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◇◆ 彼が盗んだもの 日課 ◇◆
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『暑いなぁ なんか飲みたい こんな日は?』
『ルパンには スカッと爽やか イチゴオレ』 『イチゴオレ スカッとなんか しないだろ?』 『おまえには そんな程度で 充分だ』 『おまえ言うな お前っ!』 『おまえこそ お前言うな おまえっ!』 「久島? 授業中にいい度胸だね。はい、携帯没収」 現国の授業中、海東から送られてきたヘンテコ俳句のメール。 いつもの如く熱くなり、ムキになって送り返していれば 現国教師『柴田』の声が頭上から響き、ずんぐりむっくりした右手を私に差し出して 携帯を渡せと、その細い目を更に細めて睨んでいる。 渋々携帯をその手の上に置いて、お前のせいだとばかりに横目で海東を睨むけれど 当の本人はそしらぬ顔で、机に片肘をついて眠ったフリ。 後で絶対に覚えてろっ! 苛立ちを、歯軋りと言う名で噛み締める私の背中をつつく人。 なぜつつかれたのかがわかるから、振り返ることなく右手だけを後ろに回す。 その右手に握り締めさせられる、複数枚の紙の感触。 計6枚のノートのきれっぱしが、戻した右手に乗っていた。 どうせまた、やつらからの誹謗中傷メモだと溜息をつきながら紙を広げれば―― 『渡す前 ちゃんと消したの? エロ画像』 『携帯と 馬鹿と文子は 使いよう』 『バカだねぇ 何回目だよ アフォ文子』 『日課とは 文子の携帯 没収率』 『もうちょっと 要領よく できないの?』 『いいかげん 学習しろよ 文子さん』 えっと…… 今、時代は俳句なんですか? 一連の騒ぎの後の昼休み。 お弁当を食べ終えて、いつもの4人で雑談に勤しんでいた。 最近、由香の機嫌がすこぶる良い。 この間一緒に見た可愛い指輪を、それとなく学校につけてきちゃったりして それをまた、これみよがしに見せびらかしちゃったりしているのが引っかかる。 男装してまで買いに行った根性もすごいけど…… きっと何かあったはずだと確信しているものの、なぜかいつもタイミングを逃し 未だにその理由を聞けないでいる。 だからこそ、絶好の機会だと意気込み由香を見つめて言った。 「そういえば最近、由香ってなにかいいことが……」 けれどやっぱり今日も、タイミングが悪かった。 由香の背後に佇む海東の首にゆらゆらと揺れる『もの』を見つけてしまったから―― 「えっと、そのルパンくん? そちらの携帯は、どなたの携帯かな?」 海東の胸にぶら下がる、どう見ても私の携帯だと思われるそれを指差しながら言えば 「どこをどう見ても俺の携帯だろ?」 恐ろしいほどの真顔で、海東がシレッと答えた。 「嘘をつけっ! この大泥棒!」 人差し指を、しっかりクッキリ海東に向かって突き刺しながら怒鳴れば 『確かに』と頷きながら、感心する周りのやつら。 けれど海東だけは納得がいかない様で、歯を食いしばるフリをしながら言った。 「ばか、よく見ろよ? ちゃんとオレのだって証拠があるんだぞ?」 「どんな証拠だよっ!」 お前の演技に騙されるものかとばかりに言い放った私の言葉。 それを聞いた海東の目がキラキラと輝き、携帯を私に向かって突き出した。 「ひかえおろう! このプリクラが目に入らぬかっ!」 やっぱり、その決まり文句は必需品なんだね…… けれどそれを見せつけられて、本当にたじろいだ。 これは、先日のボーリング場で撮った、メイド姿の私ではないですか! たじろぐ私を見逃すはずのないやつらが、一目散に寄ってきて騒ぎ出す。 「どれ? 何? 見せて見せて! いやん なにこのレアアイテムぅ」 ゴエモンよ? いつかお前を ぶっ飛ばす。 「でしょ? もうレア中のレアでしょお?」 レアなのは ステーキだけで 充分だ。 「久島さんは、自分で自分の携帯に貼ったんですかぁ。グフ」 そんなこと するわけないだろ ワトソンよぉ? 「やっぱり、文子はアレだね。アレ!」 次元さん? アレってなんだよ? 言ってみろ! 「返せっ!」 一瞬の隙をついたつもりで海東に飛び掛るけれど、見事に交わされ携帯が宙を舞う。 「ゴエちゃんパスっ!」 海東が投げた私の携帯を追いかけ、今度はゴエモンに向かって走り出す。 けれどすぐにまた、ゴエモンが海東へと携帯を投げ返し、わけのわからない言葉を吐いた。 「花道! 後は任せたっ!」 振り向けば、フリースローの構えをしたまま海東が突っ立っていて、妙な深呼吸とともにつぶやいた。 「左手は添えるだけ――」 そ、それはバスケットマン…… 2人の間を行ったりきたりしている私を哀れむ様に、海東が壁際の椅子を指差して言った。 「ゴエちゃん、チミッコ文子が可哀想だからハンデをあげようよ?」 海東が指差す椅子を見た後、ゴエモンが軽く何度も頷きながら私に言う。 