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◇◆ Rocking horse ◇◆
「うぅー」
「そんな声で懇願しても、ダメなものはダメ」
 コバンザメの如くアイちゃんの胸に張り付いて、起き上がるもんかとしがみ続ける私を、アイちゃんが意地悪く窘めた。
「いつも鈴ちゃんばっかりずるいでしょ?」
 ちょっとふて腐れたようにつぶやくアイちゃんが、私の肩をガシっと掴んで強引に押し上げる。
 途端に突き抜ける快楽と、恥ずかしさに悲鳴を上げた。
「あぁっやぁっ!」

 ベッドランプではなく、白光灯が煌々と灯っちゃっている部屋の中。
 毛穴まで見えちゃいそうな明るさの中、身に纏うものひとつなく、私はアイちゃんの上に跨っている。
 これ以上の拷問はないと思う。
 魔女狩りだ、晒し首だと文句を言ったところで、アイちゃんがやめてくれるはずもなく、 消防車のサイレンなみに、ウーウー言い続けて数分が経つ。

「乗馬と一緒でしょ。馬の動きに合わせて、自分も上下に動くだけよ?」
 アイちゃんはお気楽にサラっとそう言うけれど、乗馬は裸じゃ乗らないはずだ。
 まして乗馬には、思わず叫んじゃうような、こんな気持ちのよさもないはずだ。
「はい、僕の腕が手綱ね? これに掴まって」
 とりあえず差し出されたアイちゃんの手を握り締めてはみるものの、マジマジと見つめられちゃっているから動けない。
 だから繋いだ手を離して両腕で貧弱な胸を隠すけれど、アイちゃんの手がそれを掴んで下ろさせた。
 動かない私に苛立って、アイちゃんが下から突き上げるたび、小さな胸がフルンと揺れる。
 その揺れる感覚が余りにも恥ずかしくて、結局また崩れ落ち、アイちゃんの胸にへばりつくの繰り返しだ。

「もう、鈴ちゃんは」
 そう言いながら、アイちゃんが反動をつけて、私もろとも起き上がる。
 今の私は、アイちゃんに跨りながら膝を折り曲げ、まるで正座でもさせられちゃっているような体勢だ。
 アイちゃんの上に乗っているから、私の座高の方がちょっとだけ高い。
 だからきっとアイちゃんの視線の先は、私の胸のドアップに違いない。
 そんな恥ずかしいことは回避したいから、アイちゃんの首に腕を回し、これでもかってほどきつく抱きついた。

「無駄なあがきをしても無駄」
 当たり前な言葉を平然と囁くアイちゃんが、私の腰を掴んで上下に揺すり、さらに下からガンガン突き上げる。
「んあっ、やっ、やっ…んぁっ…んぅっ」
 跳ね上がった身体が着地するたび、頭のてっぺんまで一気に電気がビビっと流れ、それと同時に声が漏れた。
 ガウンガウン身体が揺れて、首にしがみついていた腕がツルっと外れるけれど、 それでもアイちゃんは動きを止めてくれないから、行き場のなくなった両手の甲で、顔を隠しながら仰け反った。
「やめっ、はずっ、あっ…やっ、んっ…あぁっ」

 ところが、それだけじゃ終わらないのはアイちゃんで、仰け反る私の身体に新たな刺激が舞い込んだ。
「ぬわぁんっ」
 たまらず変な叫び声を上げながら、刺激が与えられているであろう部分を思わず見下ろすと、 アイちゃんの真っ赤な舌が、チロチロと私の胸の先端を舐めているのが見えちゃった。
 見なければよかった。なのに見ちゃったら、もう目が離せない。
「にゅあっ、あっ、やぁっ、めっ、んぁぁぁっ」
 目を閉じて、とってもおいしそうな何かを舐めているようなアイちゃんの顔。
 さらにその艶かしい舌の動きがたまらなく、恥ずかしさと興奮度が二十パーセント増量中!
 でもこれは、決してお買い得じゃない。何度も言うけれど、これは拷問だ。
 キュラレストスマイルで繰り広げられる、列記としたアイちゃんのおしおきだ――

