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◇◆ Zero ◇◆
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「その、久しぶりだったから、俺も余裕を失くしていてだね?」
「久しぶりで余裕をなくした?」 「いや、だからちょっと乱暴に……」 「ちょっと乱暴に?」 「だって、あいつがまた、カチンとくる行動をとるから」 「あいつがカチン?」 「と、ということで、ゼロが飛び出した――」 先日改修工事が終了した、ココア国とカプチーノ国の境界線を結ぶ関所壁。 国境警備視察と名目された公務の一環で、やはり同じ名目でその場に現れたアルファードが、極限まで目を細めながら俺の言葉をわざとらしく反芻する。 だからその場のレンガを意味もなく叩き確かめながら、雲行きが怪しくなってきた会話の方向を展開させた。 転生したベルを既に見つけている俺が、人間界で働く理由などどこにもない。 さらに、バンバンのように全てを放棄して、人間界でのんきに暮らすことなど俺には出来ない。 ということで、鈴は俺がまだバリスタとして働いていると思っているが、実際は毎日こうしてバールに戻り、公務をこなす二重生活を送っている。 人間界はバールよりも、十倍ほど早く時が進む。 つまり人間界に席を置く者が、何も知らずにバールを訪れたとしたら、 たった一日滞在しただけで、人間界に戻ったときには十日が過ぎていることになる。 まるで浦島太郎のような話だが、残念ながらバールには玉手箱など存在しない。 この時空の原理を知ってさえいれば、時差の逆算ができるからだ。 ただその原理を把握できるのは、バールに席を置く者だけだ。 だから人間界に席を置いている鈴は、当然この原理が分からない。 いくらココア王が、完全なる結界を城中に張り巡らせて鈴の身体を守ったとしても、 祭祀を終えた鈴が人間界へ戻れば、相当な時が流れているだろう。 そこで、舞踏会の開催が迫ったここ数日、その問題をどうクリアするかと散々悩んでいたのだけれど、それは 思わぬ方向から解決された―― 塔に続く石段を上りながら、隣に並ぶ俺へアルファードがつぶやく。 「お前の話で俺の方がカチンとくるんだが、まぁそれは置いておこう。つまり人間界で飛び出したゼロを、誰かに見られたってことか?」 「そうよ。お宅の妹さんに、バッチリ見られちゃったわ」 バールに居るにも関わらず、ついウッカリ飛び出した相坂口調に、アルファードが顔を歪めた。 「もはやお前は、俺の知るエースではないな……」 ゼロは、俗に言う『管狐』と呼ばれる精霊だ。 本来は筒の中に住む狐のような動物霊なのだが、なぜかゼロは俺の中で過ごすことを好む。 『狐憑き』という表現が合っているのかどうか解らないけれど、憑いているというよりは、居候しているといった感じだ。 ゼロが俺の中に住み始めて、かれこれもう十年以上は経つが、 俺の感情がバランスを崩すと、居心地が悪くなるのか、ゼロは決まって俺の中から勝手に飛び出す。 そしてあの日もまた、俺の中から飛び出したゼロを鈴が見たんだが、そこでおかしな疑問にぶち当たる。 ある程度、その手の能力がなければ、ゼロの姿を見ることができないらしい。 アルファードですら、気配を感じ取ることはできても、ゼロ本体を拝んだことがないと言う。 なので俺の他にゼロが見えるのは、我が国王と女王、そしてココア王にベルだけだ。 そもそも、生まれたてのゼロを森の中で見つけたのは、他でもないベルだ。 ゼロも、自分を見つけてくれたベルに憑けばいいものを、なんでか俺の傍から離れない。 そのくせ、ベルが自分を呼ぶとホイホイ現れ、三回まわってケフンと鳴く。 まったく狐のくせに、オスワリとかお手とかしちゃいそうで、情けないったらありゃしない。 それでも転生した鈴は、これまでゼロの存在には全く気がつかなかった。 というか、俺が人間界に来て、ゼロが飛び出したのは今回が初めてだからそれもそうか? いや、人間界でゼロが飛び出すこと自体がおかしいんだ。 俺たちは、時空の制御が出来る。 そうやってバール側に都合の良い分、いざ人間界へ俺たちが赴けば、力の大半を制御される。 つまり俺が相坂で居るときは、霊感も直感もほとんど稼動しなくなるってことだ。 