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 4. 魔妖 2






 浮遊感。
 衝撃とともに地面へと着地した。
 着地するなり、祈の体にはまた引っ張られる力が掛かる。

「ここは……」
 直前までいた橋ではない。だが、公園の中……。晶と歌ったベンチの前だった。

「なんだっ? 着物の妖の力か?」
 尻もちをついた理が起き上がると、消えていたエイとビビが投影機に映った。

『瞬間的に三百メートル移動した。間にたった二秒の通信途絶を挟んで』
『すごいっ。これは捕獲して調べなきゃっ』
 車の重量と生きている人間をワープさせたのだったら大発見だ。単純に高速移動だったとしても何の設備も加速もない状態で小型旅客機並みだ。条件によってはもっとスピードアップするかもしれない。

「待ってよ。水の妖は?」
『今は祈と小袿の妖だ』
『水の妖の方は対策なしじゃ無理だもん』
「分かった」
 理はうずくまっている祈に向き直る。

「…………」
「うう……」
 晶に睨まれて、理は怯んだ。

「早くしないとまた人に見られる。ああ、人影が……」
『人ではない』
 よく見ると、周りの人影は青一色の光のシルエットだ。理のレーダーによって可視化された幽霊か何かだった。

「ひぃっ」
『なぁに? いまさら』
「現代人の幽霊は何となく嫌じゃないかぁっ」
『ふーん。……あ、警察が到着したみたい。橋が壊れているのを見て、公園内の捜索は慎重になってるよ。避難を優先させてる』
 通信傍受か、それとも社長室のメンバーが駆けつけて報告してきたのか、ビビはそう言った。

『脱出経路が塞がれる前に捕獲しろ』
「簡単に言って……。この子供、子供の動きじゃないからね!」
『だが先程から、威嚇ばかりでこちらを害する気配はない』
「……!」
 晶はぐっと唇を噛む。

『所詮子供だ。平坂、武器も持ってきただろう。使え』
「子供相手の威力じゃない。どうなるか……」
『構わない』

「晶、逃げて……」
 晶一人なら、この場から去ることは容易い。

「祈っ? 大丈夫。もう少ししたら助けが来る」
「僕は酷いことされないから。代わり……、もういないって言ってた……」
「閉じ込められるだけで酷いことだ!」
 晶は祈を後ろにかばい、動こうとしない。

「晶、お願い―!」


 その時―、百メートルほど離れた向こう岸が光った。
 同時に街灯が一気に消える。

「停電?」
『!』
 対岸で稲妻が走り、次々に明かりが消えていく。


―シーカ』
 エイが呟いた。彼の像に、一瞬ノイズが起こった。

「あれ、シーカがやっているのかい?」
『んん? 急にショートしたことしか分からないよ?』
 ビビの方は状況を把握できていないようだ。エイと同じく向こう岸の様子を通信で覗いているのに。

 ――――ッ。
 機械が擦れるような、いや、獣のような唸り声が響いた。

「……本当だ。あの時も聞こえた声だ。湾岸が行動圏なんだろうけど、こんな時に……」


『祈、歌うんだ』
 エイが命令した。

「え……」
『こちらの岸にあいつを呼べ』
「やだっ……」
 水の妖に襲われたり取り憑かれたりしたのは、”歌”のせいと祈も理解した。歌いさえしなければきっと今頃は、晶と共に駅に着いていた。

「エイ、何言ってるんだい? まだ着物の妖が何を仕掛けてくるかも分かっていない。牢が足りなくなったらどうする」
『シーカが優先だ』
『どうして? 価値が高いのは小袿の方でしょ』
『祈に取り憑いているだけで、牢に動きを封じられても抵抗の様子さえない。祈を捕獲すれば牢を使わずともついてくるだろう』
「そんな。予測でしかない……」
『転移能力がある妖が牢から出られない、というのも予測だ。なら二度目の遭遇であるシーカを優先してもいいだろう。……さあ、祈』

 睨みつけて黙ったままの祈。
 エイはさらに言葉を重ねる。

『歌え。そうすればその子供のことは忘れてやる』
――――」
 もしかしてここで逃げ切っても、ミサキは晶を狙い続けるのだろうか。子供を幽閉するような大企業が……。
 祈の顔は青ざめる。

「歌えば……」
『ああ。その子供に危険はない』
 歌えば危険はない。じゃあ、歌わなかったら……。

 晶は祈をかばう位置で背中を見せている。

「祈……、歌って」
 感情の読めない声で言った。

―……」
 祈は、意外に思った。けれどすぐ、

「分かった」
 と受け入れた。

 牢の影響を受けながら、祈はなんとか状態を起こす。立ち上がることはできず座った。
 体の重さをこらえながら、声を出す。

 ♪―……、♪……、―……

 歌が、楽しくない。


 ピリッと、空気が張り詰めた。
 光の塊が、こちらに向かってくる。

「来た! シーカだ!」
 理は牢の出力を上げる。

 ―晶は、今度は見逃さなかった。

「待ってた!」
 理の懐に入り込み、牢の出力を理が動かした方とは逆……、最低まで下げると、

「だあッ!」
 調整レバーを鉄の棒で突いて壊した。
 祈の体ががくんと軽くなる。

「動ける!」
 牢の影響が収まったのだ。

「レバーが……。くっ、……だめだ! 動かない」
 理はレバーを引っ掻くが、硬く埋め込まれてしまっている。
 その間に、晶は祈のところに戻った。

「晶、すごい!」
「ごめん。どこを操作するのか分からなかったから、あいつが操作するの待ってた」
「大丈夫!」
 歌うことで状況が変わり、理の装置を動かす。晶はそれを狙っていたのだ。
 祈は晶さえ助かれば良かったが、晶は祈ごと助けてしまった。

