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◇◆ Royal princes ◇◆
「バンちゃん、僕の鈴ちゃんに、チョッカイをだすのはやめてくれるかしら」
 鈴に聞かれていることを想定して相坂モードで切り出せば、キャラバンは口をかっぴろげて固まり、 アルファードはココアに咽て、咄嗟に鼻の下を指の腹で押えた。
 鼻からココアを垂らすアルファードを、ちょっと見て見たいと思いつつ、崩れることのない笑顔でキャラバンを凝視する。
 すると気を取り直したキャラバンが、なぜか心を改めたように切り出した。
「話は大方、ここに来る途中で、アルお兄さんから伺いました。軽率な真似をしたと反省しています……」
 その言葉で、さらにココアに咽たアルファードが、紳士らしからぬ咳き込みを繰り広げる。
「ゲホッ ゴボッ ゴホゴホゴホッ……」

「鈴ちゃんのお兄さん良かったですね。こんなに可愛らしい弟さんができて」
 余りにも面白すぎて、眉毛がヒクヒクと動いてしまうのを止められないまま、にこやかにそう告げたけれど、 そんな俺を睨みつけながら、アルファードが文句を言い放つ。
「バンバンよ、俺はいつからお前の兄になったんだ?」
 ところが、そんなアルの質問には答えることなく、バンバンが相坂を真似た声のトーンで切り返す。
「アイちゃんにも、本当にご迷惑をおかけしちゃって……」
「ブファッ!」
 ということで、今度は俺がカプチーノを噴き出した――

 鈴の人間界での両親役が、エスプレッソの関係者だと判明したのが一週間前。
 つまりエスプレッソは、ベルとビオラが転生する前から、その居場所を知っていたことになる。
 ベルが媚薬を使って転生したのであれば、マキアートの王子であるキャラバンが、その媚薬の香りを辿り、 ベルを探しだしたことには納得がいく。
 それでもその方法は、俺の国が予言で探し出したことと、そこまでの時間差はない。
 けれど、エスプレッソは武道の国だ。
 剣や弓、そんな戦いの能力はどの国よりも秀でているが、転生してしまった者を探し出すような特殊な能力はない。
 結局、全ての話を繋ぎ合わせてみれば、『ベルの転生は、エスプレッソが仕組んだこと』になる。

 このおかしなカラクリに気がついたのはアルファードで、例の如く、それはもう粘着テープよりもしつっこく、この件を調べ上げたに決まっている。
 そして自ら人間界へ足を運び、エスプレッソに対して恐ろしい重圧をかけた。
 そこで蜘蛛の子を散らすように、鈴を取り囲んでいた『エスプレッソ包囲網』が解けたわけだが、この話が終結したとは思えない。
 エスプレッソは今まで、鈴の動向を確認し続けていた。
 なぜベルを転生させる必要があったのか、これからどうするつもりだったのか……
 そんな策略の全てが明らかになっていない今は、 鈴をカプチーノ領に留まらせ、アルファードが結界を張り巡らせていたとしても鈴の身が危うい。

 そんな矢先に、キャラバンが鈴を連れ出した。
 キャラバンが、ベルを小さい頃から慕っていたことは知っている。
 さらに、俺に対して宣戦布告をした男だ。鈴を傷つけるような真似はしないだろう。
 それでもそこに、エスプレッソの者が現れたら話は別だ。あいつの武道の腕では、鈴をエスプレッソから守りきれない。
 こと人間界での俺たちは、バールとは違い、力を制限されて無力に等しいのだから……
 だからエスプレッソは、人間界を選んだのだろう。
 まじないも、気も、予言すら通用しない世界。腕だけが、まかり通る世界。
 隣国のどの国よりも、自分たちの力が一番発揮できる世界、それが人間界だからだ――


「それで、俺が鈴に想いを告げたところで、アルお兄さんが鈴を迎えにきたんです」
 俺の物思いを打ち破る、聞き捨てならない言葉がキャラバンから吐き出され、思わず素で文句を叫んだ。
「は? ちょっと待て、想いを告げたってなんだよ?」
 すると鈴っぽく両手をブンブン振りながら、キャラバンが必死に誤魔化しはじめる。
「ア、アイちゃん、いやだなぁ、言葉遣いが変ですよ? 俺はただ……」
「ふーーーーーん」