さらに、いくらチミっこいとはいえ、結界が張られている部屋の中だ。 アルファードのことだから、鈴の身体を守る結界を、仕組んだに決まっている。 なのにあの時、鈴はゼロを見た。 それで俺が相坂ではなく、エースだと気がついたわけだが…… まったくもって、話が頗るややこしい。そして、この関所の構造もややこしい。 塔に上っているはずなのに、なんで下り階段があるんだよ? ということで、いつになったら頂上へ着くんだと苛々しながら切り出せば、 この構造を掌握しようと、辺りに汲まなく目を走らせるアルファードがサラっと答えた。 「なんであんなことが起きたんだ? お前の結界は、そういうことが可能だったのか?」 「ある程度は、ベルに対して有利に働くだろうな。ま、ベルが本来の力を取り戻しつつあるってことだ」 鈴が、ベルであったときの力を取り戻す? それはすなわち、ベルである記憶も取り戻すと言うことなのか? だったら話は早い。記憶を取り戻したのなら、時空の問題もキレイサッパリ解決だ。 でも、何かが不安でたまらない。特に今日の朝、鈴の取った態度が気に入らない。 記憶を取り戻したのであれば、なぜ俺を避ける必要があるんだよ? 俺は転生したことがないから、あいつがどういう状態に陥っているのかが分からない。 ただベルの場合は、通常の転生とは違う。 育った環境というものに少々左右されるものの、容姿も性格も、鈴とベルは全くの同一だ。 だから前世の記憶と思い出すというよりは、過去の記憶を思い出すといった具合なのだろう。 それでも、俺だって十数年以上前の記憶を、呼び起こすことは難しい。 俺も三年間という人間界の時間を、相坂として生きてきた。 そこで培ったものは、エースとしての俺にも影響している。 当初は相坂が俺の虚像に過ぎないと思っていたが、アルファードの言う通り、こうしてバールに帰ってきても相坂の口調がポロっと飛び出す。 つまり、相坂、エースともにどっちも俺で、どっちが本物の俺なのか、自分でも分からなくなりつつあるって状態だ。 「そもそもなんでお前は、自分がエースだということを隠したままベルに接していたんだ?」 ようやく到着した見張り塔の頂上で、階下に広がる景色を眺めながらアルファードが俺に尋ねる。 そう言われれば、俺もその理由がよく分からない。でも、強いて言えば…… 「勘?」 髪の生え際を手で覆うアルファードが、呆れて首を横に振りながら言い返す。 「人間界でのお前の力など、これっぽっちも当てにならん」 俺の力が当てにならないってことは、ゼロが飛び出したのも俺のせいじゃない。 「じゃ、ゼロを呼び出したのも鈴なんだな?」 だからそうやって鈴に全てを責任転嫁したところで、片方の口端だけを吊り上げたアルが辛辣に言い放つ。 「いや、ゼロはお前自身が追いやったんだろ? 何に怒ったのかは知らないが……」 その台詞で昨夜の記憶が一気に甦り、ついでに怒りも蘇る。 「誰だって頭にくるだろ? 抱いているときに、他の男のことを考えていたんだぞ!」 「抱いた? それも乱暴に?」 「い、いや、それは……だ、抱きしめたって意味かな?」 「ほぉ?」 鈴の心は確実に、どこか違う場所へ飛んでいた。 何十回も同じ女を抱き続けていれば、そのくらい誰でも分かる。 こんな屈辱は初めてだ。 打っても響かない。心が遠く離れているから、身体は感じながらも心が濁った音を放つんだ。 だからきっと、鈴は他の誰かのことを考えていたに違いない。 俺ではない誰かが、鈴の心に入り込んだんだ―― 「王子! 是非、その場で握手をしてください!」 バールの記者連中が視察の様子を撮影するために集まり、良いアングルで撮ろうと俺たち二人に声を掛けた。 そんな記者の言葉に、サービス精神旺盛なアルファードが快く応え、きらびやかな笑みを浮かべながら、俺に向かって右手を差し出し言い放つ。 「ベルが考えていたのが、バンバンだったりしたら、さぞかし面白いな」 だから負けずと最上級の笑顔を携え、アルファードの放った台詞が、さも面白かったとばかりに笑い声を上げてから、差し出された右手を握り締めながら言い返す。 「ハハハ。ぶっ飛ばすぞお前」 そしてその瞬間、けたたましいシャッター音とフラッシュの嵐に包まれた―― |
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