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◇◆ 彼が盗んだもの へたくそ ◇◆
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いや もう ほんとに…… 由香さん勘弁してください。
沈黙は金って言うけれど、お金払いますから 何か喋ってください…… 駅から学校までの1kmちょっとの通学路。 満員電車での一件を見られちゃった後の長い沈黙。 もう耐えられませんとばかりに上を向き、口を開きかけて由香を見れば もはや瞳孔が 細長い楕円形になった瞳で私を見下ろしていた。 うっわ 蛇っぽ! 「あ、あのぉ 由香さん?」 蛇に睨まれた子豚な状態で、おそるおそる問いかければ 唸り声。 今、シューッ って言ったよね? それ威嚇? 恐怖におののき ますます縮こまれば、突然 由香がおなかを抱えて笑い出し このくらいで勘弁してやると言い出した。 なにを勘弁してくれるんですか…… 「いやあ でもビックリでしたね あのすごさには!」 ようやくいつもの口調に戻った由香が、笑いすぎで出た目尻の涙を指でぬぐいながら言う。 「きっと 『 キスキスの実 』 を食べちゃったんです私……」 みられちゃった恥ずかしさから うな垂れてつぶやけば、首をひねる由香の返答。 「はぁ? なにそれ?」 いや もう わかる人にわかればそれでいいです…… 「それにしても、どうしてあんなに幼稚な喧嘩ができるの? 『こっから私のテリトリー』 だって!」 バトルの内容を思い出し、止まったはずの笑いをぶり返す由香。 そうなんだよ。幼稚はともかくとして、私は海東に本気で怒っていたんだ。 なのに なんで気が付いたら Kiss してたんだろう…… しかも私、『 上 向けよ 』 って言われて 素直に上を向いちゃったような? やばいぞ私。本当にキスキスの実を食べちゃったのかも。 昇降口で、靴を履き替えるところのワトソンと出会った。 「あ! 福島さん おはようございます! 久島さんもね グフ♪」 グフ♪ ってなんだよ ワトソンくん? しかめっ面でワトソンの背中を見送れば、後ろから我がプリンスの声がした。 「やあ おはよう文子。昨日の件、考えておいてくれた?」 左手で柔らかそうな茶色の髪をかきあげながら、相変わらず爽やかな笑顔で聞いてくる。 昨日の件? なんだそりゃ? 眉毛を八の字に描きながら翔也を見れば、翔也のほうも戸惑い顔。 「あれ? 昨日、メールしたでしょ? 土曜日 一緒に遊ばない? って」 メールなんてもらっていない。それ以前に、メアドを翔也に教えてないのだから届くわけがない。 ところがそこに着信音が鳴り響き、慌てた翔也が胸ポケットから携帯を取り出した。 「文子…… お前一体?」 携帯の画面を見た翔也が、怪訝な顔で私と携帯を交互に見つめている。 ひとつ気になるんですが、私からの着信音が 『 エクソシスト 』 なのは何故でしょう? けれど、苛立ち気味な翔也が突き出してきた画面を覗き込めば 『 本当ですか? 喜んで! フミ 』 の文字。 一体全体どういうことだ! 固まる私の耳に届いた 微かな笑い声…… 「グフ♪ 」 ワトソンの名が 『 フミヒコ 』 だと知った15歳の春 ―― もう1日中 笑いっぱなしの由香が、久恵と恵子を巻き込みネタの提供中。 「でさ、『 フミ※コのアドレス知ってる? 』 って翔也に聞かれたワトソンがね?」 その続きが こみ上げる笑いで話せないらしい。 フミコ を フミヒコ と 聞き間違えたワトソンが、自分のアドレスを翔也に告げたことからはじまった騒動。 でも絶対 その後ろに、ルパンが絡んでいると言い切る由香。 いや、あれはワトソンの天然ボケだって! それでもそう言われると気になって、チロっと海東のほうを見れば バッチリ目が合った。 慌てて目をそらし、なかったことにしようと ひとり黙々と頷くけれど そうはさせてくれないのがルパン一味と 我が友人。 何か、よからぬことを考えていそうな面持ちでヒソヒソやりだした。 購買は、絶対にチビが不利だ! ブツクサ言いながら、人垣の後ろをジャンプする。 昨日のことがあって、ボケっとしていた私はお弁当を持ってくるのを忘れてしまい こうしてパンを買おうともがいている。 私のチョコスペ&メロンパンたちよ まだ残っていてくれ! けれど私の頭がグリグリと揺さぶられ、何するんだ! と牙がでてそうな顔で振り返れば 目の前に 大クローズアップの海東の顔。 