーが、屋外席でお茶を飲んでいる。
「何のお茶?」
「ほうじ茶」
 アリエル達もフーシーと並んで長椅子に座り、一緒のお茶を頼んだ。初めての香ばしさ。美味しい。

 市内を見下ろす眺め。セントラルタワーよりはここの方がやや低いか。
 背後にはマナグレイス山も見える。
 のどかー。

 そしてここから少し北に向かうと、森林がある。
「あそこに修行に使っていい場所があるんだ」
「うん。北の草原ばっかりじゃ飽きるだろうからね」
「ありがとう」
 今日は新しい修行場所をフーシーに教えてもらう約束をしたのだ。



 丘を降りて森の手前の駐在所で挨拶してから、森林に踏み込む。
 日差しが遮られて、歩いてきた体が涼しさを感じる。
「利用時の制限は草原より多いから、ちゃんと守るんだよ」
「はーい」
「あ」
「どうしたの、アッシュ」
「今クリフがいた」
 アッシュの指差す方向には、すでに誰もいなかった。
「いるかもな。あの人いつもどこかで修行しているみたいだし」
「クリフは修練場の使用制限、解除されたのに」
 中等部の修練場の一面だけ、レベル3担当の教師がフィールドに掛かった防護魔法を工夫してくれた。
 それによって流れ弾の危険や整備の負担を抑えられたため、クリフとノアバートの使用制限は解けている。
「学園外での修行は制限される以前からしていたみたいだからね。いろんな状況に対応したいんじゃない?」
「そっか」

「よし。今日はクリフを見つけて不意討ちする修行にしよう」
「もー。クリフ先輩、あんなに付き合ってくれる優しい先輩なのに」
 アッシュが魔法を使えるようになったのも、クリフの影響が大きい。
「いいんじゃないかな。面白そう」
「フーシーまでぇ……」

 乗り気な二人に押し切られて、クリフを探すこととなった。
 攻撃はせずタッチするだけ、という条件はつけたが。

「さて、どこに行っちゃったんだろう」
 木々で眺望が通らない。土を平らに削っただけの道は、坂がある辺りでは軽く崖に挟まれたようになって、さらに視界が利かない。
「まずは上に登ってみようか」
 フーシーに言われて、高い場所に登ってみる。
「クリフいないね」
「道はいくつある?」
「蛇行しているけど一本道みたい」
「道を外れて目印とかはある?」
「んー、なさそう」
「じゃあクリフはこの道を行った可能性が高い。俺達は直線で進んで追いつこう」
「うん」
「フーシー、敏腕警邏みたい」
「あはは」
 三人はぴょんぴょんと崖の上を走った。

 少し広い平らな場所に出て、道が消えた。
「えっと、目印はあの突き出た崖と、あの実が生っている木と、あっちの大穴かな」
「穴はいつできたもの?」
「えっと、新しい草が生えていないから最近?」
「じゃあクリフ先輩は日課のルートの目印にはしていないかもね」
「そっか。じゃああの木も実がない時期は特徴薄いかも」
「崖を基準に見つけるのがいいかな」
 アリエルが崖の左、アッシュが崖の右をじっと眺める。
「何か動いた!」
「あっち! 薄っすら道がある」
 二人が同時に声をあげた。
「アリエル、動いたのはクリフ先輩の魔力?」
「あ、違う。魔力はない」
「じゃあ獣かもね。クリフ先輩が通ったなら、近くに獣は留まっていないんじゃないかな。逃げるか追いかけるかの二択だと思うし」
「よーし、右だ!」

 荒れた土道を器用に走っていく三人。
「! 何かを叩くような鈍い音がした」
 アッシュが言う。
 藪や枝が視界を塞いでいて、道の先は見えない。
「あ、そこ。魔力がある」
 フーシーが指差して、アリエル達も見つけた。
 太い幹の下に今にも魔素に還ろうとしている魔力がある。直前に魔法を使った形跡だ。
 三人は木を見上げる。三十メートルはあろう巨大な針葉樹。
「いたっ」
「よし。静かに」