 信じられない。ベルを好きだと思う男が、存在すること自体ありえない。
 きっとキャラバンはアレだ、ハープという極上の美女を見続けすぎて、目の錯覚を起こしたに違いない。
 でも妙にムカムカする。鈴は、ベルは、どこをどう考えても俺のものだ。
 それなのに、俺のいない隙を狙って告白するのは、第一級の犯罪だと思わずにいられない。
 しかし、鈴はキャラバンに、何と答えたのだろう?
 その答え次第では、絶対に許さない。後で詳しく聞かせていただきましょう、ベルさんよ……

 キャラバンが話の展開を試みて、あの日、ベルとビオラが転生した日の出来事を話し出す。
「そういう経緯から、姉貴は、禁忌の媚薬を飲もうとして……」
 仕来りに耐えられず、ハープが禁忌の媚薬を飲もうとした?
 待てよ、そんな馬鹿な真似をしようとしたやつが、確かどこかに居たような……
 そこまで考えたとき、いつものように激しい頭痛が俺を襲う。
 そんな俺の腕を、アルファードが握り締めて囁いた。
「大丈夫か?」
 途端に頭痛が治まり、大きな溜息をひとつ吐いたけれど、その光景を見て、キャラバンが戸惑いながらも俺に問う。
「アイちゃん、それはもしかして……」
「ばんちゃん、アイちゃんはやめて? そのせいで、頭が痛くなっちゃうから」

 有無を言わさぬ笑顔で答えれば、眉根を顰めたキャラバンが、渋々話しの続きを展開させる。
「俺は姉貴の宝物が、ベルだと思っていた。だから鈴を、眠る姉貴に逢わせてみたけれど……」
「ハープは目覚めなかった?」
 俺がそう切り返すと、キャラバンがゆっくりと頷いた。
 そして顎に手を当てたアルファードが、自分の考えを述べる。
「鈴は鈴であって、ベルではないからな。記憶を取り戻したベルでなければ無理なのかも知れん」

「その肖像画もネックなんじゃない? セットじゃないと駄目だとか」
 鈴が夢から覚めた途端に告げた、肖像画のことも気にかかる。
 俺の場合は、ハープを目覚めさせる云々よりも、それを盗んだ犯人の動機が知りたい。
 これもまた、エスプレッソが何かしら関わっていそうだぞ?
 最近、うまく稼動してくれない直感が、これは絶対だと断言をしているのだから絶対だ。
 なんて、こんなこと誰でも気がつくか。やばいな俺……

「肖像画の行方は、俺が調べよう。キャラバンは眠りから覚める方法を探ってくれ」
「解りました。出来る限りやってみます」
 やっぱり気がついたアルファードがそう切り出せば、キャラバンが嬉しそうにハキハキと答える。
 さすがはアルお兄さんだ。人の使い方が、妙に上手い。
 きっとバンバンの心の中は、あのアルお兄さんに頼まれごとをしちゃった!  ってな感じで、ウサギもビックリするほどピョンピョン飛び跳ねていることだろう。
 これで、マキアートがココアと同盟を組んだも同然だ。
 けれど肝心要の問題が、まだ一向に片付いていない。

「で、グランドくんはどうしたの?」
 その肝心要なロイヤル男についてアルファードに問えば、両手を翻して天を仰ぎながらアルファードが答える。
「それがだ、こういう時に限って雲隠れさ」
 確実に、身の危険を感じたグランドは、アルファードから逃げているに違いない。
 マズイな。そんな男を炙り出す方法は、ロイヤルな祭祀だけだろう。
 祭りや国の行事となれば、あの男も出席しないわけにはいかないんだが……

「そこでだ、来月早々、我がココアで舞踏会を催すことにしようと思う」
 アルファードが、俺の考え通りの結果を発表する。
 やっぱりそうきたか。マズイ。これは確実にマズイぞ……
「でもバールのお姫様たちがこぞって欠席でしょ? みんなの、いつもの相手がいないじゃない」
 ここぞとばかりに反論を唱えてみたものの、二人にサラっと反論の反論を言い渡された。
「俺は主催者側だ。参加などせずとも済む」
「俺も元から相手などいませんし、何も問題ないですが?」

 雲隠れをしているグランドが、出席を余儀なくされるロイヤル行事。
 これすなわち、同じ立場の俺も、欠席できないということだ。
「グ、グランドくんの、ペアはどうするの?」
「姉貴は病に伏しているとされているので、グランドは、これ幸いと国の貴族の娘を伴うでしょうね」
 ここでようやく妙案が閃いて、声高らかに残念ぶって切り出すけれど、気持ち悪いほどの笑顔をたたえたアルに即答された。
「鈴ちゃんを、バールにはつれていけないから、僕は欠席だなぁ」
「それは安心しろ。当日は、国王が完全なる結界を張り巡らせる」