               ◆◇◆◇◆◇◆

 アイちゃんと一緒に部屋へ戻り、制服から部屋着に着替えたところで、アルが坂東さんとともにやってきた。
 話し合いのお邪魔になっちゃいけないと自室にひきこもっていたけれど、そんな私をアイちゃんが呼んだ。
「鈴ちゃん、特製ココアが入荷しました」
 ココアとあっちゃ、無視できない。
 アイちゃんと出会う前までは、ココアにこだわりなどなかったけれど、そのおいしさを知ってしまった今は、 どこぞの評論家なみに小うるさい私。

「どこのココア? ブーンストラ?」
 居ても立ってもいられず慌てて部屋を飛び出せば、アンティーク家具が似合っちゃう男性三人組が一斉に立ち上がる。
 その光景に、一体何事だと固まったけれど、可笑しそうに笑うアルが空いた席をそっと手のひらで勧めた。
 戸惑いながらもおそるおそるリビングを進み、私がそこに腰を下ろしたことを見届けると、ようやく男性陣が腰を下ろす。
 きっとこれはまた、ヘンテコ仕来りに違いない。
 さらにこの三人は、ジェントルメンクラブの会員に間違いない……

「ブーンストラじゃないよ。ベルが一番好きな銘柄だ」
 含み笑いを漏らしたアルが、そう言いながら私に小さな木箱を差し出した。
 木箱の中に納まった金色の缶。その缶に貼られた茶色のラベルには、盾の形をした獅子の紋章が描かれていて、 さらにその紋章の下に、小さく『Bell brand』と添え書きがされている。
「ベルブランド?」
 見るからにとても高級そうなココアだけれど、そんなブランドは聞いたこともない。
 ココア歴が浅いから知らなくても当然とはいえ、ココア通を気取る私は不満気だ。

 訳知り顔のアルが、優しく微笑みながら私に告げる。
「飲めば分かるよ。俺にもそれで、ココアを作ってくれるかな?」
「あ、うん。私でよければ」
 ちょっと照れながらそう答え、缶を手にして椅子から立ち上がった瞬間、またもや男性陣が一斉に立ち上がる。
 マンションの管理人である豊田さんから、紳士淑女マナーの講義を受けてまだ三日。
 多分これはきっと、何かのマナーなんだと思いつつ、なんでみんなが立つのかが分からない。
 だから明後日の方向に目を泳がしながら、ボソボソつぶやいた。
「えっと、その、ココアを作ってきます……」
 すると全員が一度だけ頷いて、またゆっくりと腰を下ろす。
 そんな男性陣を背中に、そそくさとキッチンへ向かいながら、頭をコキっと捻る。
 これは速攻でメモだ。後で豊田さんに、ちゃんと訳を聞かなくちゃ……

 ココアとお砂糖の量は、一対一が一番好きだ。
 その二つをミルクパンに入れ、ちょっとの牛乳でペースト状に練り上げる。
 練りあがったそれを、火にかけながら牛乳で溶かし伸ばしていくのだけれど、その火加減が難しい。
 牛乳が沸騰したらアウトだ。だから直前で火から下ろす。
 だなんて誰でも簡単にできることを、誇らしげに唱えながら、鍋をかき回し続ける私。
 そんな私の耳には、当然三人の会話など聞こえない。

「なっ、なんですかその喋り方!」
 坂東さんが、アルかアイちゃんに向かって声を荒げているけれど、立ち昇るココアの香りに胸がいっぱいでそれどころじゃない。
 このココアの香りは素晴らしい。匂いだけでジンとくる。 と思う……
 フンフンと芳しい匂いを嗅いで、早く飲みたくてウズウズしながら、ココアの入ったカップを手にリビングへ戻る。
 私がリビングへ足を踏み入れた途端に、またもや三人が一斉に立ち上がったけれど、こういうものなんだと心に決めて、 気にすることをやめにした。

 アルにカップを手渡した後は、ココア飲みたさに、いそいそと自室へ引き上げた。
 予想通り、このココアは最高だ。口の中がとろけちゃうほどまろやかだ。
 バリスタであるアイちゃんが、このココアを淹れてくれたなら、こんなもんじゃないほどおいしいだろう。
 話し合いが終わって二人が帰ったら、速攻でアイちゃんにお願いしよう。
 そんなことを考えながら、カップ片手にマンガを描き始めた。
 ヘンテコな夢を見るようになってから、怖くて描くことをやめていたけれど、最近はその夢を見ることがない。
 だから、もう大丈夫だと自分勝手に納得して、昨日から描くことを再開した。

