うたたねは君のとなりで 11
週末は詩季に誘われて、少し歩いたところにある公園に訪れた。
「二週続けてだけど」
なだらかな山肌に、綺麗な紫陽花が咲いている。満開の株が幾重にも並んでいて壮観だ。
「綺麗だから何度でも見たいよ」
「良かった。ジョギングでよく来る場所なんだ」
「へえ。綺麗な景色見つけながらジョギングって結構楽しそうだね」
「する?」
「しない」
園路を二人歩く。雨のせいか人は少なめでゆっくり見られる。
「告白も初デートも紫陽花で、これから毎年思い出すのかな」
「……そうだね」
四阿で傘を閉じる。クイズコーナーを見つけて二人で楽しむ。
「花言葉、なんだろうね」
「純粋とか」
「雨の季節だから憂鬱とか」
「あ」
紙で隠されている正解をめくろうとした詩季が、再び隠した。タロウは詩季の手ごとめくる。
「移り気」
「……知らなかった」
「僕も」
地面の栄養や日数で色が変わるからか。なるほど。
辺りの色のグラデーションを眺めていると、
「俺はずっとタロウを大切にするからな」
詩季が改まった声で宣言した。花言葉を気にしているのだろうか。
「別にいいよ」
「え……」
「詩季と一緒に見た花だよ。なんだって好き」
そう伝えると、詩季の表情は和らいだ。
「このあと行きたいところある?」
「どこでもいいよ」
そう答えると、詩季が困ったので、
「あそこのカフェは?」
と道路を挟んだ場所のお洒落な店を指差す。
「いいの? 水筒持ってきているよね」
「うん。あ、僕お金ないけど、たまに出掛けるときに使うくらいなら大丈夫」
「そうなんだ」
「高かったら考えさせてください」
メニューは普通の値段で、可愛いラテアートまでついてきた。描かれたハートのマークに詩季はなんだかそわそわしていた。
話題は、次にどこに行きたいかになった。詩季がいっぱい案を出してくれる。今日までいっぱい悩んでくれていたようだ。
「ありがとう。詩季の行きたい場所でいいよ」
「……全部行きたい」
かわいらしい言葉に、愛おしさが込みあげてきた。詩季が楽しんでいるところに、たくさんついていきたい。
「タロウはないの?」
「うーん。特には。いつもの丘でのんびりするとかでいいかな。晴れるといいんだけど」
「梅雨が終わったら真夏だけど、外で大丈夫か」
「真昼は図書館に非難する。詩季は暑いの平気?」
「うん。弱くはないかな。七月は慣らすために休憩多めにするけど」
「どの季節も運動し続けるって、やっぱりすごいね」
ふわふわのミルクとカフェインを摂りながら、タロウは詩季の照れ顔を味わった。
会計後、レジ横の通路から隣の雑貨屋へと渡った。
「大人が来る場所かな」
ゆとりのあるディスプレイで、シックで知的な感じがする。気後れして、詩季にぴったりついていく。
「これ、響がしてた。彼女とお揃いで」
チャームの他にピアスやネックレスなどもある。シリーズの雰囲気に合わせたディスプレイで綺麗だ。アクセサリーへの興味の有無は置いておいて、出せない値段ではない。一応学生もターゲットの店なのだろうか。
「詩季はお揃い好き?」
「……好き」
耳がほのかに赤い。
「じゃあこういうの買う?」
詩季はタロウの財布に遠慮しているようだから、こちらから訊いてみる。
「タロウはこれ気に入ったの?」
「気に入った……? ううん、なんでもいいかな」
「じゃあ、野田と一緒はあまり」
「そっか。分かった」
他のアクセサリーに目を向けてみるが、高くて手が出せそうにない。そう思いながら見て回っているうちに、
「これ可愛い」
と詩季が指差した。
テーブルの上には、にぎやかな色が飾られていた。空豆ほどの大きさの小鳥たち。雑貨屋でよく目にするようなガラスの置物だった。
「本当だ。綺麗」
「これにしない?」
「そうだね」
こういうのでもいいんだ。鳥は好きだから、見ていて心がときめく。
「これがいい」
詩季と目を合わせると、微笑んでくれた。
「緑色の子がいいな」
以前、詩季が見つけてくれたセンダイムシクイの淡い色を思い起こす。
「この子とか?」
華やかな黄緑色のセキセイインコがいた。イメージした色とは違うが、光をさんさんと受けた葉っぱのようで綺麗だ。
「そうする」
「じゃあ、俺はこれ」
「その子もかわいいね」
詩季は同じインコで青色の子を選んだ。
手のひらに収まる小さな紙袋。それを傾けて、移動する重心で小鳥の存在を確かめる。
(いつも持ち歩けるように、何かに入れとこうかな)
大事にバッグにしまった。
*****
タロウは優しい。
窓際の席の彼に視線を送っていると、こちらに気づいて笑いかけてくれた。
(……好きだ)
同じ教室にいるジャージ姿の男子。詩季をどきどきさせる存在。
日曜日、恋人としてデートした時間を、詩季はいくらでも反芻してしまう。
――どこでもいいよ。
――詩季の行きたい場所でいいよ。
詩季のことをなんでも優先してくれる優しい人だ。
今週末は少し足を延ばして、野鳥の来る干潟に行く約束をしている。待ち遠しい。
金曜日の放課後、部活へ向かう途中、タロウが天気予報を見せてくれた。
「台風来そうだから、遠くはやめた方がいいかも」
「……そうだね」
詩季はがっくりと肩を落とした。
「図書館にする? 期末テストの準備もあるし」
会うことはできるようなので、気分が浮上する。
それと同時に、もう一つ選択肢が頭に浮かんだ。
「その……、俺の家近いから来ない? タロウがよければ……」
緊張するが、こういうのは勢いだ。
「いいの!?」
タロウは勢いこんで反応した。
「! あ、ああ」
「嬉しい!」
(喜んでくれた)
詩季はタロウの笑顔に幸せな気持ちになる。
「友だちの家初めてだ」
「
――……」
「ありがとう。じゃあ、部活頑張ってね」
いつも通り体育館の前で別れる。
「……ああ」
「また明日!」
上機嫌のままタロウは、詩季を残して去っていった。
*****