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◇◆ Cocoa Kingdom ◇◆
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ベルの父親であるココア王に、近況報告を兼ねた謁見を済ませて回廊に出た途端、
待ち構えていたアルファードに捕まった。
「ベルが発作を起こしたというのは本当か?」 さすがにこいつは耳が早い。 マキアート城での、ごく一部の者しか知らない情報を、既に手に入れているのには恐れ入る。 俺が衝動的に行動を起こすタイプならば、アルファードは緻密な計算を企ててから行動を起こすタイプだ。 だから至るところに情報網を張り巡らせていて、得た情報を元に戦略を立てる。 敵に回すと厄介だが、味方でいる分には最高のやつだと誰もが思うだろう。 こんなにも性格が違うのに、昔からアルファードとは波長が合った。 取っ組み合いの喧嘩をしたことは数え切れないほどあるが、それでも長く仲違いをしたことはない。 ベルが仲裁役を買って出ていたことも大きいけれど、それ以前に、アルファードを信用できるやつだと思うからだ。 だから極秘情報も、アルファードだけには漏らす。 そしてアルファードもまた、手にした情報を俺には告げる。そんな利害一致の関係だ。 「あぁ、すぐに落ち着いたけど、記憶の戻らない状態で、バールにこさせるのはもうヤバイな」 アルファードの問いに答えながら、共にココア城の回廊を歩み続けた。 けれど二手に分かれた場所まで辿りつくと、親指を立てたアルファードが、自室に繋がる回廊を指し示して俺を促す。 「一体、なんでそんなことになったんだ」 「バンバンが、何も知らずに力をガンガン使わせたからだろ?」 キャラバンは、鈴が夢を見ているだけだと思っていたようだが、実際はちょっと違う。 夢の世界とは別の、バールの世界に魂が彷徨っているんだ。 だからもし仮に、剣で鈴の身体を貫いたとしたら、夢とは違い、人間界での鈴も怪我を負うし、死にもする。 さらに、ただでさえ時の流れが違うバールで無理をさせれば、鈴の心臓は麻痺してしまう。 まったく、厄介なことをしてくれたもんだ。 よくもあれで、『大切なものを守れる男』だなんて、啖呵を切れたよな? そんな感じで、ブツブツと怒り復活中な俺に、自室の扉を閉めたアルファードが切り出した。 「それだけじゃないだろ、エースお前、何を隠している?」 アルファードの言う通りだ。 実際、あの程度の無茶ならば、鈴はあそこまでの発作を起こすことはなかっただろう。 人間界に戻って眠りから覚めた後、身体が重くだるい程度で済んだはずだ。 なんで鈴があんな発作を起こしたのか? それは、相当な負荷とショックを与えられたからだ。 前世の記憶を、映像で垣間見てしまったとか、強烈な記憶を思い出したとか、きっとそんな感じだ。 どちらが先かは分からないけれど、そこに棺に収まるハープを見てしまったショックが加わる。 だからあれほどの激しい発作を、起こしてしまったに違いない。 けれどそれを、アルファードに告げていいのかは、この俺でも躊躇する。 ハープが仮死状態にあるということは、極秘中の極秘情報ではあるが、それ以前の問題だ。 それでもこいつのことだ。自分が納得する見解を聞くまでは、俺を解放してくれないだろう。 俺のためにカプチーノを運んできた従者が、扉から姿を消したことを見届けて、ようやく重い口を開いた。 「バンバンが鈴にテレポートを促した先は、マキアート城だった」 ただそれだけで事の次第を把握したアルファードが、眉間を指で押えながら重苦しくつぶやく。 「ハープか……お前、ハープに会えたのか?」 最後までどうするか悩んだ末、結局真実をアルファードに告げた。 「ガラスの棺に入ってた。人間界で鈴が言っていたけど、死んでるんじゃなくて、眠っているだけだそうだ」 「……そんなことになっていたのか。道理で逢えないはずだ」 アルファードが、ハープと逢瀬を繰り返していたのは知っていた。 ヤってたのか、ヤってなかったのかまでは知らないが、互いの想いが通じ合っていたことは確かだ。 もし俺が、アルファードの立場だったらどうだろう? 好きな女がそんな目に合っていることを、知りたいか、知らずにいたいか…… 俺なら迷わず前者を選ぶ。そして自ら打開策を練るはずだ。 ま、俺には好きな女などいないけど。 結局、些細な情報、不確かな情報の全てをアルファードに告げる道を選択した俺は、 人間界に戻った鈴から聞いたことまでを、包み隠さず吐き出した。 「鈴はそこで、何か相当なショックを受けたんだ。お前の肖像画がどうのこうの言ってたけど」 「俺の?」 「あぁ、何でも宝物をなくしたハープが眠り姫になっちゃって? その宝物がないと、ハープは目覚めないとか?」 「その宝物が、俺の肖像画だと?」 そこまで話が進んだところで考えた。 鈴はそう言っていたが、キャラバンは違うことを告げていたような? けれどあのときは頭痛が酷くて、キャラバンの話を半分しか聞いていなかった気もする。 だからアルファードには、これは不確かな情報だと踏まえさせたい。 「鈴はそう言ってたが……バンバンをとっ捕まえて、吐かせたほうが早いんでないの?」 「あぁ、言われなくてもそうするよ」 俺の言葉に即答するアルファードの瞳が鋭く光る。 良かった俺、キャラバンじゃなくて…… 「問題はそれじゃないな。人間であるベルが、無意識にバールに来てしまうことを止める手段だ」 ハープの話にひと段落ついたところで、ようやくアルファードが本題に入った。 そして徐にテーブルの上に置かれた果実を掴み取り、宙に放りながら対処法を切り出す。 