 マンガの世界はやっぱり楽しい。
 今日は、ハープと二人で湖に遊びに行ったという設定を描こう。
 鼻歌交じりにペンを動かして、想像した湖を描いていく。
 けれど何ページか書き終えたところで、パチンという音とともに眩しい光が飛び込んできた。
 瞳孔がギュっと縮まって、思わず目を伏せたところで、呆れた感じのアイちゃんの声。
「鈴ちゃん、もうみんな帰っちゃったよ?」

「え? あ、いつの間に?」
 アイちゃんの言葉に驚いて辺りを見回すと、明るかったはずの日はトップリ暮れている。
 日が暮れたことにも気がつかないほど、没頭しちゃう自分が恥ずかしい。
 けれどアイちゃんが、もっと恥ずかしい記憶を呼び起こさせた。
「そんなことより、坂東さんが鈴ちゃんに告白したって本当?」
 その言葉で、頬がカッと熱くなる。人生初体験の告白シーンだったのだから、ドキドキしちゃっても仕方がない。
「う? あ、や、えっと、それはその……」
 だから、しどろもどろになりながら言い訳しようと試みたけれど、当然途中でアイちゃんに遮られることになる。

「ふーん。本当なんだ」
 ま、眩しい。眩しすぎる極上笑顔の到来だ。これはまずい。これはきっと――

               ◆◇◆◇◆◇◆

 アイちゃんの指と舌で絶叫マシンに乗せられて、叫び狂った後の火照った身体。
 気持ちはこのまま眠ってしまいたいと思うのに、身体はアイちゃんが欲しくて欲しくてキュンキュンしている。
 ところが、私の上に覆いかぶさっていたアイちゃんが、 私を抱きしめたままゴロンと転がって、これまたキュラレスト笑顔で囁いた。
「じゃ、今日は鈴ちゃんが僕をイかせてね」
「え、あ、アイちゃん? んっ、眩し……」
 枕もとのリモコンに手を伸ばし、部屋の電気をつけたアイちゃんが、 その眩しさに目を伏せた私の中へ、一気に固い塊を捩じ込んだ。
「電気は付けっぱなしにしようね。はい、じゃ頑張って」
「はぁぅっ」

 そんなこんなで今に至るのだけれど、恥ずかしさばかりがこみ上げるから、これは拷問だと断言する。
 それでもアイちゃんの肩に掴まりながら揺れ動き、弾け飛んじゃう私はどこかがおかしいんだ――

「やっ、あっ、んっ、あっ、イっ、イっちゃ…んぁっ」
 胸に吸い付いていたアイちゃんが、不意に私の唇を求めて顔を上げた。
 揺れ動きながらも迫る唇を受け入れて、無我夢中でそれに答えれば、アイちゃんが私の口の中へ囁いた。
「あぁ…鈴ちゃん…気持ちいい……」
 その囁き声に、たまらなく身体がキュンとして、恥ずかしさよりもアイちゃんが感じてくれていることの嬉しさが上回る。
 私が動けばアイちゃんが感じてくれる。もっともっとアイちゃんに感じて欲しい……
 そんな想いから、少しずつ動き出す私の腰。そして身体が上下するたびに、アイちゃんがそっと声を漏らす。
「んっ、鈴ちゃん…あ、んっ……」
 溜息のようにそっと吐き出されるその言葉に、私の興奮も高まって、クチュクチュと音を立てながら激しく腰を動かした。

「あっ、鈴ちゃん…イッちゃう……」
「やっ、ダメっ、イッちゃダメ」
 いつもとは、全く反対の優越感。
 アイちゃんを征服しちゃったようで、なんだかとっても心地がいい。
 ところが、後一歩でテッペンだという時に、アイちゃんが強引に私の動きを止めた。
「んっ、あっ、あっ…あっんぁ…あぁぁっ…うぅ?」

 目を大きく開いてアイちゃんを見つめれば、これまで以上にキラキラしているアイちゃんの瞳。
「鈴ちゃんこそ、イッちゃダメでしょ?」
 そしてとっても爽やかな笑顔を浮かべて、アイちゃんがシレッとサラッと言い放つ。
「もう恥ずかしくないよね。じゃ、ここからが本番ね?」

 やられた。騙された。
 気持ちいいって囁いた全てが、演技だったに違いない。
 でもアイちゃんは、嘘を言っていない。
 今日の夜は本当に、相当長くなりそうだ……
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photo by ©あんずいろ