「本当は、祈が歌いやすいように歌う前に少し軽くすると思っていたのに。あいつ、そのまま歌わせた……」
 怒りの籠った声で愚痴を言っている。

「行こう!」
「じゃあ、乗ってっ」
 祈は晶の背中に、再び飛びついた。

 だがそこに、雷撃が襲う。

「祈、体丸めて!」
 晶はとっさに祈を遠くへ突き飛ばし、自身も街灯の後ろに避けた。
 街灯が避雷針になったが、距離が近く、晶は完全には避けきれなかった。

「うわあぁ―!」
「晶ッ!!」
 かすっただけで、晶の体に雷撃が走る。

「晶っ!? 晶! 晶……!」
「……っ……」
 崩れ落ちた彼は、意識はあるが動けない。

 祈達と理達の中間で、眩しく光を放つものがある。祈は恐る恐る目を向ける。


 全身に雷を纏った巨大な獣。
 ―雷獣がそこにいた。


 レーダー装置の警告音が鳴る。

『シーカを捕獲だ! 牢を!』
「やってるよ……っ」
 理は工具で無理矢理牢の出力を上げた。装置が反応を返す。

「動いた!」
 エイが車を操作して、シーカへ近づく。祈は晶の下に潜り込んで背負おうとするが、晶のように立ちあがれない。このままではまた牢の影響下に入ってしまう。

 車はシーカと距離を取って止まった。

「効いてくれ……!」
 シーカの全身を包む雷が、車の方に吸われていく。

『また牢が壊れるよっ』
「大丈夫! 対策済みだ!」
 雷は車に入り込んだが、すぐに外へと放出された。装置や車に影響が出ないように上手く放出するようになっている。

「雷はいらない。光速移動はしていなかったから、雷そのものというわけではない。多分体を包むただのオーラ。本体は別のはず!」
 バリバリと辺りに光を撒き散らし、シーカが纏っている雷が薄まっていく。

「本体が見えるぞ……」
 可視化装置は上手く働いているようだ。目映い雷の向こうに、隆々とした獣のシルエットが見えた。

「これが、妖なのかい……?」

 シャープな流線形。人工的な球形の関節。
 レーダーが結ぶ映像はそこまで表現しないが、鏡面のように光を反射してもおかしくない平滑な肌。……いや、装甲だった。

『ロボットみたい』
『…………』
 妖というより、機械獣だった。

 口は狼を模しているように裂けて牙を見せている。四つ足なので体も狼かと思えば、姿勢は兎か猿のようで、二本足で立つこともできそうだ。

 目はフェイスシールドに覆われている。
 その部分が一瞬、赤い光を放つ。

「今のはおそらく、シーカ自身の光だ」
 目の位置に二つ。その両サイドに少し小さいのが一つずつの計四つ。あれが目だろうか。
 取り除かれた雷はシーカ自身が生み出せるようで、いまだピリピリと体の表面を走っている。まるで逆立つ毛のようだ。

―回収しろ』
 牢の最大限の出力でも、シーカを問答無用で引きずることはできなかった。だが確実に動きは重くなっている。

『理っ。武器を!』
「ああ!」
 理が車の奥に手を伸ばす。


 その時、センサーの方が警告音を立てた。

「へっ」
 Aクラスのランプの、二個目が点く。
 けたたましい水音が近づいてくる。海上に目をやると、遠くからも見えるような飛沫が、こちらに猛スピードで向かってきているのだ。水の中に何かいる―。

「うわぁっ! もう、今日は勘弁してよっ……」

 大きな水柱を立てて、モーターボートが列になって飛び上がる。

 ―再び水の妖が現れた。

 シーカはそちらを向く。
 水と鉄塊でできた巨体が、空高く舞い上がっている。

 ―シーカはそれを威嚇と取った。
 自身よりも体を大きく見せる妖に、本能が敵愾心《てきがいしん》を燃やす。


 ――――――!!!


 雷撃が放たれ、水柱に落ちた。海上に広がり、辺りが真っ白になる苛烈な稲妻。

 ッ……―……

 光がやみ、祈達は薄目を開けた。

 直撃した水の妖は、ぐらぐらとよろめいている。

「あれだけの雷で、まだ形を保って……」
 と理が驚愕したと同時に、

 ――――!!!
 シーカはその巨体で弾丸のようなスピードで体当たりした。
 焼け焦げた船と水の大蛇は、その尾まで空中に曝け出し、遠くへと飛ばされた。

「相性もあるだろうけど、圧勝したね」

 理達が手出しできないと判断した水の妖。
 その巨体は、音の聞こえないほど向こうで落下し、水柱を高く高く上げた。


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