「結界を張るか。だが俺には、そう広範囲は無理だ」 「それって、どのくらいまで可能?」 「お前の部屋の中が、精一杯だよ」 マキアート国が媚薬の国なら、ココア国は癒しの国だ。 薬ではなく、『気』のようなもので、病気や怪我の治療を施す。 人間界でも、その手の治療方法は沢山存在するが、ココア国の場合はそれと少し違う。 まじないと、気を融合させたような、魔術に近い術を心得ている。 だからベルの近くにいれば俺の頭痛が治まるわけで、アルファードと一緒に居ても、当然頭痛など起こらない。 ココア王ならば、街ほどの大きさの結界を張れるだろう。 きっとあの人のことだ、娘のためなら、頼めば喜んで力を貸してくれるはずだ。 けれど、ただでさえ忙しい王を、そこまで巻き込みたくはない。 ましてそんなことが、我が国王にバレた暁には、恐ろしいほどどやされるに決まっている。 仕方がない。アルファードのちみっこい結界で我慢するか…… 「仕方がない。鈴を俺んちに越させるか……」 溜息混じりにつぶやいたにも関わらず、片方の眉毛をグイっと持ち上げて、アルファードが言い返す。 「仕方がないと言う割に、なぜだか嬉しそうだな?」 どこをどう見たら、嬉しそうな顔に見えるんだ。 意に反したそんな言葉を投げかけられて、俺まで眉毛が持ち上がる。 「なにを言っているのかねアルファードくん、仕方がないのは、仕方がないのだよ」 「お前はその言葉を、全く違う意味で使うからな」 「は? そのまんま仕方がないという意味だろうが?」 「そうだな。俺も仕方がないから、お前と親友で居てやるよ」 「なんかそれ、めっちゃくちゃムカツクんですけど?」 いつまでも続きそうなそんな馬鹿げた会話を、またもやアルファードが切り崩す。 「それよりも、妙なことがあるんだ」 「またかよ? 今度は何!」 いい加減にしてくれとばかりに返事をすれば、本当に妙なことを言い渡された。 「ベルの人間界の両親なんだが、全く気配がないんだ……」 「気配が無い?」 「あぁ、人間界の戸籍には、ちゃんと名が記載されているんだが、調べても調べても、顔の確認が取れないんだ」 アルファードに、そう言われて考える。 転生したベルを見つけてから、何度も鈴の家にコッソリ足を運んだが、確かに俺も鈴の両親に出くわしたことがない。 「そういや、俺も見たことないな。両親は共働きだと、鈴は言っていたが……」 意味もなく天井を見上げながらつぶやけば、何やら資料らしきものを取り出したアルファードが言い出した。 「でだ、どうも気になったものだから、ビオラの人間界の両親のことも調べてみたんだ」 「ビオラの両親も、やはり確認できなかったのか?」 差し出された資料を受け取りながら適当な予想を告げれば、資料の中身を見ろと仕草で訴えるアルファードが、 おかしなことを言い放つ。 「いや、こっちはバッチリ確認できた。ただ、人間界のビオラの母親は、グランドの乳母なんだ」 資料をめくる手を止めて、悠長に足を組みかえるアルファードを見据え 「おい、まさか、ビオラの父親は、グランドの侍従だなんて言わないだろうな?」 嫌な予感をそのまま告げれば、甘ったるそうなココアを啜り上げるアルファードがサラっと答えた。 「そのまさかだ」 アルファードがこれまでに調べた資料内容を、隅々まで確認する。 「エスプレッソは、全て知っていたからこそ、ビオラを探さなかったんだな?」 「そういうことになるな。しかもビオラの家は、人間界で超がつく金持ちだが、ベルの家は一般家庭だ」 「なんだその差っ!」 つい向きになって文句を叫ぶと、面白そうに歪むアルファードの顔。 だからついついまた、言い訳がましい言葉を吐いた。 「べ、別に俺は、ベルが可哀想だとか、そんな意味で言ったわけじゃないからな?」 ところがそんな俺の台詞など、聴こえなかったとばかりに、アルファードがシレっと話を切り替える。 「ビオラの転生は、エスプレッソにとって、予想外のことだったんじゃないかと思うんだ」 「なんでだよ?」 「最初にビオラが転生した家は、一般家庭だったからさ。それがどういうわけか、養女として今の家庭に引き取られた」 アルファードの推測が正しければ、マキアート国は、ただ巻き込まれただけになる。 しかも巧妙に仕組まれた罠で、罪の全てをマキアートがかぶる算段だ。 キャラバンは何かを知っているだろうが、あれ以上は口を割らないだろう。 とすると、残るのはあいつだけだ…… 「グランドが何かを知っているはずだな。アル、グランドのアホは頼んだ」 「それは構わないが、お前が自ら手を下さないだなんて、珍しいな?」 別にベルの、鈴の告白があったからじゃない。 さも俺がハープのことを好きだっぽく、勝手な嘘を言われたことに腹を立てているだけだ。 しかも、このアルファードと、ハープを取り合っているとまで言われたんだぞ? 何度も言うが、俺はハープのように繊細すぎる女は苦手だ。 ということで、そういう経緯にて、俺はグランドに相当腹を立てている。 「今グランドに逢ったら、息の根を止めてしまいそうだから?」 「それは俺も同じだけど?」 「それはよくないだろぉ? 仮にも未来の義理兄だぞ? お兄様と呼んで、親しくした方がいいんでないの?」 失笑を漏らしながらソファーの背に凭れ掛かり、ここぞとばかりに嫌味を吐いた。 ところが、俺よりも数倍汚い失笑を浮かべたアルファードが、そんな俺に向かって言い放つ。 「何か忘れているようだが、俺もお前の義理兄になる予定なんだがな?」 「あ、そ、そうでした……」 |
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