うたたねは君のとなりで 4
『映画、一緒にいかない?』
この一文を入力しては消す行為を、毎日繰り返している。
「うー……」
タロウはため息をついた。すでに今日は金曜日である。
バイト帰り、バスの外は夕闇で、窓は鏡になってタロウの悩み顔を映す。
メッセージをさかのぼると、宿題の答え合わせが一度と、最初の挨拶だけ。教室以上に仲良くなれる魔法のアプリではないらしい。
詩季のアイコンのくつしたおててが、彼の愛猫のものと訊けたことは収穫だった。
それ以外は、相変わらず彼をこっそり眺める日々だ。
ただ、眺めているうちに気づいたことがある。
(バスケ部の……山村くんと余所余所しい?)
同じクラスで詩季がよく一緒にいる相手だ。なんとなく詩季が遠慮がちになったように感じた。山村の方はあまり変化はなく、明るくにぎやかだ。
(気のせいかな。でも……)
頭を悩ますことが増えてしまった。
「猫になりたい」
何のアクションも起こせないまま、暗闇を進むバスに揺られた。
土曜日、惰性のように図書館に向かった。
読みたい本が決まり、どこで読もうか考える。今の時間は近所の人の散歩が多いので、見晴らし台もたまに人が来る。どうせ人がいるならと、館内のソファで読むことにした。
映画館のサイトをスクロールする。目的の映画の上映終了日はまだ記されていない。
いつもならすぐに本の世界に入り込むのに、今日はスマートフォンをいじってしまう。
そのため、受信の通知にすぐに気づいた。
(詩季だ)
心の準備をして、えいっとタップすると写真が表示された。優しい緑色の鳥が映っている。
探していたセンダイムシクイだ。
『今いる』
とメッセージが添えられる。どこかは後ろの林の雰囲気で分かる。丘陵を登った見晴らし台だ。
(見つかったっ)
タロウは立ち上がり本を戻す。だが、
(
――詩季と二人きり?)
そう気づいて硬直してしまった。
詩季から知らせてくれたのだから駆けつけていいのだろう。それなのに、余計な考えがタロウを逡巡させる。
「…………」
立ち尽くしている場合ではない。相手はどこに棲んでいるかもしれない野生動物なのだ。
あばらの辺りに手を置いて、タロウは深呼吸した。
(ここで見失ったら、また探すの大変だ)
そこまで珍しい鳥ではないようだが、タロウには縁がなかった。
(……行く)
一年間続けた趣味が、タロウに行く理由をくれた。
丘陵に着いて、耳を澄ませる。他の鳥の鳴き声が遠くに聞こえるだけだ。
(遅かったかな)
それでも走るわけにはいかず、タロウは静かに坂を登った。
どきどきした。
昼寝場所でなんとなく始めた趣味なのに、気づけば結構な数を写真に撮り、掲示板に記された鳥は残り一羽だ。そして自分一人で満足するはずだったのに、一緒に探してくれる友人がいる。響には教えた覚えはあるけれど、興味は持たれなかった。
詩季だけが
――。
木々のトンネルを抜けた見晴らし台。
そこで待っていた詩季が微笑みかけてくれた。
(
――あ)
口を開きかけたタロウ。静かに、と詩季が自分の口に指を当てて、その指がそっと向けられた枝に、探していた鳥がいた。
すぐに姿を捉えられる距離。音を立てないよう慎重にカメラを構える。自然光が林の中をふわりと照らしていて、緑色の羽の鳥は、魔法のように美しく写真の中へと収まった。
一安心して、詩季とお互い近寄る。
「かわいいね」
「うん」
小声がくすぐったい。
その子が飛んでいくまでの短い間、詩季と並んで眺めていた。
「コンプリートだ」
鳥が去った見晴らし台で、タロウは感嘆の声を上げる。掲示板に載った全ての鳥の写真が揃ったのだ。
「良かったね」
詩季の穏やかな微笑みに、
「ありがとう、詩季」
タロウも満面の笑みを返す。
ベンチに座って、今撮れた写真と他の写真も見せた。
「最初はこの子、ノビタキが気になって探しはじめたんだ。響と名前が似ているのに可愛くって」
「ん……?」
詩季は首を傾げた。
可愛いのに、この黒白模様。
最初の撮影日は去年の今頃。野鳥観察が趣味の知り合いはいないので、長かったのか短かったのかはよく分からない。
タロウが一人で始めた趣味だけど、
(神様、何かご褒美ください)
と願いたくなった。
(ご褒美は……)
最後の一羽を見つけてくれた詩季は今、目の前で楽しそうに写真を眺めている。
(勇気がいい)
彼ともっと一緒にいたい。
「詩季」
「何?」
顔を上げた詩季が眩しくて頬が熱くなるが、
「やっぱり一緒に映画いきたい」
緊張を振り払って誘う。どきどきと返事を待っていると、
「俺も、タロウとがいい」
詩季はとても嬉しそうに応えてくれた。