Index|Main| Novel|Cappuccino | フォントサイズ変更 L … M … D … S |
◇◆ Cappuccino Kingdom ◇◆
|
|
隣国の姫君であり、カプチーノ国王子の婚約者であるベルの行方が、プツリと途絶えて早一年半。
皆の焦りと苛立ちが、限界に達する頃に訪れた朗報。 大理石に覆われた、ここカプチーノ国の謁見室は、主従の者たちの慌しい動きに包まれていた―― 臙脂色の絨毯が敷き詰められた階段を、優雅に駆け下りる男が一人。 セーブルの毛皮を身に纏い、オーストリッチの手袋をはめるカプチーノ色の肌をしたその男は、謁見室に飛び込むと、 今にも大臣に掴みかかりそうな勢いで言葉を吐いた。 「ベルが見つかったというのは本当か!」 その男よりも数段背の低い大臣は、両手を頭の高さまで持ち上げて、仰け反りながらその答えを告げる。 「いえ王子、正確には見つかったではなく、王の予言というだけで……」 「そんなことはどうでもいい。ベルはどこに居るんだ!」 人差し指で大臣の胸を突き刺して、長くなりがちな話を強引に切り上げる男。 そんな男の行動を熟知しているように、大臣がおずおずと答えた。 「そ、それが、人間界に転生されたようでして……」 「転生だと? 人間界? なぜそんなところにベルが居るんだ!」 八つ当たりに近い衝動を、その男は爆発的に大臣へとぶつける。 大臣は既に目を閉じていて、これから起こり得るであろう事態に備えて固まった。 けれどそこに、男にとっては思わぬ邪魔が入る。 「あなたが強引すぎて、逃げ出したんじゃないの?」 トランプの中から抜け出したかのような、衣装と威圧感を漂わせる女性がどこからともなく現れて、そんな男の行為を止めた。 「母上!」 大臣の胸から手を離し、女性の方へと向き直る男が眉根を寄せて声を荒げれば、 重苦しい溜息をつきながら女性が切り出した。 「どうせまた、マキアート国あたりから、妖しげな媚薬を取り寄せたりしたんでしょ?」 「な、なぜそれを……」 「やっぱりね。その強引でワンマンな性格を直さないと、ベル姫は二度と帰ってこないでしょうね」 「ベルは俺のものですから、俺がどう扱おうと勝手です!」 数回のやり取りの後、たまらず眉間を数本の指で押さえ、ゆっくりと首を横に振り続ける女性は、 余りにも身勝手な男の言い分に、心底あきれ果てた様子でつぶやいた。 「ベル姫が、おまえの元から逃げた理由がわかるわ……」 「ベルは、俺から逃げたのではありません!」 「なぜそんなことが言えるのよ?」 「そ、それは、ベルが俺を好きだからです!」 スネークウッドに純銀の細工が施された美しいステッキを、手の中で幾度も回転させながら、訝しげに目を細めて女性が男を見つめる。 「では、おまえはベル姫のことを、好きでもなんでもないと?」 女性の威圧的な態度に怯むことなく、男がすぐさま言い返す。 「えぇ、当然です。名ばかりの婚約者に過ぎません」 その言葉を聞いて、女性がゆっくりと右側の眉だけを持ち上げる。 そして意地悪そうな微笑を浮かべ、顎を上に向けて虚勢を張り続ける男に言い放った。 「だったらいいのよ? 我が国の貴族にも年頃の姫が大勢いることだし、ココア国との取り決めなど破棄してしまえばいいのだから」 「ですがそれでは!」 たまらず声を張り上げる男をステッキで制して、全てを薙ぎ払うかのように振りかざす。 「向こうが勝手に居なくなったんですもの。こちらに落ち度はないわ」 自分の言葉に反して、肌に怒りの蒼い筋を立てる男が女性を睨む。 けれど既に勝敗はついていた。だから男は、溜息混じりに我を通す。 「とにかく、ベルを探しに人間界へ出向きますのでお許しを」 謁見室に備え付けられているロココ調の肘掛け椅子に、慣れた仕草で腰を下ろす女性が、立ち去ろうとする男を呼び止めた。 「丁度、人間界ではコーヒーブーム。あなたの働き口なら、沢山あるわね」 階段の手すりに手を掛けていた男は、その言葉に驚きの表情を露にしながら振り返ると、 足先を逆転させて、女性の前へと戻り進む。 「なぜ俺が働かねばならないのですか!」 「あら、カプチーノ国の王子なくせに、カプチーノを淹れることができないのかしら?」 「失敬な。そのくらい、目を瞑っていてもできますよ」 ステッキの柄で髪を梳きながら、空いた片方の手指をパチンと鳴らすと、傍で待機していた家来が、湯気の立つカプチーノを 女性に差し出した。 「もしあなたから逃げ出したのではなければ、あちらでバリスタとして有名になったあなたに、転生したベル姫が会いにくるんじゃない?」 「ベルを、おびき出すってことですか?」 「あら失礼ね、ベル姫は人間界の日本という国に、転生したとしか解っていないのよ? あちらとは、時間の流れが違うのだし、 ただ闇雲に探しても意味がないでしょ?」 女性はソーサーごとカップを受け取ると、その香りを楽しんだ後、そっとカップに口をつけた。 男は物思いに耽りながらその場に数分立ち尽くし、ようやく納得したように頷くと、 カプチーノを飲み続ける女性に向けて最後の言葉を放った。 「三ヶ月で、ベルを連れ帰ってみせましょう」 そして女性の返事を聞かぬまま、男は毛皮を翻しながら謁見室を後にした―― 「女王様、本当にあれでよかったので?」 「良い機会よ。あの子の、ベルちゃんに対する執着心はただの異常。本人がそれを自覚してないだけでね」 「王子がベル姫に好意を抱いているのは、誰が見ても疑いようのない事実ですからねぇ……」 「好意? そんな可愛いもんじゃないわよ。あんな想いを抱かれた女は大変よ。まったく、本当に父親そっくり!」 「女王様にそっくりだと思いますけどね……」 「あら大臣、何か言ったかしら?」 「い、いえ、滅相もございません!」 |
|
← BACK | NEXT → |
Index|Main|Novel|Cappuccino |