 クリフは浮遊魔法は使わず、身体能力を上げる魔法で上っている。そして一番上の枝に着いた。
「これ、降りてくるな」
「じゃあ待ち伏せだ」
「そうだ。ここからは協力禁止で、誰が先にタッチするかの勝負しようか」
「しよう!」



 クリフが枝に飛び移りつつ降りてきた。
「ん?」
 巨木を降りて地面に着地したクリフは、土に書かれた文字を見つけた。
「えっと、『挑戦状。三人の敵があなたを狙っています。相手を目視して名前を呼べばあなたの勝ち。その前にタッチされればあなたの負けです』」
 クリフが状況を理解できないでいると、何かが駆けてくる音がした。
「ッ―」
 クリフの背中にぶつかろうとしたそれを咄嗟に躱す。
 攻撃を外したそれは、サッと巨木の裏側に隠れた。
 クリフは幹の向こうにいる『敵』を警戒する。

 それは声を発した。
「はっはっは、誰だか分からないだろう!」
「その声、アッシュ!」
「ええ!?」
 クリフはすぐに看破した。
 アッシュとその友人が相手だろうと見当がつき、クリフは挑戦にのることにした。
「ま、まだだからなっ! 目視されてない!」
「ああ」

 クリフとアッシュは直径二メートルほどの巨木を挟み、じりじりと横移動して相手の隙を計っている。
 二人はお互いの殺気を感じとれるが、今回は攻撃でなくタッチというせいか、鋭い感覚はなくなっている。

―!」
 もう一人飛び込んできた。
 クリフはどうにか躱したが、その相手は土魔法で壁を作り身を隠した。
 クリフはまた目視できなかった。
「アッシュに気を取られ過ぎた」
 いや、一番素早いアッシュにはどうしても意識を割かざるをえない。

「土魔法はランドもできたけど、多分アリエルだね」
 ランドならもう少し策を練ってくる。
「うっ」
「あと一人ってことはフーシーかな」
 ランドとラティなら二人一組のはず。そしてマッドが参加するのは無謀だ。
「フーシーか……」
 どんな策で来るか分からない。
 さっさと誰か脱落させなくては。
「目視するには……」
 クリフは広い場所に出ようと、木が疎らな方へ走った。
 アリエルが土壁を作り追ってくる。
 アッシュもそれを利用して近づいてきているようだ。
「アリエルはそれほど戦い慣れていない」
 壁の作り方が単純だ。アッシュの動きもそれに制限される。
 動きを読んで、逃げようのないタイミングで壁を壊してしまえばいい。

「今だ!」
 クリフは土壁に向かって衝撃魔法を放った。

 その時、クリフの背中がぽんっ叩かれた。
「!」
「取ーったっ」
 誰もいなかった場所にフーシーの姿が突然現れた。
「隠蔽魔法……」
 姿を透明にして待ち伏せしていたのか。

「あー、フーシーの勝ちかあ」
「さすがフーシー」
 アッシュとアリエルも歩いてきた。

「魔力が見えなかった……」
 クリフは敗因を思い起こしている。
「それが隠蔽魔法だよ」
「そうだけど、そんな精密な隠蔽魔法を維持している間は一歩も動けないだろう」
 待ち伏せするにしても条件が厳しすぎる。
「一歩も動かなかったよ。ここに来ると思っていたから」
 アリエル達の動きも含めて、そこまで正確に読んでいたのか。

「フーシーの戦い方、苦手だぁ……」
「それは光栄です。クリフ先輩」
「だから『先輩』はいいって。敬語も」
「先輩、俺達この森のことほとんど知らないんです。常連なら良い場所教えてください」
「……うー」
 クリフとフーシーは初等部では同じ学年だった。クリフは同い年として扱ってほしいようだが、フーシーは適当にあしらっている。

「クリフキラー……」
 アッシュはフーシーを希望に満ちた眼差しで見ている。フーシーの手練手管を取り込めば、クリフに勝利するための突破口になるかもしれない。
「すごーい」
 アリエルは隠蔽魔法の精度に感動した。
(あんなに完璧に隠せるんだ)
 アリエルもアッシュの印を隠しているが、アッシュの濃い魔力の中だから隠せているだけかもしれない。
(フーシーっていつも余力を残しているところがあるけど、クリフ先輩相手だと本気っぽい。見られてよかった)


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