「鈴ちゃんは、ウィンナワルツなんて踊れないよ……」
 仕方なく本音をボソボソとつぶやいたところで、さらに歪んだ笑顔でアルが言い放つ。
「では、違う相手と、ペアを組むしか他はない」
 ベル以外とペアを組むだと? 冗談じゃない。
 バール最高のペアだと、絶賛され続けてきたんだぞ。
 でも、ベル以外とペアを組むなど考えられないが、鈴と踊って誰かに負けるのも許せない……

 そんな俺を嘲笑うかのように、アルとバンバンの他人事会話は続く。
「だったら、ビオラを同伴したらどうですか? ビオラが来るとなれば、 確実にグランドが参加しないわけにはいかなくなるし、一石二鳥ですよ」
「バンバン、それは素晴らしい案だな」
「ですよね。ビオラの場合、人間界でも上流階級で育っているので、当然ダンスも嗜んでいますしね。鈴は問題山積みですが……」
「そうだな。あの調子じゃ、マナーすら危ういな……」

 そうなんだ。ダンスがどうのこうの言う以前の問題なんだ。
 鈴のマナーは最低最悪で、嘘だろ? ってことまで覚えていない。
 その余りの酷さに耐えかねて、数日前からレスタが講義を始めたほどだ。
 あの鈴を、人前に出す度胸が俺にはあるのか?
 いや、絶対にない。絶対に無理だ。ココア王までが愕然とするだろう。

「ということで、俺はそろそろ引き上げるぞ」
「あ、じゃ、俺も一緒に帰ります」
 めり込むほど意気消沈する俺を尻目に、アルファードがニヤニヤしながら立ち上がる。
 けれど、去り際にキャラバンが吐いた台詞で、俺の戦闘モードに火がついた。
「俺に鈴を同伴させてもらえませんか? 鈴と一緒に居られるのであれば、笑われても気になりませんから」

 ふざけるなっつうの。なんでお前にベルを触らせねばならないんだ。
 笑われても気にならないだと? そう平気で言える神経が信じられない。
 それは自分の立場だけを考えた言い分だ。ベルの、鈴の立場になって考えてみろ。
 何も解らないままバールに連れ出され、何の記憶もないまま皆に笑われるんだぞ?
 婚約者が笑われる。イコール、それは俺の失態だ。
 絶対にそうはさせない。見てろ? 意地でも俺が、鈴を完璧に仕上げてやる!

               ◆◇◆◇◆◇◆

「鈴ちゃん、もうみんな帰っちゃったよ?」
「え? あ、いつの間に?」
「そんなことより、坂東さんが鈴ちゃんに告白したって本当?」
「う? あ、や、えっと、それはその……」
 なんで真っ赤になるんだよ。ムカツク、ムカツク、ムカツク、ムカツク!
「ふーん。本当なんだ」

「いや、あの、こ、告白されちゃうなんて初めての経験で……」
「鈴ちゃん好き。好き好き好き好き。はい、もう五回も告白されちゃった」
「ア、アイちゃん、それはなんかちょっと違う気が……」
 なにがどう違うんだよ。ムカツク、ムカツク、ムカツク、ムカツク!
「鈴ちゃんは、男の人なら誰でもいいのね〜」

「違っ!」
「だったら、バンちゃんだから嬉しかったってこと?」
「え? あ、えっとそれは……」
 なんで考え込むんだよ。ムカツク、ムカツク、ムカツク、ムカツク!
「ふーーーーーん」

 どうしてくれよう、この女……
 大体キャラバンに誘われて、ノコノコと付いていったことが既に気に入らない。
 それなのにそこで告白されて、満更でもなさそうな様子に腹が立つ。
 明日からはマナーとダンスの特訓だから、懲らしめるとしたら今日しかないな。
 ダンスに慣れるまでの数日は、足腰が立たなくなるほどボロボロになるはずだ。
 ん? 待てよ、足腰が立たなくなる?
 素晴らしいことを思いついたぞ。今日から立たなくさせてやるっ!

「ダンスも好きだけど、乗馬も楽しいよね」
「え? 私はどっちも知らな……」
「何事も勉強よね」
「ア、アイちゃん? あの、えっと、ハウッ……」
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photo by ©かぼんや