「ふみふみ、その椅子の上に乗っていいよ」 ハンデ? なんだかそれって、とてつもなく魅力的? 視線が椅子と海東とゴエモンを何度か往復し、ついつい誘惑に負けて椅子の上に立った。 背の高くなった自分に少し照れたところで、変なアカペラの国歌斉唱。 「き〜み〜が〜ぁ〜よ〜ぉ〜は〜〜」 「ボン、ボ ボン、ボッ ツクツク ドゥビドゥバ〜」 ドゥビドゥバ〜って、おまえたち…… 「おめでとう!」 なぜか海東に握手を求められ、わけがわからないまま右手を差し出した。 ゴエモンが両手のひらに携帯をうやむやしく乗せて、そんな海東へ謙譲する。 そしてルパン一味の拍手喝采の中、海東が携帯というメダルを私の首にかけた―― 怒りは冷めず、プリプリしながらの帰宅途中。 当然ながら、いつもの様に1歩遅れて海東がついてくる。 ついてくるなと言ったところで、こいつは絶対に言い逃れる術を心得ているから 完全無視の方向で早歩きしているところに、聴きなれない着信音が流れ始めた。 小窓を確かめれば『マイホーム』の文字。 苛立ち紛れに、ぶすったれた声で電話に出る。 「なに?」 ところが返ってきた声は、聞きなれた声だけれど母親ではない―― 「あら? その声はふ〜ちゃん? なんでルパンの携帯にふ〜ちゃんがでるの? ま、いいや。ちょうどよかったし! ということでふ〜ちゃん、帰りにこっち寄ってね? 弥生ちゃんが出かけるから、ふ〜ちゃんは我が家でご飯よ」 恭子ママの一方的な会話は、一方的に始まり、一方的に切れた。 混乱しながら数秒間携帯を見つめ、ふと思いついて携帯番号を確かめれば…… 「これ、私の番号じゃないじゃんっ!」 当然のことながら、言い争ったまま妙な早足で海東宅へと突入。 恭子ママは犬の散歩に出かけているらしいが、居ても居なくても状況は変わらず 喧々囂々と派手なバトルを展開したまま、海東の部屋へとなだれ込む。 互いに鞄をベッドの上へ放り投げ、怒涛の『ラウンド2』開幕。 「だから何度も言ってるだろ? オレの携帯だって!」 「なんで同じ機種の、同じ色の、同じネックストラップなんだ! 紛らわしい!」 「わかってないなぁ この純真な乙女心を……」 「間違ってもおまえは乙女になれないだろっ!」 「誰がそんな勝手なことを決めたんだよ?」 だめだ。こいつと話をしても、絶対に埒が明かない。 わざとらしく大きな溜息を海東へ向かって吐き出してから、話を展開しようと試みる。 「普通は色違いにするとかね? ストラップだけをお揃いにするとかでしょ?」 斜めにかっこよく見上げれば、片方の口だけがニヤリと上がる海東の顔。 「ほほぉ? 『普通』って、何の『普通』なのかな?」 やばい。地雷を踏んじゃった? というか、この目のときのルパンはやばい。絶対によからぬことを考えてるに決まっている。 確か毎日こんな感じでこうなって…… あれ? ここから先の記憶がさっぱりないんですけど? 海東の右手が スッと私の頬に伸びて、左手は腰に回され引き寄せられる。 「文子、普通ってなに? 言ってみろよ」 唇をかすめながら囁く海東の言葉だけで、意識が朦朧としてくる私。 海東の切れ長の瞳に私が映っているのが見える。 ゆっくりと閉じられた瞼の先に広がる睫の長さにうっとりと見惚れて だらしなく垂れ下げていた両腕を持ち上げ、海東の両頬をそっと包み込んだ。 親指で長い睫の感触を楽しみ、止めていた息をそっと吐き出せば その瞬間を見逃すことなく、海東の唇が重ねられ いつもの様に執拗に下唇を攻めたてられた後、やわらかな舌が滑り込んできた。 私の中をまさぐり動き続ける舌が、歯の裏をなぞり、舌の下へと潜り込んで 絡められた舌の感覚に、声にならない吐息が漏れた。 海東の指は、うなじから首を這い上がって耳へとたどり着き Kissをしたまま耳も攻められ、吐息とともに膝の力が抜けて座り込んだ。 けれどそのまま唇は離れずに、ベッドにもたれ掛かりながらもKissは続く。 私の唇から離れた海東の唇が、顎を伝い、首筋までなめらかに滑り進んで 脈打つ場所を優しく吸い上げる。 無我夢中で海東の頭を抱きしめたとき、小刻みな足音が階段を上る音が響いた。 少しだけ開かれた扉から、小さな何かが飛び込んできて たった今まで海東に覆われていた唇を、今度はその小さな何かに攻められた。 「ミー! やめてってば! くすぐったいってっ!」 ダックスフントの『ミー』が放つ尻尾の殴打に、海東が笑いながら怒り始めた。 「いてっ! こらっ! やめろってミーっ!」 なんだか急に笑いがこみ上げてきて、ミーを挟んで2人ともに吹き出した。 依然として、お尻ごと尻尾をビュンビュンと振り続けるミーを抱き上げながら 海東が天井に向かって叫ぶ。 「本日の日課、滞りなく終了!」 が、学習能力がないのか私? なんで毎日こんなことしてるんだろ? というか、明日まで覚えてられるのかな これ。 あ、学習能力よりも記憶力の問題かも…… |
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