「どうしちゃったのかな? ママとはぐれちゃった?」 膝を折り曲げ 私の目線まで屈んだ海東が、迷子を諭す様に私の頭をなでている。 「ママは、あっちに居たよ?」 ゴエモンまでが屈みこみ、購買の先を指差し笑っている。 頬を限界までふくらませながら、一応 ゴエモンが指差す方向を見れば 珍しくワトソンと話し込む由香が居て、次元と話し込む久恵と恵子が居て…… えっと、誰が私のお母さん? 「おばちゃん! チョコスペ と メロンパン!」 突然 海東が購買のおばちゃんに叫び出し、あっと言う間にパンをゲット。 自分もパンを買うためにここに居たことを思い出し こんなやつらに構っている時間などないと思い直して再び買い物続行。 けれど ようやく前までたどり着き、ケースの中を見れば 『 青海苔 』 オンリー。 いやだ。やきそばパンなんて…… これほどまでに 背の低さと海東を 呪ったことはない。 グルグル鳴るおなかを抱えながら教室へ戻れば 私の机に購買の紙袋。 デカデカと 『 おつかいが へたくそ な ふ〜みこちゃんへ 』 と紙袋に書かれた文字はちょっと脇に置いといて いそいそと袋の中身を見れば やっぱりこれは素敵な私のお友達。 チョコレートスペシャルとメロンパンが仲良く2つ入っている。 書かれていた文字からして、これをくれたのは海東に違いない。 あいつもいいところあるじゃん! なんて思いながら喜び満面でかじりつこうとした瞬間…… なんで一口かじった後がついてるの? 「くれるんなら 食うなっ!」 紙パックのイチゴオレを ふてぶてしく飲んでいる海東に向かって文句を言えば 「解ってないな ふ〜みこちゃん。 いいか? この世の中には利息というものがあってね?」 空いている方の手を突き出し、私の目の前で指をグルグルと回しながら言う。 私はトンボじゃないっつうの! 周りが密かに おなかを抱えて笑っていることにすら気づかないまま 相変わらずなバトルを海東と繰り広げているところに蛇の鳴き声。 「間接 Kiss 程度のことで 何を喧嘩してるのかな 君たちは?」 振り向けば ルパン一味と我が友人。 『 間接 Kiss 程度 』 が何を意味しているのかが解るから、真っ赤になってうつむけば 「いやもう、ふ〜みこちゃんは へたくそ だからさ」 両手をひらひらさせて、海東が皆に向かって言い出した。 「ふ〜ん。文子って へたくそ なんだ」 意味深なニヤケ顔で久恵が切り返す。 「え? 何? 文子って へたくそ なの?」 そう言いながら会話に参戦してきた次元の視線が、なぜか私の唇に注がれていて 「マジ? ルパン、それは災難だったね」 悲しそうな顔で 言い切るゴエモンの視線も 私の唇に注がれて 「あ、わかるぅ! 文子って へたくそっぽいよね♪」 両手を合掌させながら飛び跳ねる恵子の視線も私の唇に…… 極めつけは、私の唇を見つめたまま放たれた 由香とワトソンの合唱。 「それは大変! ちゃんと練習しなくちゃですね! グフ グフ グフフ♪」 へたくその意味はそっちなんですか? キスキスの実の能力保持者なはずなのに、へたくそなのか私…… 拷問の様な時が過ぎ、悶々としながら靴を履く。 屈んで上履きを持ち上げ、下駄箱にしまおうとしたところに海東の姿を発見。 いつもなら気づかぬ振りで逃げるけれど、今日の私はそれどころじゃない。 履いた靴をほうり出し、手にしていた上履きを もう1度つっかけながら 廊下の向こうに消えていく海東を追いかける。 いつもはあんなに歩くのが遅いくせに、なんで今日に限って早いんだ! 走ってもなかなか縮まらない海東との距離。 けれど 理科室の前で 突然止まった海東にようやく追いつき、タックルという名のブレーキをかければ ぶつかった反動で飛ばされる私に腕を伸ばし、私の腰を捕まえた後 呆れ顔の海東がつぶやいた。 「なにしてんの ふ〜みこちゃん?」 そんな疑問や質問になど一切答えず、自分の聞きたかったことだけを単刀直入に切り出した。 「ねぇ、教えてルパン! 私って へたくそなの?」 必死で制服にしがみつきながら海東を見上げれば ホニャっとした真っ赤な顔で私を見下ろしていた…… あれ? なんか変なこと言っちゃった? 後半へ続く |
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